表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
261/292

第六十七話 大物見の成果その2

「前々から思ってたけど、ホウセン殿はマクシム殿に随分と気に入られているよね。私達のような将軍格ですらマクシム殿とは距離があるというか、近寄りがたい存在なのに」


 ユーリは感心したように言うが、ホウセンからしてみればマクシムも只の口数が少ない初老のおっさん程度の認識だ。流石に目上なのでそれなりの礼儀と敬意は表するが、本来六将軍に序列は無いので上司という訳でもないし、傭兵時代に階級は無かったのであまり軍隊的な上下関係を意識した事が無かったからかもしれない。


「べっつにお前らも普通にしてればいいだろうに。つーかあっちも仲良くなりたがってんぞ。この前『どうも俺には友人といえる者がいなくてね』とか寂しい事言ってたぐらいだし」


「……なんか信じられんの。常人ではない者は変人と気が合うという事だろうか」


「おいチカちゃん。もしやその変人とやらは俺の事じゃあねぇだろうな」


 滅多に見られない六将軍同士の冗談を目の当たりにし、竜騎士達が困惑していた。その様子に一早く気付いたユーリがホウセンの脇を肘で突く。ホウセンも今更ながら威厳を演出して咳払いし、竜騎士達に労いの言葉を掛ける。


「北方での異民族との戦いの最中だったと聞いている。長旅で疲れたろう、今日はもう休んでくれ。近く活躍してもらう事になるだろう。具体的な作戦は明日伝える。……ああ、部下には俺からも言っておくが、ワイバーンについて扱いの注意事項があれば俺の副官に伝えておいてくれ」


「承知しました。では」


 竜騎士が一礼すると、今迄身動きせず大人しくしていたワイバーンが首をもたげる。ホウセンに促された兵士が少々怯えながらも竜騎士を宿泊場所に案内すると、四つの巨体もその後を付いていく。


「ワイバーンは滅多に人に懐かないたぁ聞くが、人に慣れたワイバーンだとああも大人しくなるもんだんだな」


「聞いた話では生まれた時から世話をするのは勿論、適性も大事らしい。何でも女性の方が懐かれやすいからマクシム殿以外の竜騎士は皆女性なのだとか」


「は~、私にも背中に乗せてくれるかの?」


「いや無理だろ。基本乱暴な奴には懐かないらしいぜ」


「そりゃあどういう意味だお主」


 よく訓練されたワイバーン達は落ち着いたものだが、周りの兵士達はその異形を見る度に恐れ戦いている。将軍同士ですら物珍しさから口数が多くなる程だ。一般の兵士ではさもありなんだろう。


「気持ちは分かるがこれから一緒に戦うんだから俺らの兵共もちぃとはあれに慣れんとなあ」


「まあ仕様がなかろ。王都に居たんなら兎も角、竜騎士なぞ王国内でも殆どのもんが見た事すら無いからの」


 象徴と呼ばれる程に伝説的な存在の竜騎士隊ではあるが、象徴なだけに殆ど実戦に出た事は無い。有るだけでそれは強者であり、扱うには貴重過ぎる部隊であった。出陣しても他の部隊で戦う事が多く、マクシムも異民族討伐等で竜騎士隊と一緒に出陣しても、竜騎士を使う事は数える程しか無かった。その必要が無かったといえばそれまでだが、その所為で自国内でもその実力は未知数とされている。少なくとも多国間の戦争、つまりモール王国から始まる一連の戦闘で竜騎士隊が戦った事は無い。その戦争が始まる前から北方を始めとする周辺の異民族や魔物を抑えつける任務に従事していたからであるが、実際的な戦力として期待されている部隊ではなかったのだ。


「しかしだなホウセン殿、竜騎士隊が二十騎で一個大隊に匹敵するとは噂されているが、借り受けたのはたかが四騎、しかもマクシム殿がいる訳でもないんですよ。あまり戦局に影響は及ぼさないように思えるんですが」


「そうだの。我らは竜騎士と戦った事があるからその恐ろしさは身に染みておる。じゃが我ら獣人族は少数だった。獣人族ですら負けを認めざるを得ない、どうしようもない強さだとは分かっておるが、この大軍同士での戦闘でそこまでの効果があるとは思えん」


 ユーリとチカが疑問を呈する。二人ともその強さを承知、しかもチカは獣人族がグラーフ王国に平定される際の戦闘でその恐怖を体験している身でありながら、この会戦に於いての竜騎士の存在意義には懐疑的だ。


「そっか、チカちゃんは戦った事があったんだっけな。で、その時はどう戦った?」


「正直我らではどうしようもなかったの。森の中では無類の強さを自負する獣人族も、空から森を焼き尽くさんとする竜には打つ手が無かった。我らは飛び道具を持たんし、守る森が無くなってはどうにもならん。降伏する他無かった。けどもし大勢の人間が手に弓を持って戦えば多少は戦えたろう。飛んでいる時には当たらなくとも火の息(ブレス)を吐く為に低空に降りた時にでも矢を射かければ、まあ殺しきるのは難しくとも数は減ろう。当たらずともそれだけで迂闊に手出しすら出来ん筈だ。補充の利かない二十騎、しかもその内のたった四騎しかおらんのだから」


「な~る、直接戦闘で強い兵種程度ってな認識なんだな」


 ホウセンは得心する。何故今迄こんな便利な部隊を使わなかったんだろうと常々疑問に思っていた事が氷解した。


(多分、思考の差異だろう。今から俺がやろうとしているのはこの世界の人間では気付きにくい考え方なんだ)


 ホウセンは現代知識の記憶があり、現代兵器を用いた近代、現代の戦術を体験している。ホウセンには当たり前の事でも、元から知らなければ一から気付くしかない。

 それに加えて世界の違いというものがある。地球では人類が飛行機を開発するまで空は鳥類のものだった。しかしこの世界では竜族に魔族に天使までいる。それらと鳥類の重要な違いは、人類の脅威であるか否かだ。

 地球では空からの脅威は自然そのものくらいしかなかった。しかし竜とは存在自体が脅威そのもの。空の生き物が人類の脅威なのだ。そこに世界観の違いからの先入観の差異が生まれる。竜とは飛ぶもの以前に強きものとして像が固定されている。強きものは戦力として消費するという固定概念を打ち崩せないのだ。 

 恐らく竜騎士の本領というものを理解している人間はホウセンとマクシムしかいない。そしてマクシムもそこまでする必要が今迄無かった。その貴重さ故出し惜しみしていた。いや、ここぞという時の為にその運用法を秘匿していたのだろう。


「やるなあマクシムのおっさん。そこまで長大な深謀遠慮だったならすげえもんだぜ。……つーか気長だな。よく今迄こんな良い玩具の本当の遊び方を我慢出来たもんだ」


「ホウセン殿?」


「お主、また嫌味な顔をしておるの」


(やっぱ侮れねえぜ六将軍筆頭。あれを越えてこそ最強ってもんだよな)


 ユーリとチカが訝しんでもホウセンは口元がにやけるのを我慢出来なかった。自分と同じ域まで戦術を考えられる人間を好む性質が、ホウセンの心に火を点けていた。


「おーい聞いておるか?」


「ん? ああわりい、竜騎士は大いに越した事はねえが四騎でも大丈夫だ。それにこれより戦争が変わる。奴らの想定外、これが一番重要なんだ」


 ホウセンはゲルに戻って作戦を書き直す。その殴り書きをユーリとチカに生き生きと見せた。


「作戦変更、ノワールへの侵攻は一時停止だ。これからはじっくりと、そして迅速に奴ら全体を攻める!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ