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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
253/292

「トワイスの冒険記」より抜粋

 長き困難の果て、漸く私は辿り着いた。厳しい極寒の北の大地、険しい山脈の中腹にそこはあった。

 予めゲームでその情報を入手していなくては絶対に分からなかっただろう。その環境は人の出入りを拒絶していたし、何よりかの言い伝えを耳にすれば普通の人は近寄ろうともしないだろう。


 ――あの辺りには(ドラゴン)がいる。


 山脈の付近の集落で何度も聞いた。そんな話を聞けば近づくのは余程の命知らずか阿呆だろう。実際の目撃情報が無いにも関わらず、住民は畏敬を抱いているようだった。山岳信仰に近いのかもしれない、当初はそう思っていたのだが、麓の村に着いた時、その言い伝えが真実だと確信を得た。

 村人の態度から何かを隠している事は確実だった。推測ではあったが、これまでの経緯からこの村が言い伝えの竜と人間社会との橋渡しをしているのだろうと思った。竜の守り人、というところか。

 最初は入山を拒んでいた彼らだったが、何日かの滞在の後突然立ち入る事を許可された。彼らの中で……いや、彼らが守る者の中で何かが変わったのだろうか。しかしここへ来た目的の為に私は退くわけにはいかない。


 大賢者マクスウェルの遺産。それが私が元の世界に戻る唯一の手掛かりなのだから。


 登山を始めてすぐはこの山が霊峰と呼ばれるに相応しい神秘性を携えている事に感動していた。しかしそれも猛烈に吹雪く山ならではの気候に、村人が守っていたのは竜や秘密などではなく、我々外の人間なのではないかと弱気になった。鉄壁の意志で以て目的地まで辿り着けたのは、藁にも縋る思いというやつだったのだろう。

 天然の洞窟を発見し奥へと歩みを進める。恐らくこの山は昔は活火山で、ここは溶岩が漏れ出た時に出来たものではないだろうか、そんな想像をしながら暫く歩くと、周りの造りが明らかに人の手が入った物に変わってきた。ゲームのグリムワールをやっていた頃に手に入れた情報通り、ここがかつて大賢者と言われたマクスウェルの研究所だったのだと、感動に震えを抑えきれない。

 やがて完全に人の住処の痕跡が見えてきた。いや痕跡というより、そのものだった。木製の床や壁、扉まである。しかもその全てが今尚手入れされているようだった。私は恐る恐るその扉に手を掛ける。鍵も何もなくあっさりと開いたその先には、一人の老人が椅子に座っていた。


「そろそろ来る頃だと思っていたよ」


 まるで私の行動を見ていたかのような言い回しをする老人に、この方がマクスウェルなのかと勘繰ってしまう。しかしそんな筈はないのだ。何せマクスウェルが生きていた時代はもう百年も前なのだから。


「あ、あなたはどなたですか?」


 単純に考えれば麓の村の関係者だろう。ここの秘密を守っている一族だとすれば、先回りしていても、ここに住んでいてもおかしくはない。しかしこの老人は体も大きく、村の長老という人物よりも遥かに威厳があった。思わず跪いてしまいそうな圧倒的な存在感があった。


「立ち話もなんだ、そこにかけたまえ。人間にはこの寒さはきつかっただろう? 今火をくべてやろう」


 老人がふっと息を吹くと、それが火となって暖炉の薪を燃やした。私も魔法を使えるが、こうまで自然に無駄無く魔力を編む事はできない。相当な魔法の使い手だとわかった。

 私がおずおずと席につくと、老人は既に机の上に置いてあった二人分のカップに黒い液体を注いだ。まだ温かい。まるで作りたてのように湯気を立てるその香りで珈琲だとわかる。日本に住んでいた時には日常的に飲んでいたものだが、この世界ではまだまだ珍しい代物だ。


「なぜこんな山奥で珈琲が……? それに見計らったようなタイミングで用意された飲み物に先程の仰りよう、不思議な事だらけだ」


「それでもこんな所に人の住処があるという事に疑問を持たないという事は、やはり君は我が友の待ち人だったようだ」


「あなたは……」


「待ちたまえ。人の家に訪ねてきて名乗りもせんのは、人の常識ではどうなのかね?」


「っこれは失礼を」


 老人の正論に私は平身低頭する。


「私はトワイスと申します。とある探し物があってここまで来ました。不躾ながら、正直ここに人が住んでいるとは思っておらず、突然の訪問となり申し訳ありません」


「探し物とは我が友の残した研究成果だろう? まったく流石というべきか、我が友が言い残していった通りだ」


「先程から全て知っていたように仰るあなたは……?」


 私は混乱の極みにあった。とっくに放棄されて遺跡化していた筈の場所に件のドラゴンは居らず、そればかりか私の事すら訳知り顔の老人が住んでいた。こちらとしては聞きたい事だらけだ。


「我はニールと名乗っている。それも元は我が友が付けた名だがな。何せ我らには名というものが存在しない。君達人間の間では我のような存在を古竜というようだな」


「竜!? しかしどう見ても人間にしか見えません」


 そう、目の前の老人はどのように見ても人間の老人だ。確かに大柄ではあるが、それでも人間離れしているという程ではないし、角や翼が生えているわけでもない。


「これも我が友が編み出した肉体魔法のおかげだよ。元々我は人間になりたい……というか人間として暮らしたいという願望があってな。おかげで仲間からは変わり者扱いされてきたものだが。しかし不便でもあるな。何せ元の肉体の殆どを別個に保存せねばこの体形は維持できんからな」


 どうにも話の間が噛み合わないニール氏に私は半ば言葉を遮るようにして確かめたい事を問う。


「もしかしてその友というのは」


「ふむ、巷では大賢者と呼ばれているそうだな。マクスウェル、それがこの世界での彼の名だったよ」


 やはり! 私は内心飛び上がらんばかりだった。ここが目的地のマクスウェルの研究所であった事もそうだが、それがこの自称竜でマクスウェルの友だったという老人によって保全されているのは僥倖だった。少なくとも問答無用で襲い掛かるような話のわからない御仁ではないようだし、私が来る事を見越してこうして持て成してくれている。話の持っていきようによっては元の世界に戻るという私の目的に協力的になってくれるかもしれない。


「私はその大賢者の研究成果を調べる為にここへ来ました。とても信じられないかもしれませんが、私の目的はここではない世界へ帰る事なのです。その為に」


「その為に同郷だと思われる我が友の研究成果が見たいと。ふむ」


「知っておいででしたか」


「勿論知っている。我が友が話してくれた。尤も『帰る』という表現は少し正しくないかもしれんな」


「どういう事ですかそれは」


 訝しむ私にニール氏は冷厳に言った。


「君にとっては知らない方が良い事かもしれん。そのまま何もかも忘れてこの世界での暮らしを満喫した方が幸せかもしれん。でないと我が友やその友人のような修羅の道を歩む事になるだろう」


「仰っている意味がわかりかねます。それは私が何も知らないから。例え聞いて後悔するにしても、今聞いておかなければ私はずっと苦しむ事になるでしょう」


「ふむ、それでも聞きたいかね。ならば教えよう、我が友の仮説を。そして我が友の現在を。この世界の起源、この世界の神、それらの狂える真実を。全ては仮説に過ぎない。が、願わくば君が絶望に至らぬ事を」


 古竜は語り始める。彼の言った通り後悔するかもしれない。全てを忘れてこの世界で生きていく決意をするかもしれない。それでも私には知る権利が有る筈だ。知る必要が有る筈だ。

 その神とやらに異世界に飛ばされてきた身としては。




   「トワイスの冒険記」より抜粋


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