表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
257/292

第六十三話 戦争論その2

 ゲル内の全員が傾聴する。せざるを得ない。誰もが自分の意見が正しいと論を殴りつけている中、セラムは仕草と声で場を鎮めた。確かにセラムはこの場を掌握していた。


「それは分析です。勿論皆様方の仰った要素の重要性を蔑ろにする訳ではありませんが、いくさというものは剣を打ち合わせる前から始まっているもの。まず戦う前に彼我の国情と戦力比を把握し、分析する。そして何が強みで何が弱点か、そもそも戦うべきかを十分に検討し、勝ってからいくさを始める。先ず勝ちて(しか)る後に戦う、です」


 戦いを始めてからああだこうだと考えていては遅い。戦いにとって全てに勝る結果は、戦わずして望む戦果を得る事だ。次善の策は相手を戦いの場から引きずり下ろす事だ。それすら敵わない時に初めて戦い、勝利を得る事となる。その為の準備段階こそが重要なのだ。

 いくさに於いての勝敗はそれまでのやった事の積み重ねの帰結だ。今回、セラムは残念ながら戦争状態に入ってから初めて参加する事となってしまったが、それでも戦争中に理想の集結に向けてやれる事をやってきた。その一つがデータ収集だ。

 セラムは軍に入る前から事務方の重要性を説き、今迄戦場の中で実務の片手間だった事務を専門部隊に昇格させ、あらゆる情報を事細かに記録させた。敵の軍馬の数から尻を拭う紙一枚まで全てだ。戦場に居て槍を合わせない事に申し訳なさを感じている経理部の兵士に「今後の戦争を変えるのは君達だ」と言って聞かせた。その成果が今ここにある。

 セラムが二回手を叩くと、ゲルの外から大量の紙束を抱えた一人の男が入ってくる。


「そこで我が軍が誇る事務官を紹介します。トマスです」


 紙束を抱えた男、トマスは仏頂面のまま会釈をし、二枚の資料を幹部に配ってゆく。


「何だこの数字の羅列は?」


 資料を配り終えたトマスが黒板の前に陣取り講釈を垂れる。


「ご説明します。我が国ではこの一年間、戦時に於ける数字に置き換えられるものを細大漏らさず記録、収集してきました。更に過去に遡って資料を漁り、より大きな情報を纏めました。それを基に各戦闘毎の項目が戦闘の結果にどれだけ影響があるかを計算しました。まず各項目の平均値を割り出し、それぞれ平均との差を求めまして、更にその差異を……」


「待て待て待て、まるで分からん。小難しい事を言って煙に巻こうとしているのではないか?」


 諸将が困惑するのも無理はない。結果を述べずに過程を順に専門用語を混じえて説明しようとすれば、誰もが理解したいという気持ちさえ無くなるだろう。


(説明下手か)


 (おもむろ)に講義を始めようとするトマスを制し、セラムがチョークを手に取る。トマスはかつてセラムが戦場に連れて行った事もある数学者の弟子であり、ジオーネ領主館の優秀な事務官なのだが、なまじ頭が切れる分、誰でも分かるように説明するのが苦手のようだった。


「我々は計算によって各国の戦力分析をこれまでとは比較にならない水準で示しました。一頁目に書いてあるのは各国の戦力分析を数字で表したものです。図らずも皆様が仰った事が要素として各項目になっています。この資料はその中でも特に彼我の兵数の損耗率の比と作戦の成功度に対してグラーフ、ゼイウン、ノワール、ヴァイスの四国の戦力がどれ程のものかを記してあります。詳しい計算方法と細かい数値は此方の紙束にあるのですが、残念ながら我が国の重要機密ですので配る事は出来ません。ですのでこれから要点を口頭でご説明いたします」


 セラムが機密の紙束から一枚手に取り掲げる。


「此方は各国の各項目を一戦毎に記録した物です。我が国のここ一年のデータは相当に精緻ですが、他は概数となっております。しかしそれなりに正確であると自負しております。各項目とは、兵数、糧食、槍、弓、軍馬、兵器、将の戦歴、補給量、情報の数、当時の国の経済力、食糧生産力、産業生産力の十二項目です」


 諸将がざわつく。無理もない、今この少女は各国に間者を潜ませていると言外に言っているのだ。数字は細かく、距離がある所為で見る事は能わないが、その内容如何では外交関係に亀裂すら走りかねない。自分の言っている事の重大さを自覚しているのか、この娘は正気か、そんな視線がセラムに刺さる。しかし当の本人はそれを肯定するかのように不敵な表情で続けた。


「しかしこの数値群は単位がバラバラで、このままでは比較になりません。そこで計算によって単位の影響を無くし、彼我の兵数の損耗率の比、そして独自の基準で十段階に定めた作戦成功度に対してどれだけの相関があるかを割り出しました」


 セラムは更に罫線の中にびっしりと数字が描かれた資料を手に取った。


「これは各項目の相関係数です。簡潔に言えば戦闘結果と各項目との相関……関連性がどの程度あるかを計算によって割り出したのです。そして我が国の優秀な数学者と参謀部がそれぞれの項目の相関係数を導き出しました。ここに書かれている数字が一かマイナス一に近い程戦闘結果に影響があります。零に近い程影響が少ないものになります」


 資料には表にそれらの数字がびっしりと書かれている。


「尤も単純に戦闘結果といっても、何を以て勝利、作戦成功とするかは単純には言えないでしょう。そこで、まず明確に表す事が出来る数値として先程言った二種の数値を基準にして各国の戦力評価を分析する事としました」


「何やら凄いとは分かりますが、具体的にどう、というのが分かりづらいですな」


 ブラッドリーが首を捻る。彼だけではない、その場の多くの人間が理解し難いという表情をしていた。


「当然、そう感じるでしょう。これだけを見せられては僕もそうなります。そこで二枚目の資料をご覧ください。戦力評価を視覚的に分かりやすくしたものです」


 場に紙を捲る音が重なる。そこには色分けされた多角形の線が図形を描いていた。


「レーダーチャートというものです。各項目での最大値を十とし、それを基準に零までの数値を十段階に分け各国の評価を付けてあります。この多角形が円に近い程穴が無く、大きい程強い訳です。尚、この評価には先程の相関係数を掛けてあります。つまり例えばある物資の数量が国同士で大きく差があったとしても、それが勝敗にあまり関わりがないものであれば相対的な評価に大した違いは出ません。その図はより正しく客観的に各国の戦力評価を比較した物となっております」


 先程ざわついていた諸将すらぐうの音も出ない。そこには誰にでも分かりやすく各国の強みと弱みが図で記されていた。セラムの説明、そしてトマスが途中まで黒板に書き殴っていたxだの√だのが混じった訳の分からない計算式がその中身の重厚さと説得力を増す。

 正直なところ、そのはったりを利かす為に途中までトマスに説明させたというところもある。


(にしてもやっぱりこの世界の数学者は凄いな。関数とか二乗や平方根なんて概念、伝えただけで自分なりに呑み込んで応用しちゃうんだから)


 元々、数学という学術体系すらあやふやな割にこの世界はセラムの知識よりも遥かに数理の学問が発展していた。色んな概念が無いままに独自に発展したような歪さを孕んでいたものの、学者という人種には確かに数理に強い人間が居た。まるで関孝和のように、現代数学を学ぶ者からすれば回りくどいながらも天才的な発想と算術で、算学を数学一歩手前まで押し上げていたのだ。

 ならばと思い、セラムは戦場に連れまわした縁のある学者達に、思いつくままに関数や代入、グラフ等の概念を持ち込んだ。それは体系化されてすらいない稚拙なものだったが、彼らは一夜にしてそれらを自分の物とし、自分達の学問を数学へと発展させた。そしてうろ覚えなセラムの相関係数と分析の考え方も、地に足の着いた統計学にしてみせたのだ。

 恐らくここまでの分析力を持つ国は今のところ無いだろう。


(ただ本当にエクセルとか関数電卓とか欲しかったがな。一々手で計算するとか狂気の沙汰だと実感したわ。学者達に丸投げたけど、連日徹夜の彼らがちと可哀そうだったからなあ)


 だがその苦労は確かに実ったようで、諸将が食い入るようにレーダーチャートを見つめている。彼らにとってはレーダーチャートどころか、グラフですら見た事が無い代物なのだ。無理もない、セラムは知らなかったが、近代グラフというのは千七百年代後半になって漸く広まった物。統計とグラフを真っ先に有効活用した偉人というとナイチンゲールあたりが思い浮かぶだろうか。それ程までに最近の代物なのだ。この世界の人間では見た事すら無くても不思議ではない。


相関係数のことはググると面白いかもしれません。企業が漫然とアンケートを取っているわけではないとわかります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ