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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
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第七十七話 敵食糧庫破壊作戦

 セラムは数週間ぶりに本陣へ帰還した。敵の食糧庫を発見したという手土産を携えての事である。この報に幹部達は大いに沸き立った。しかしそのすぐ後に皆の顔が曇った。分かりきった事ではあったが、その位置は敵陣深くであったからである。

 問題はどうそこまで行き敵食糧庫を破壊するか。戦局が安定していた時ですらその難易度たるや地獄の鬼共が裸足で逃げ出す苛烈な作戦になるだろう。況してや現況では、というやつだ。

 セラムは帰還して初めて正確な戦況を知ったが、率直に言ってかなり厳しいものであった。中央を固めんとするグラーフ王国軍とそれを各個撃破しようとする連合国軍、しかしグラーフ王国軍側も遊撃隊を出しており、撃破し撃破し返されるという膠着状態に陥っていた。

 いや、寧ろ押し込まれ始めている。連合国軍の連携に綻びが出来ているのが隙になっているのだ。こうなると戦域を押し込んで、といった正攻法は到底使えず、さりとて一撃必殺の強襲軍を差し向けられる程に戦力は余っていなかった。


「よろしいでしょうか」


 ジョージが手を挙げる。


「ここは少数精鋭の機動戦力で一気に叩く他無いかと」


「その通りである!」


 マルセルが我が意を得たりとばかりに同意する。


「それしかないか」


「しかしその任務をどの部隊に任せるかが問題ですぞ」


 セラムは黙って聞いていた。この報告を持ってくる時から考えていた事だ。リーンハルトが頷き議を進める。


「では適任と思われる部隊を述べよ」


「恐れながらその任、私にお任せくださいますか」


 真っ先にそう意外な発言したのはジョージだった。最初から自らが被るつもりでこの作戦を提案したのだろう。


「我が魔法騎馬隊ならば機動力に優れています。敵の糧秣を燃やす際の火種も要りません。一撃離脱力に優れた我が隊こそこの任に相応しいかと」


「むう……」


 もし成功すればこのいくさ一番の手柄となるだろう。しかし誰もやりたがりはしない、そんな任務だった。それ程までに無事帰ってこられる見込みの少ない、危険な任務である事は明白なのだから。

 それだけに誰もこの自薦を喜ぶ者はいなかった。ノワール共和国は元より、ゼイウン公国の将も他国にそれだけの危険と責任を押し付けるのは気が引けるようだった。重要かつ失敗が許されない任務故、他国の部隊に信頼を置いてしまって良いものかという逡巡もある。


「しかしだな……」


「僕が行きましょう」


 マルセルの言葉を遮りセラムが手を挙げた。


「貴殿はまた……っ」


 ジョージの言葉を無視してセラムが続ける。


「貴方の部隊はまだ若い。場数が足りない。こういう任務では如何に度胸を据えられるかです。それに馬で行っては目立つ。途中で察知され到底食糧庫まで辿り着けないでしょう」


「若いと、貴殿が言うか。私にお任せください!」


「僕が」


「待ってくれないかい」


 更に割って入ってきたのはレオンだった。


「この任務は一番手柄だ。俺も混ぜてくれよ。長年遊撃任務をやってきた俺の部隊なら適任だぜ」


「レオン殿!?」


 マルセルが焦って立ち上がる。マルセルにとってレオンは主君の息子。その手腕を信用していない訳ではないが、危険過ぎる任務に付かせるのは容認出来るものではなかった。


「あなたはマトゥシュカ家にとって大事なお方、このような役目を負わせる訳には」


「んな事言ったらセラム殿だって国に帰れば大貴族だろうよ。なあそうだろリカルド公爵?」


「む、確かにそうですが、この娘が言って聞くような人間ではない事は国中が知る事ゆえ」


「だったら俺が行っても構やしねえだろうがよ」


「いや僕が」


「皆様がた何を仰るか。身分で言うなら私こそが適任……」


「そこまでだ」


 リーンハルトが混沌としてきた場を制する。


「皆の意見はよく分かった。ここは盟主として意見を言わせてもらおう」


 全員が沈黙した。誰が選ばれるのか、固唾を呑んで次の言葉を待つ。


「まずレオンだが、お前は北の地形に慣れていない。大平原といえど、森に近い南端と河と接する北端では地形が違う。お前には引き続き迎撃を任せたい」


 戦う上で地形を把握している事は重要だ。今迄南側を主戦場としてきたゼイウン公国軍では適役と言えないという理屈は、親子である事とは関係無しに説得力があった。


「……分かりました」


「次にジョージ殿。騎馬隊ではやはり目立つ事が問題だ。駆け抜けるにも距離があり過ぎる。ここは隠密に長ける部隊を用意したい」


「残念です」


「依って強襲部隊はセラム殿に一任する」


「はい」


 これが最良だ、とセラムは肝を据えた。元より覚悟はしてきた。そしてそうと決まれば余計な事は考えずに済む。


「セラム殿、分かっておろうな。これはこの戦いを制する最重要任務、もし失敗するような事があれば……」


 マルセルが食って掛かろうと近寄ってセラムの顔を除き硬直した。セラムは笑っていたのだ。それはまさしく悪魔の笑みというべきものだった。


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「すまないセラム殿。もし宜しければ私の隊から志願した者を連れていってもらえないだろうか」


 ジョージは軍議の直後そうセラムに申し出てきた。


「それはありがたい話ですが、良いのですか? 命の保証はありませんよ」


「気にすんな。セラム殿ばかり割りを食ってるのが申し訳ないだけなんだろうよ」


 二人の会話に割り込んできたのはレオンだった。


「勿論、俺もな。任務を代わってやれなかった代わりっつう訳じゃねえが、俺の部隊からも出向させてくれ」


「レオンさん、ジョージさん……」


「せめてもの協力というものだ。我々大人が不甲斐ないばかりに、すまない」


「セラム殿にはヴィレムの分まで長生きしてもらわにゃ困る」


 二人は少しばつが悪そうに笑う。それぞれの立場の中で精一杯の助力を申し出てくれるその心遣いは素直に嬉しかった。


「ありがとうございます。受け取らせていただきます」


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「参謀本部より、此方をお使いくださいとの事です」


 軍議の後、カルロがそう示したのは草を縄梯子に括りつけた代物だった。


「元々敵の空偵察から此方の拠点を隠す為に作っていた物だそうですが」


「ありがたい。これで即席ギリースーツが作れる」


「ギリースーツとは?」


「草とかを模した服で自然に溶け込むのさ。こいつを、こう……こんな感じでな」


(尊い)


 セラムは縄梯子の端を持って体を隠れさせる。まるで天敵から身を隠そうとする小動物のようでカルロは心を打たれるが、何とか手で感涙を隠した。


「成る程、これを細かく切って皆に着せる訳ですか」


「うむ。この任務、絶対に成功させるぞ。中途半端でなく、徹底的にな。我らの命に代えても最悪の結果だけは避けねば」


「最悪、ですか。少将のお命だけでも無事ならばそうはならないと存じますが」


 カルロは真面目な顔でそう言う。


「我々にとっての最悪の事態とはどういうものか」


 セラムは問う。


「それは……我々が全滅し、この戦いに負ける事でしょう」


「違うな」


「……では更に勢いに乗られて我が国が滅ぼされる事でしょうか。まずあり得ないと思いますが」


「いや、それも違う」


「では一体……?」


 カルロは心底不思議そうに聞く。これ以上最悪の事態があるというのだろうか。


「この戦いが両軍引くに引けず泥沼の長期化し、お互いが復興の目途も立たない程に疲弊しきる事だよ」


 セラムはもぞもぞと縄梯子から這い出て地面に膝を立てて座る。


「そうして全てが後れを取ると、外敵が黙ってはいない。この戦争に係わっている国より外の国々や、魔物、魔族。そういった者達が容赦も規定も慈悲も無く占領に来る。ただ支配者が変わるだけではすまない。全て虐殺されたり、民族浄化されたり、死ぬより悲惨な目に遭わされる場合も十分にあり得る」


 お互いが許容できない戦争の長期化。引っ込みがつかなくなる事態。

 戦争とは始める前は目的を達成する為の手段だった筈なのだが、憎しみが連鎖していく上でいつの間にか手段と目的が入れ替わる場合が往々にしてあるものだ。


「兎に角僕らには時間が無い。……けほっ」


 セラムは暫し考えた後、意を決してカルロに切り出した。


「明日の作戦、カルロは残ってもらいたい」


「! 何を仰います! 私は是非少将のお傍に……」


「お前まで行ってしまうとセラム隊を任せられる者がいなくなる。他にも有能な人間はいるが、僕が信頼して自分の軍を任せられる者はお前だけだ」


「何を……、それは、卑怯です」


「心配するな、僕は帰ってくる。これは保険という奴だ。僕が指揮を執れない間をお前に任せたい」


 そこまで言われてはカルロに返す弁を見つける事は出来なかった。ただ悔しそうに頷く。


「頼むぞ。では下がって良い」


 セラムは独りとなった陣幕の中でタオルを口に押し付けて我慢していた咳を繰り返す。くぐもった咳が漸く止んだ後、セラムはタオルを離して呟いた。


「本当、時間が無い」


 タオルには血が付着していた。


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 その日夢をみた。

 喫茶店でミルクティーを飲む沙耶に大仰な身振りで何でもない事を面白おかしく話す俺。暖かな日差しを硝子越しに受けながら眩しそうに目を細め笑う沙耶を見ながら、俺はコーヒーを口に含む。これは夢だと分かっていたが、心地良さにこのまま長く続いてくれと目を伏せる。

 瞬きすると目の前にはヴィレム。僕はバルコニーでベルの淹れてくれた紅茶を口に付けながらヴィレムの優し気な語りを子守歌に柔らかな日差しにうとうとする。

 穏やかに流れる時間。知る限り一番幸せな瞬間の思い出。こんな日がいつまでも続けば良いのにと思う。それがどちらも偽物で陽炎のような存在だと知りつつも、それはどちらも僕の大切な真実なのだと思った。


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