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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
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第六十五話 今後の指針その2

「では先般大規模な威力偵察があった事から、敵の狙いは自ずと定まった事でしょう。まず厄介な、しかし穴の所から攻めるでしょう」


「というと」


 ゼイウン公国の将の一人が確認するように問う。


「僕は八割方北方、ノワール軍に攻めてくると考えています」


 やはり、そうだろうな、という声がさざめく。諸将の大部分は予想していたようだ。個々の状況判断に加え、レーダーチャートによる戦力分析を見て確信した者が多いのだろう。


「何故そうお考えになるのか」


 モーガンが反論する。ノワール軍が狙われやすい理由は想像が付くが、八割という数字に納得がいかないのだろう。それに加えノワール共和国の人間として何も言わず肯定する事は出来ないという思いも当然のものだ。

 セラムは神妙な顔で言葉を紡いだ。


「ノワール軍が与しやすしと言っている訳ではありません。寧ろその逆だからです」


 その言葉はノワール軍人の気分を害さない為の方便、という訳ではなかった。


「君達の分析では我が国は最弱街道まっしぐらというところだが、そういう事ではないと?」


 ジョージが面白くなさそうに口を挟む。誰だって自分の国が弱いと言われれば気分は良くない。それを数字という残酷な手段で突き付けられているのだ。


「実はそのグラフでは表せない戦力があります。それは魔法の力、これは単純に今迄戦場に魔法使いが有効に投入された事が稀である事に起因します。比較的新しい技術であり、戦闘経験が少ないが為に敵味方共にその力を計る事が出来ない、まさに秘密兵器と言えるでしょう。故にそれが有効に使われた時に絶大な効果を発揮する事を、敵も知っているのです。いえ、先の戦闘で再認識したと言うべきでしょうか」


 確かに先の戦闘結果では、作戦が上手くはまった左翼ではほぼ被害無く敵を壊滅状態に追い込んだものの、右翼では敵に碌な損害を与える事が出来ず前線護衛部隊が全滅と相成った。後方の魔法使い隊は近接能力は皆無と言っていいのであるからして、あのまま戦闘が続けばお互いの尾を食い合う消耗戦の様相を呈していただろう。


「奴らは先の戦いでノワール共和国の魔法使い隊の攻撃力を思い知った筈です。そして恐らくその対応策も既にある。我々はその弱点を認め、敵より先にいかなければいけません」


「私達も当然敵に対する策は考えている。しかし対グラーフの戦闘経験でいえば貴国やゼイウン公国に劣るのは確か。何かお考えがあるようなら聞きましょう」


 ブラッドリーの謙虚な言葉にセラムは安堵しつつ続ける。


「では。……中央に我々が築いた塹壕線、その効果は如何なく発揮されたところであります。これを北方戦線まで広げたい。勿論、穴掘り要員は我が国の方で手配させていただきます」


 その案にブラッドリーとモーガンが考え込む。守備部隊の貧弱さは悩みの種だったところだ。防塁を築けるのならばそれに越した事は無い。だが他国の手を借り案を呑むという事は、戦い方に口出しされるという事だ。しかも塹壕という、あまり見ない防衛手段を用いた戦闘方法など経験が無い。主導権を握られれば今後戦いづらくなる上に兵士の不満も溜まるだろう。


「セラム少将、折角の申し出だが……」


「良い案ではありませんか、代表殿」


 難色を示すブラッドリーにジョージが賛成の意を示す。先の戦いに於いて少数の精鋭魔法使い隊を用いて敵の出鼻をくじき魔法使い隊の戦列に誘導するという奇策を発案し、自ら率先して一番危険な隊を率いてみせたジョージ。最早ノワール共和国の実質的な戦闘参謀といえるこの男の意見は蔑ろに出来ないものとなっていた。


「ただでさえ数が少ない我々の軍は敵の対応で精一杯です。防衛力を増す事が最たる課題である事も事実。また、彼の防衛機構が魔法使い隊との相性が良いのは確実です」


「そういう問題だけではないのは君も分かるだろう」


「これが下心からの発言ならば私が斬り捨てましょう」


 ジョージは強い意志を持ってセラムに向かって言い放つ。これには流石のセラムも硬直を隠し切れなかった。この男は例えその後がどうなっても殺すと言えば殺すだろう。

 されども数々の修羅場を潜ってきたセラムである。すぐに平静を取り戻すと微笑みを浮かべる。


「構いません。これは真に敵を打ち破る為の共闘です。本来ならば信の置ける副官を出向させようと思っていましたが、誠意を見せる為にも僕が野戦築城の指揮を執りましょう」


「お、おいセラム少将、それは幾ら何でも」


 唐突な申し出に面食らったのはノワール共和国の面々ではなくリカルドであった。これがアドルフォやカルロならば「またか」という顔をして頭を押さえつつも対応したところだろうが、如何せんリカルドはセラムの気まぐれに慣れていないのだ。


「という訳で、後はお願いしますね、中将」


「~~~~っ」


 まるでいたずらっ子のように首を傾げ微笑むセラムに二の句も告げず、なし崩しに後方の築城だけでなく中央の戦線の維持を任されてしまったリカルドに、各国の諸将も同情を禁じ得ない。


「そこまでされては断る理由がありませんな。分かりました、是非お願いしよう」


 ブラッドリーもついに折れ、北方戦線に於けるノワール・ヴァイスの本格的な共同戦線が決定した。となると残る課題は南方、ゼイウン公国だが……。


「中央が薄くなると思うがそこは大丈夫なのか? まさかその辺りまで我々の助力を当てにしているのではあるまいな」


 ゼイウンの将、マルセルが懐疑的に質問する。セラムは静かにかぶりを振った。


「いえ、ただでさえ補給線の分断をお願いしている訳ですし、我々だけで何とか致します。既に防衛線は八割方出来上がっているので持ちこたえられるでしょう。ただ、南方戦線はお任せしたい。レーダーチャートで分かる通り、グラーフにまともに対抗出来るのはゼイウン公国だけです。ここは貴国の地力に頼る他無いのです」


 セラムの謙虚な態度にゼイウン公国の将達も意地の悪い物言いが鳴りを潜める。何よりグラーフ王国と互角以上に戦えるのがゼイウン公国だけだと、数字で表されているのだ。セラムの言い分も根拠あってのものだと納得もいく。

 軍議を終え諸将が解散してゆく。この軍議の中で一際存在感を示したのはセラムだった。その外見から、身分と立場だけでこの場に呼ばれたお飾りと侮っていた諸将達も認めざるを得ない。特にマトゥシュカ家以外のゼイウン公国の将は今迄お飾りか狂人かで意見が割れていた程度の評価だったのだが、去り際に皆セラムを横目で見る程に意識していた。

 リーンハルトはその様子を眺めつつ思う。


(思った以上に有能な嬢ちゃんのようだ。つくづくヴィレムの件は惜しいな。あれが慎重に行動していれば労せずヴァイス王国での影響力と有能な駒を手に入れられたものを)


 そんなリーンハルトを、そして片付け中のセラムを交互に見る厳しい視線があった。マトゥシュカ家に仕える将、マルセルである。


(あの小娘、やはり只の狂人ではない。頭の切れる狂人(・・・・・・・)だ。いつの間にか各国に味方を作り、何食わぬ顔をしてまるで参謀気取りで場を仕切っていやがる。それを不自然だと思う人間さえ少なかった。発言力の高い人物を押さえていたんだろう。そして気を抜けば論説に引き込まれる怪しい魅力、奴は危険だ。リーンハルト殿の為にならん人物だ)


 セラム・ジオーネという人物は、その魅力に惹かれる者はとことん好かれ、嫌う者はとことん嫌われる、そう評したのは誰だったか。この連合軍に於いてもその特性は如何なく発揮されているようだった。


 敵味方を数字で表し客観的に分析し、その上で戦略・戦術・方策を立て行動する。この時点では何ら間違ってはいない。だが戦場というものは間違っていないだけでは勝利する事は出来ないのだ。

 この先数か月に渡り、セラム達の努力を嘲笑うかのように戦場は混迷を極めていく事になる。


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