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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
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第八十八話 宵闇の暗殺者

「ぜはああああっ!」


 激しく呼気を噴出する。まるで蒸気機関のようにブレージの口端から出るそれは、泡と共に威を撒き散らした。力強く中段に構えられた槍の穂先は、その激情の中で尚も静謐を保っている。


(これが完全に呼吸を乱していたのなら簡単なのですが……)


 これを隙などと勘違いして飛び込んだが最後、あっという間に串刺しにされるだろう。敵はそう甘くないようだ。


「ひゅおおっ」


 派手な高音と共にブレージは空気を肺に目一杯溜め込む。それだけで乱れた意識が再び集中を取り戻したようだった。もう呼吸音も悟らせない、武の体現のような構えに戻っていた。


「息吹」


 ベルは知っている。ゼイウン公国に伝わる武の流派には特殊な呼吸法があると。乱れた己の呼吸を素早く立て直す、また体力の回復を早める、一時的に再び全力で動けるようにする等、それには様々な効果がある。戦い続けてきたゼイウン公国人ならではの思想が生み出した特異な動作だ。


「何故それを」


 ブレージの問いに答える気はベルには無かった。ただ、一度はゼイウン公国人として一家を束ねていた一族の子ではある。何故、と問い返す事を抑えられなかった。


「貴方はゼイウン公国人ですね。何故それがグラーフ王国で率先して戦っているのです。ここには周りに誰も居ない。もし戦奴ならばここはお互い退いて無駄な争いをしないという選択肢も」


「莫迦な事を」


 ブレージはベルの甘言をバッサリと切り捨てた。


「俺はこの国の将だ。戦奴などではない。故に戦う理由しかないな」


「誇り高きゼイウン公国人にも貴方のような真なる裏切り者がいたのですね。内戦ばかりの国でしたが、てっきり外敵には断固として立ち向かう気概のある者ばかりかと買いかぶっておりました」


「ふん、お前もゼイウン公国人か。しかもその中の暗殺者部隊出身……」


 ベルからの殺気が辺り一面を覆った。無数の毒針を刺されたような恐ろしい殺気。ブレージですら紡ごうとした言葉を呑み込む。


「少し喋り過ぎました。これで貴方を殺さなくてはならない理由が増えました」


 ベルの両手から短刀が音を立てた。いつの間にか四本、六本とその手に握られた短刀が増えている。


「奇術師が」


 飛び込みながら短刀を放つベル。それを避け繰り出される槍を軽い身のこなしで躱しながら二投目を放つ。


「そんな子供だましを!」


 ブレージには当たらない。三投目、四投目も槍で切り払う必要すらなかった。


「どこを狙っている!?」


 まるで軽業師のように壁を蹴上がり屋根の縁に手を引っ掛け跳び上がり、高所を取る。そこから再び跳び降りながらの五投目、六投目。足を止める事無く壁を蹴り、(ましら)のように跳ね回りいつの間にか手の中に増えている短刀を更に投擲する。壁に、地面に、それらは刃の林を形成するものの、一向にブレージを傷つける事は敵わない。

 数撃ちゃ当たるとばかりに投擲の本数だけが増えていく中で、舐められたものだとブレージは静かに怒りを炸裂させた。


「ふざけているのか!」


 力強く地面を踏み抜き、ベルの喉元目掛けて突進する。しかしその首に強い抵抗を感じブレージの突進を勢いを失った。


「身動きが取りづらいでしょう」


 ブレージを止めたのは黒い糸だった。夜だったからこそよく見えなかった、という言い訳は、暗殺者の前では子供の駄々に等しいだろう。それは短刀と短刀を結ぶ黒糸。縦横無尽にその糸が張り巡らされるように、ベルは黒糸で繋がった短刀をそこらの壁や地面に投げ刺していたのだ。


「こんな物っ!」


 ブレージが力任せに押し通る。糸を張っていた短刀が抜けブレージが一歩進んだが、振った腕にまた異物感を感じた。張られた糸は一本や二本ではない。まるで蜘蛛の巣のようにベルへと向かう先を遮っていた。


「黒糸結界。動きづらいでしょう? 貴方は最早蜘蛛に捕らえられた哀れな虫けら。そして」


 尚も前進するブレージの足元にベルが投擲する。短刀を警戒してブレージが細かな足捌きで避けようとした。しかしそれは回転しながらブレージの足元を大雑把に通過し、避けた筈のブレージの足がつんのめった。ベルが投げたのは短刀ではなく、両端に(おもり)が付いた武器だった。その武器はまるで蛇のようにブレージの両足を絡めとる。


「ボーラという武器です。さて」


 もんどりうって倒れたブレージの目に映ったのは、女の両手に光る死の輝きだった。一切の油断無く、一切の容赦無く、十、二十と短刀がブレージに降り注ぐ。まるで針山のようになったブレージの眉間に最後の……最期の一刀が突き通った。


「がっ……」


「打ち止めです」


 それ以上はもう動かなかった。戦闘技量でいえばブレージに軍配が上がってもおかしくない両者の対決。だが敗因があるとすれば、この闇の中で暗殺者と対峙したという一点に尽きるだろう。


「ふう……思ったより時間をとってしまいました。しかも……」


 ベルは心底うんざりしたようにぼやいた。


「これ、拾っていかないといけませんよねえ……」


 ありったけの武器を使ったベルに、糸がこんがらがった何十という武器を拾わない選択肢は無かった。


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