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少女と戦争  作者: 長月あきの
第二部
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第二十三話 束の間の休日

 軍制改革は思ったよりスムーズに進んでいった。折衝など面倒くさいところはガイウスやアドルフォなどお偉方が引き受けてくれたので、セラムは少し暇ができるようになった。ダリオはやはり文句を言ってきたらしいが、ヴィグエントを落とされた責任を追及されると大人しく引き下がったらしい。

 暇な時間を使ってセラムはこの前考えていた商売について着手する事にした。


「まず欲しいのは高純度のアルコールだな」


 前に消毒薬として使った酒の銘柄を見てみる。産地について調べてみたがそれ以前に伝手が無かった。


「どうせなら自分の領地で何とかしてみるか」


 ジオーネ家は将軍職に就く前は侯爵の家系だったらしい。

 常備軍は国の軍隊であり、最高責任者は王である。その常備軍を束ねる将軍は王に忠誠を誓う者として将軍の位を賜る時に爵位を返上するのが習わしではあるが、それは形だけのもので領地と実権はそのまま持っている。あくまで将軍職の間貴族として振る舞えないようにするための措置である。爵位も王の預かりという形であり、将軍職を退く時には以前の爵位を賜る事になる。

 だからこそ今のセラムの立場は侯爵なのである。

 元々名門なので当然自前の領地はある。ビジネスの話を持って行くなら自領が豊かになる方が良い。


 領主館の酒蔵から自領産の酒を一瓶見つけると、それを片手に馬車に乗る。営業の経験は無いが元の世界の常識を考えて、道中で買ったお菓子を手土産に酒造店に向かった。

 馬車に乗ると殊更ゴムのありがたみを痛感する。舗装された道路といえどアスファルトのように平らではなく、木製剥き出しの車輪からダイレクトに尻に伝わる衝撃はいつもながら苦痛なものだった。


 不便なのは生活面だけではない。戦闘時にも考えねばならない事は色々あった。

 例えば通信手段。無線の代わりに手旗信号や光信号、狼煙などはあるがいまいち即時性、具体性に欠ける。武器の種類も結構バラバラで、作戦が立てにくい要因の一つになっているように感じた。各貴族の元集められる兵は士気が低く、訓練も足りない。もっとも彼らの多くは農民であり、とにかく数が必要な中世の戦争においてあまり多くを求めるのは難しいのだが。

 馬車がガタンと揺れて止まる。どうやら考え事をしている内に目的地に着いたらしい。木造の大きな建物に幾つもの樽が見える。勤め人らしき若者に店主を呼んでもらう。セラムが興味深く周りを見ていると店の奥から中年の男が小走りに駆け寄ってきた。


「ここの店主ですね。この度正式に侯爵位を継ぎ、新しく領主になったセラム・ジオーネです。先代である父の頃からお世話になっております」


「とんでもない、こちらこそ領主様には良くして頂いて。あっ申し遅れました。私ここの店主をしております、セヴェリオと申します。あっこんな所で立ち話はいかんですな、どうぞこちらへ」


 慌てた様子の店主に案内されて休憩室らしき部屋に入る。


「こんな所ですみません。どうぞ座ってください」


「こちらこそ連絡も無しに会って頂きご迷惑をお掛けします。これは従業員の皆さんで食べてください」


 手土産の菓子を渡すと店主がすみませんを連呼する。


「今日伺ったのは領主就任の挨拶ともう一つ、相談がありまして」


「私共のような者に相談などとは、何でしょう」


「ある物を造ってほしいんです。ここなら出来るかと思いまして」


「ある物?」


「酒は酒なのですが、とにかくアルコール濃度の高い物が欲しいんですよ」


「あるこーるのおど、とは?」


「ああ失礼、酔う成分の事です。きつい酒という事ですね。今作っている一番強い物より更に更に強く」


「きつい酒ですか。しかし味との調和が難しくてですね、あまり美味しい物は出来なくて……」


「これに関しては味はどうでもいいんです。何せ飲むための物ではないですからね」


「飲むためではない? 酒を飲む以外何に使うんです?」


「用途は色々あるんですよ。薬にもなりますし火を点ける燃料にもなる」


「飲まずに薬に、ですか? 聞いた事無いですなあ」


「ふふ、そうですね。出来たら不純物が無い物がいい。出来るだけ透明で、安く造れれば尚いい」


「となるとにごり酒やワインではいけませんな。味がどうでもいいのなら安くは出来そうだ。しかし、あの、言いにくいんですが……」


「金の事ですか?」


「そうです、はい」


「開発に掛かる費用は全部負担します。金額については応相談という事で。ですが損はさせませんよ。何せ成功すれば全病院施設に独占販売出来ますからね」


「そりゃあ大きな話ですな。開発費を全額負担して頂けるって事なら本当に損が無い。分かりました、この話請け負いましょう」


「ではお願いします」


 ニコニコ笑顔で見送られ酒造店を後にする。次は松葉杖についてだ。包帯についても考えてはみたのだが、この世界において布は思っていたより貴重品だった。リサイクルにリサイクルを重ね、ボロボロになったら紙の原料にもなる。結局事業を立ち上げるより、医局の意識を変えて新品の布を使うように徹底させる方が安上がりという結論に達した。


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