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少女と戦争  作者: 長月あきの
第二部
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第二十四話 発明家セラム

 領主館に帰るとまず庭師に声を掛ける。以前松葉杖を作った彼だ。


「ご苦労様、この前はありがとう」


「これはセラム様、あの程度お安い御用です。何かあればまた仰ってください」


「それに関してなんだが、君の伝手で材木屋と腕の良い木工職人はいないかい? 松葉杖を量産したいんだ」


「それならば良いのがいますよ。私がよく取引する材木屋と実家の工房を紹介しますよ。うちは元々職人でして、今は弟が家を継いどります」


「そうか、助かる」


 それからセラムは商談ついでに自領を見て回った。特に多くの職人を抱える工房、大きい商家、教会、学校には自ら挨拶に行った。

 領主の代替わりについては家の者が事前に周知してくれていたらしい。領民は皆好意的に迎えてくれた。

 領地の様子は特に大きな産業は無いものの全てにおいて不足はなく、治安の良さが自慢といった土地柄だった。どうやら父はそれなりに善政を敷いていたようだ。領民にはそこそこ人気があるようだが、意地悪な言い方をすれば無難な政治だ。もっとも将軍としての仕事が忙しく、領地の運営は代理の者に任せきりだったようなので仕方ない。

 自領の中心にある館に入るとその代理の者が迎えてくれた。ジオーネ家に古くから仕え、教育係としてセラムも世話になっていたらしい人物である。父は爺と呼んでいたようだ。


「お嬢様、お元気そうで何よりでございます。戦場に行ったと聞いた時は爺やは心配で心配で、こちらに帰ってくる日を心待ちにしておりましたぞ」


「爺や、僕は大事無い。心配かけて済まなかったな。こちらは何か変わった事は無いか?」


 セラムは話しながら歩を進める。


「はい。領民に大きな混乱は無く変わらぬ生活をしております。ですがやはり旦那様が亡くなり不安がっておりました。お嬢様が帰ってきて皆喜んでいることでしょう」


「うん、それは僕も感じた。中には僕の事を心配してくれる人もいたよ。学校に行った時なんて……」


 セラムが喋りながら扉を開けようとノブに手をかけた時、老婆の悲鳴のような音を立てて扉が傾いた。


「ああっお嬢様、その扉は今壊れていて、申し訳ありません。お見苦しいところを。修理を頼んでおりますがまだ来ていないのです」


 どうやら扉は上部のヒンジが外れかけているようだ。このぐらいなら人に頼まなくてもドライバー一本で直せるだろう。そう思って接合部を見ると螺子ではなく曲がり釘でヒンジを固定しているようだった。


「なあ、何故螺子ではなく釘で留めてあるんだ? これでは外れやすくてもしょうがないだろうに」


「ネジ、とは何ですか?」


 爺やが頭の上にクエスチョンマークを飛ばしている。一瞬ボケたのかと思ったがどうやら真面目に分からないらしい。


(もしかしてこの世界、ボルトとナットが無いのか!)


 よくよく思い出してみると留め具にネジ穴を見た覚えがない。元の世界では大抵どんな物にも使われていて、在るのが当たり前になっていたというのに、その小ささ故かいざ無くなると気付かないものだ。

 セラムは驚愕の事実に固まり、しかし頭脳は今までに無い程フル回転させていた。


「あの、お嬢様、どうされまし……」


「爺や、紙とペンを持ってきてくれ」


 すぐさまボルトとナットとドライバーの図面をその場で描く。


「これから鍛冶屋に行くぞ」


 セラムの行動は早かった。親方を見つけると挨拶も早々に熱っぽく語る。


「ボルトの作り方はインクに浸した糸を一定角度に張ってそこに釘を転がすと、こう斜めに痕が付くだろ。この痕に沿ってヤスリで削っていく」


「へえ、しかし『なっと』とやらはどうやって作るんで? 鉄の穴の内側にこんな細い溝、到底彫れませんぜ」


「そりゃあこう、大きめの取っ手の付いたボルトを用意するだろ、そんで溝を刃状に研いで、あとはナットの穴に宛てがってグイグイ回して彫っていくんだ」


「おお、成る程!」


「最初は径の大きさも試行錯誤するだろうが、型で安定して作れるようになったら何通りかで統一してくれ。規格を作るんだ。これは今までの留め具の勢力図を大きく塗り替えるぞ! とにかく大量に作れ!」


「ですがそんなに職人がいませんぜ」


「なら雇え! 金は出す!」


 セラムは両手を広げて声を上げた。


「さあ忙しくなるぞ! これからここは一大工場となるんだ!」


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