第六十一話 いくさの指針
グラーフ王国軍の大侵攻の爪痕も治りきらぬ夜、連合軍は緊急の軍議を開いた。主な議題は負傷者の対応と損耗した物資の補給の連携について、そして実際に戦ったグラーフ王国軍への評価確認と今後の方策についてである。
「まずは喫緊の課題である負傷者、特に重症者について、各国がどのように対応するかだ。順に代表者が発言願う。ではゼイウン公国から」
盟主であるリーンハルトが議長を務め、発言を促されたゼイウン公国の代表者としてレオンが立つ。
「我々の事は自国で完結するつもりだ。無論、重症者についても」
レオンの発言ではあるが、事前に協議したゼイウン公国の総意を言わされている事は明白だ。幹部会での発言とはいえ、あの情に篤く豪放な男が何の感情も無く、重症者の扱いについて具体案も無く突き放すような言い方をするというのは通常考えられない。
(全て自国でやるから口出しすんな、か。高圧的で弱みを見せない外交姿勢が見えるな。常に周辺諸国でトップを走っているという自己顕示か。ゼイウンらしい)
だがいつまでもそういられるかな、とセラムは心の中で余裕を見せる。今や軍事力や生産力だけが力を持つ時代ではなくなってきているのだ。ノワール共和国はここ数十年で魔法の技術を急速に磨いている。いつか魔法は生活に無くてはならないものになるだろう。しかも潜在的な動植物資源を多く持ち、研究機関も充実しており、発展する素地を持っている。ヴァイス王国とて小国ながら優秀な行政機関と徴税能力を持ち、最近は特産や技術の発展が著しく、経済成長の基盤が整いつつある。優位性というのはある一面だけで決まるものではないのだ。
(そう高飛車だと思わぬ方向から痛い一撃を食らうかもしれないよ?)
セラムがそう思ってはいても、現在の力関係は発言順によって厳然たる事実として突き付けられる。ヴァイス王国はまだまだ弱小国なのだ。
「次はノワール共和国」
リーンハルトに促され、軍政務代表のモーガンが起立する。
「我が国は地理的に本国が遠い事もあり、軽傷者は兎も角、重症者の治療環境に問題があります。出来れば相互協力をお願いしたいところです」
モーガンの発言が終わるや否やセラムが挙手する。この事態は予測していた事であり、この機会をゼイウン公国に掠め取られる訳にはいかなかった。
「セラム少将、どうぞ」
「ありがとうございますリーンハルト公。……我が国では治療環境、平たく言えば場所と施設の提供用意があります」
一部を除いて幹部達がざわついた。この一戦だけで治療を要する重症者は四桁に届こうという状況なのだ。しかしここは何も無い野っ原に急遽拵えた戦場陣地。野戦病院のような施設すらなく、軍医の数も圧倒的に足らない。自分で動く事すらままならないような患者を抱えるような真似は到底無理だ。
しかし後方都市に送るにしてもその収容能力はすぐに限界が来る事など想像に難くない。建物はそうそう短期間に幾つも建つものではないのだ。しかも三国分の傷病者。今は良くとも今後の戦闘で膨れ上がる数を考えればとても一国で賄えるような事業ではない事など、文官でなくとも分かるというものだった。
そんな疑問を見透かしていたようにセラムは論を続ける。
「重症者はヴィグエントに運んでいただければ結構。場所は我が国で提供します」
「待て」
ゼイウン公国の将がセラムの言葉を遮る。
「都市一つで今後の怪我人を泊めきれるとは思えん。少々無責任が過ぎるのではないか?」
簡単に出来ると言い放っていざとなれば重傷者を見捨てるつもりだろう、暗にそう言っている。そう思われるのも無理はない。ヴィグエントは城塞都市。壁に囲まれた街に住民が限られた空間で住んでいるのだ。尤もこの世界の大きな街は、魔物の脅威から同じような造りが多いのだが。
その上今は前線都市として普段以上に兵士が駐屯している。宿にしろ空き家にしろ、そのような余裕は無い筈だった。
「防壁の外とはなりますが、今現在進行形で仮設住宅を絶え間なく作らせています。防壁の外となると防備の面で少々不安かもしれませんが、今あそこはここを除けば我が国で一番戦力が集中している所。それに怪我人とはいえ兵士であります。怪我の軽い者から軍務に当たらせればよろしいかと」
「防壁の外だと? だとしたら今迄住宅など無かった筈だ。幾ら何でもそんな短期間で数を揃えられる筈がない」
再びの反論。しかしセラムは淀みなくその疑問に答えた。
「それこそが以前提示させて頂いた『コンテナ』を含む輸送構想による副産物です。……いえ、副産物というよりは『こういう事も考えて』のコンテナなのですが。これから説明致します」
セラムは車輪の付いた黒板を持ってくる。諸将が見た事の無い物にざわめきが起きる。その中で、リカルドが「あれはセラム少将が発明した、物を書いた後消して何度も使える板だ」と説明していた。
「コンテナは完全規格化されています。簡単に言えば形と大きさが決まっているのです。つまり全ての四辺が他のコンテナにぴたりと合わさる。そこでこの一辺、二辺を外したコンテナを運び込み、降ろした先で二つないし四つで組み合わせればあっという間に仮設住宅の出来上がりです」
黒板上では四角が組み合わさり大きな四角となる図が描かれている。実に単純な話なのだが、これに至るまでの発想とそれを可能にする為の規格化を実現させるのが難しいのだ。予め可能な限り作成された部品を運び、現地で組み立てて建造する工法は現在の家屋建築では常識である。古くは羽柴藤吉郎の一夜城がこの工法で建てたという説があり、近代でも戦艦大和にこの技術が使われている。しかし一般家屋でというと、実は割と最近になって実用化された工法である。無い訳ではなかったが、一般的ではなかった。
言うは易く行うは難し。人は受け継がれたものを捨て新しいものを拾うのに抵抗があるものなのである。そしてこれは全体で行わなければ大した効果が得られないものだ。全体で、一気にやり方を変える。まさにそこが障害となっていたのだろう。セラムのような強権を持つ人間が、その発想に確信を持って挑まねばそうそう出来ないものなのである。
「勿論壁や天井の隙間を埋める部品や扉、その他備品が別途必要ですが、仮設としては十分な機能を持ちます。ただし各国の皆様にも他の点でご協力をお願いしたい。具体的にはノワール共和国には主に薬草の類い、ゼイウン公国には食料品と、出来れば水。それらについても可能な限り、また、布等の備品や薬品の調合はこちらで受け持ちましょう。ついては、医師や看護師は多い方がよろしい。出来得る限りヴィグエントに出向していただけると……」
「待ちたまえ」
三度ゼイウン公国の将が待ったをかける。
「勝手に話を進めているが我々は承諾した訳ではない。貴殿の話一つで返事が出来ようか」
「我々は承服しよう」
そういったのはノワール共和国のモーガンだった。
「その条件は呑む。医師も可能な限り派遣しよう」
「なっ……!」
その二つ返事に驚いたのはゼイウン公国側だった。何でも盟主の伺いを立てて行動すべき、そんな驕りが彼らにあったのかもしれない。ところが実際は話に付いてこれない者は除け者とばかりにセラムと握手しているのだ。
モーガンはこれが只の戦闘行為ではなく、政治の場だと分かっているのだ。折角の三国共同作戦。ここで如何に他国の技術を盗み、如何に他国よりも功績を上げ、如何に他国よりも被害を抑えるか。それらを用いてどこまで他国よりも優位に立つかが最終目標なのである。決してこの戦闘に勝つ事だけが目的な訳ではない。
それを真実分かっているのは、今この場ではセラムとモーガン、そしてリーンハルトくらいのものだろう。
モーガンはカールストルム商会を通じてコンテナの利便性やその効果を知っていた。その輸送構想すらある程度理解していたのである。
地理的に本拠地が遠いノワール共和国は場所を提供してもらえるならば利が大きいのは当然として、セラムの物言いが伊達ではない事を知っていたし、医師の派遣を受け入れてもらえるのならば技術を盗む格好の機会となる。セラムの真意がどうあれ相互協力は本意であるし、ここでの人的資源の交流は医学その他の研究協定に等しい。互いの発展の為にもこの取引は呑む以外無いところだ。




