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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
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第五十六話 術策対暴威

「で、僕らの相手はあのむさっ苦しい連中って訳か」


 セラムが望遠鏡を覗きぼやく。三重の塹壕線、その第一陣に建てられた櫓の上からの眺めは格別なものがある。何せむくつけき男共が勢揃いして隊列を成しているのが一望出来るのだ。


「あのような規模の軍が他の所にも行っているというのですか?」


「ああ」


 カルロの問いにセラムは平坦に答える。それは確信を持っての返事だった。


「はっきりと言いますね」


「はっきりしてるもの。お前も見たろあの報告書の束」


 報告書とは現在グラーフ王国軍に入り込んでいる密偵からのものである。ヴァイス王国軍とて情報を口を開けて入ってくるのを待っている訳ではない。戦奴として徴用される制度上、入り込むのは容易い。

 その紙束の中から一枚摘み上げ、カルロは疑問を呈す。


「信用出来るものなのですか? 正直、虚実が錯綜し過ぎて私には何を信じれば良いのかさっぱりですが」


 カルロの言う通り、報告書には矛盾が入り乱れていた。敵国とて密偵に気付かない程馬鹿ではないのである。そしてヴァイス王国内でも幾らか密偵を捕捉している。当然それらを放置する訳はない。しかし全てを防げるものでもない為、それらを逆利用して虚報を流したりもする。続けて言うならば、此方がやる事は相手もやるものなのだ。


「そりゃあ一個一個見ていってもどれが本当か分からないだろうよ。こういうのはまず全体を見るんだ。そして現在の状況と照らし合わせてありそうな物を抽出する。そうしたらそいつの矛盾点を探すんだ。こっちが足で入手した確実な情報があるととっかかりになる。んで、矛盾点が無ければ本物の可能性が高い。まあパズルの要領だな」


「つまりそうして辿った情報を基に作戦を立てれば……」


「僕が相手なら本当の情報を流して罠を張るね」


 納得して感動すらしかけたカルロににべもないセラム。


「だったら何であの規模が他地区にも来るような全面侵攻だと判断出来るのですか? 少将が仰っているのはこの『各軍万を超す大規模な威力偵察が決定した』という密偵からの報告書の事でしょう?」


「うん。そこら辺の報告書では向こうの全軍の数は十万から八十万までと幅広いよね。傾向として規模を大きく見せようという意図が見える。で、此方の方では全軍の規模を五万から二十万の間で流している。このままでは両軍決定的な全容が分からんので、結局は偵察や戦闘によって情報を集める工程は必要な訳だ。けれど此方はついこの間信用出来る筋からあちらさんの軍は十二万を超す大軍で、四割は戦奴で構成されていると情報を得た」


「それは戦奴として連れていかれる予定だった捕虜から聞いた話でしょう。そいつが信用出来るかは兎も角、信頼出来る情報なのですか?」


「そうだね、誤情報かもしれない。彼自身がヴァイスの出身なのは確認済みで、その後此方に帰参したし、嘘を吐く理由は無い。けれどその情報元は敵国の兵士から聞いたもので、信用に足る情報ではない。なので確度は五中の三としたけれども、状況からして決戦場から遠い所にいた敵が意図的に誤情報を流す為に戦奴に吹聴して、その戦奴を敵国の下に返すなんていう手の込んだ真似をするとは流石に思えない。というか、そこまでするんだったらもっと此方の動きを誘導しやすい情報にする。例えば奇襲計画とか幹部の暗殺計画みたいなね」


「つまりその情報は正しいと」


「僕はそう思う。けれど分かったのは数が十二万以上で思った以上に戦奴頼りな構成だってだけだ。正直戦奴が四割っていう箇所はあまり信用しちゃいない。その話は戦奴同士の噂話で聞いた話だっていうからな。ただ、そういう噂が立つ程には戦奴として連れ去られている人間が多いって事なんだろう」


「それで、なんだってこれが……この規模が威力偵察だって分かるんですか?」


「向こうも情報を突き合わせている段階なんだよ。実際に自分の目で見て、信用出来る情報を基に敵の密偵と軍の全容を把握したい段階なんだ。で、この戦闘で敵が損耗を容認出来る範囲は戦奴一万人くらいまでだと僕は予想している」


 敵の行動予測だけではない、具体的な戦闘規模まで予測したセラムに、カルロは驚きを隠せない。

「失礼ですが、その理由を伺っても? 決して疑っている訳ではないのですが」


 そんなカルロに微笑みつつ、セラムは説明を続ける。


「まず敵の全軍規模だが、十二万以上、現実的に考えて二十万未満だろう。仮に正規軍で十二万と考えておく。そして戦奴の数は四割は無いとしても、今迄の各国の被害者の数から言ってその三割は十分あり得る数だ。つまり三万七千程度、これは一斉蜂起でもされたら軍が壊滅しかねない膨大な数を維持しているという事だ。自然、戦奴の扱いは慎重さを求められる。そんなに扱いは悪くされていない筈だ。飯が少なめとかはあるだろうがね」


「そこら辺はこれまでの捕虜の情報とも一致しますな。規律を破ると即死罪といった厳しさはあったり戦闘を強要されこそすれ、待遇はそれ程悪くはなかったと」


「彼らには一年経ったらグラーフ国民になるという制度もあるしね。目的も奴隷狩りというよりは国に帰属する人間を増やす意味合いが強いんだろう。ただ、彼らは妻子とはそうそう連絡が取れないようだ。偶に手紙のやり取りを許される程度だと」


「女子供が体のいい人質という訳ですか。そういえば私はよく知らないのですが、戦奴となった者以外の人達はどうなるんですか?」


「ヴィグエントでは財産没収と占領部隊が指定した業種での強制労働、但し給料や待遇はそれなりに保証され、あまり理不尽な強要はされなかった、というところだったかな。自由は奪われるが」


 カルロが顔を顰める。少しの不信感と不快感を秘めた表情、戦争をしている敵国をあまり悪く言わないセラムに、複雑な感情を抱いているのだろう。


「そんな顔をするな。勿論自国民を多数殺した憎むべき国家の敵だという認識はあるさ。……僕だって父親を殺されている」


「……どんな顔でしたか?」


「僕の事があまり好ましくないといった顔だったよ」


「そんなつもりはなかったのですが。大変失礼致しました」


「いいさ。話は戻るが、そんなこんなで戦奴に対しても理不尽な命令はあまりしないだろう。無論一番に捨てられる命なのは確実だが、無理な特攻で無駄な死を強要される、なんてのは無い筈だ。そんな事をすれば戦奴達を追い詰めてしまう。故郷の軍と戦うなんていう、只でさえ繊細な状況でそれは反乱に繋がりかねない。それとは別に戦奴は貴重な戦力だ。何せ軍の三割なんていう数は生命線と言えるからね」


「それはそうでしょうが、先程の一万という数の根拠については?」


「僕は敵の正規軍が十二万と仮定したよね。これは割と多めに考えているんだ。最初期の我が軍との会戦ですら八万程度だった。戦線が拡大の一途を辿っているこの状況下、決戦用に掻き集めたとはいえそれ以上を用意出来るとは思えない。そして元より戦奴などというものはあまり戦力として見るべきものではないんだ。そう簡単に裏切られる事のないような体制を採っているとはいえ、捕えられれば元の国に戻る奴も多い。特に家族がいない奴はな。そして損耗にはそういった敵国への吸収も当然考慮される。となると、もしその一万が全員我が軍に吸収されれば、元の我が軍と合わせて十一万、それ以上の戦奴の損耗を出せば兵数で上回られる可能性が出てくるんだ。数を頼みに仕掛けてくる傾向が強いグラーフ王国としてはそれは避けたい。此方の情報が正しく掴めないからこそ慎重にならざるを得ないんだ」


 実際のところ仮定に仮説を重ねただけであり、その予想を上回ってくる可能性は否定出来ない。しかし威力偵察で決定的になりかねない損耗を出すとは考えられない為、セラムが類推した戦闘規模を否定する材料はカルロには見つけられなかった。寧ろ威力偵察で一万人の損耗を出す方が信じられない。


「相手は我々に合わせて同時三方向侵攻をしてくるだろう。つまりだ、あいつらを相手にその三分の一、約三千四百人殺すまで耐え切れれば勝手に退却してくれるだろう。そのつもりで作戦を立てろ」


「はっ」


 セラムが親指で指した先には、戦意が高揚しだした軍勢があった。


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