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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
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第六十二話 戦争論

「き、貴様ら勝手な事を……っそんな勝手が許されるとでも……」


「もうよい、座れマルセル」


 リーンハルトの一言で、マルセルと呼ばれた将が悔し気な顔を浮かべながらも引き下がる。


「済まなかったセラム殿。我々も協力させてもらおう」


「!」


 リーンハルトの謝罪と申し出にレオン以外のゼイウン公国の将が固まる。権謀術数で地位を高めてきた男なのだ。彼らゼイウン公国の人間はリーンハルトの居丈高な態度しか見てきていないのだろう。しかし過去の内乱を制し三名家として確固たる地位を確立した妖怪のような爺はそんな底の浅い人間ではなかった。


「おや、自国で完結するのではなかったのですか?」


 セラムの意地の悪い言い方に今度はリカルドが冷や汗を吹き出す。


「他国に迷惑は掛けまいと思っての指針だったのだがな。そちらの提案に乗った方がより良い結果になろう。実のところ我々の最寄りの拠点というのも遠い。何せ旧メルベルク砦以北の地域は何故か(・・・)魔物が跋扈する危険地帯になってしまったのでな」


 軽い嫌味も倍返しで返ってくる。口では敵いそうにないと悟り、セラムはそれ以上の軽口はやめた。


「助かります。ゼイウン公国の豊富な食糧や水が得られるのは心強い。一番の悩みの種でしたから」


 リーンハルトもセラムの小さな手を握り協力を確約した。これでまずは課題が一つ消えた。


「次に兵站について、ゼイウン公国から」


「我が国では十分な量を運ぶ計画があります。ですが東北部の魔物の増加に伴い安全な経路を確立できず、どうしても速度が遅くなる事をご了承いただきたい」


 先程と同じようにレオンが発言し、モーガンが続く。


「我々は北の経路を使うとどうしても敵領近くを横切らざるを得ず、補給路の確立が問題になっております」


「その事についてですが」


 モーガンの発言を受けてリカルドが手を挙げる。


「ヴァイス王国領を通っていただいて構いません。既に女王に要請し、国境開放条約の証文を頂いております。もう貴国に届く頃かと」


「おお、でしたらこちらとしても助かります。確認いたしますが、軍隊が国道、延いては王都付近を通ってもよろしいのですね?」


「一番安全な経路は通商路で使っている道ですので必然そうなります。許可証や荷の確認は厳しくなりますが、非常時という事で軍需物資ならば関税も掛けません」


 ならば、とモーガンも了承する。


「続きましてヴァイス王国ですが、こちらはヴィグエント経由で順次運びます。今のところ計画に支障はありません」


 リカルドの発言を聞きリーンハルトが頷く。


「では計画通り三か所に集積地を造る。何もない所だ、敵から見られるとは思えんが、くれぐれも情報が漏れんよう気を付けてくれ」


 これで課題が二つ消えた。残るは実際に戦った敵の手応えだが。


「まずは当方が戦った敵について。先の戦いで敵将と思われる者と一騎打ちをしました」


 レオンが言ったのはブレージの事だ。


「敵将の腕も確かですが、戦い方が特徴的でした。将自らが大将狙いで突撃し、その間に副将が部隊を抑える戦い方を得意とするようです。将の位置を特定するのが非常に早く正確で、しかも相当に強い。大将がやられでもしたら一気に形勢を持っていかれるでしょう」


「まあ我が軍が苦戦する相手ではありませんでしたがな」


 マルセルが鼻息と共に補足する。確かに危なげなく撃退したのだが、実際レオンだから防げたのだ。仮に野戦でセラムと相対した場合を考えると、相当に相性が悪いだろう。


「北部戦線ですが、兵列を自在に操る将でした。こちらも相当に痛手を負わせましたが、同時に被害も大きかった。一方的に押しているつもりがもう一方で歩を進められていた。油断ならない相手です」


 オットーと戦ったノワール共和国軍の軍事務代表、ブラッドリーが語る。被害を思い出したのか、苦々しい表情だ。

 続くセラムは端的に敵を評した。


「我々は突破力と武勇に優れた部隊と戦いました。押し出し一辺倒でしたが、号令一つで死すら厭わぬ精強な兵士と、我が軍随一の武を誇る男と渡り合って生還する猛将です」


 三国の報告が終わり、リーンハルトは被害報告書に目を通しながら嘆息と共に口を開く。


「やはりかつてない程の攻勢だ。しかもまだまだ余力を残している。万遍なく戦った上での余裕を持った退却となると、間違いなくこれが様子見だろう」


「既に無視できない被害ですが」


「それはあちらも同じでしょう」


 幹部の表情が皆固い。史上類を見ない程の人間同士の大規模会戦に、この結果と動静をどう呑み込めば良いのか迷っているのだ。


「問題はこれからどう戦うかだが」


 リーンハルトの言葉が区切られるや否やセラムが手を挙げる。


「どうぞ」


「これからどう戦うか、その指針ですが、その前にこの場の全員の意思統一……いえ、統一とまではいかなくても、同じ方向性を持って考える事が必要でしょう」


「言いたい事が分からんな」


 マルセルが反駁する。セラムはゆったりとした動作で手を広げた。


「皆様は」


 その片方の手を目線の横に持っていき人差し指を立てた。


「いくさに於いて一番大事な要素は何と考えますか?」


 セラムの突然の問いに諸将が戸惑う。その中でも協力的なレオンが一番に意見を出した。


「結束だ。それ無くしては烏合の衆に過ぎない」


「いや兵の練度だろう。日頃の訓練こそ本番で実を結ぶのだ」


「将の器量こそ大事。その兵を率いる者が凡将では話にならんだろう」


 レオンの言葉に端を発してゼイウン公国の将が次々と続く。内乱で長く戦い続けた彼らには、皆自らの戦争論に一家言あるのだ。


「全てを支えるのは補給です。飢えた兵では勝てませぬ」


「いえいえ軍政務長殿、戦闘に於いては策こそが一番影響力があります。何を考えて戦うかが大事なのです」


「補給というなら方法はどうあれ士気こそが大事でしょう。人間同士のいくさでは結局は士気の奪い合いですよ」


 弁舌の熱に引っ張られノワール共和国の将も手を挙げる。


「人材こそが勝敗を決める大要素だ」


「装備が無くては戦えん」


「戦う場所選びからいくさは始まっているぞ」


「戦争は数だよ兄貴!」


「誰が兄貴だ!」


 侃々諤々と論を交わし、場が熱くなってゆく。セラムはその中でまるで審判のように、交差した腕を広げ制止する。その速度、手の角度、髪の揺れる動きまで、優雅とすら言える仕草に、今迄論戦を繰り広げていた面々が静まる。


「皆様それぞれの信条がある模様。ここで僕の持論を述べさせていただきます」


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