第五十四話 ブレージ対レオンその2
激しく動く戦場で一段と大きな剣戟の音が鳴り渡る。打つ、突く、斬る、叩く、ブレージのあらゆる槍捌きがレオンの二刀に弾かれる。虚動を混じえた一撃がレオンの首を掠めた時、追撃を左剣で防ぎつつ無理な態勢に捻って躱したレオンが右剣でブレージの脇腹を狙った。
「ぐうっ」
その一撃を覚悟を決めて鎧で受けたブレージがよろめく。手先だけの力で振った剣だった為に鎧を貫通する程の威力は無かったが、その隙を見逃すレオンではなかった。
「おらあ!」
防戦から一転、激しく二刀が繰り出される。嵐のような攻撃を旋風のように打ち払うブレージ。その剣戟の結界は敵味方を巻き込み、迂闊に近づいた人間を斬り裂いていく。いつしか二人の周りを取り囲むように両軍が動きを止め、その一騎打ちの動静を周囲の全員が注目していた。
(こいつ、強え! こんな奴がまだ野にいたのかよっ)
レオンの体に細かい切り傷が刻まれていく。斬られた覚えの無い箇所ですら、まるでかまいたちのように血が滲んでいる。息つく暇も無い。レオンは歯を食いしばり剣を振る。
一方のブレージもこれ以上無い程に素早く槍を振るっているものの、決定打を浴びせる隙を見いだせずにいた。二刀を捌く為にかなりの無理をしている。ここまで攻撃を防がれ続けたのは初めての事だった。
一体どれだけ打ち合っていたのだろう。二十合? 三十合?
もしかしたら五十合以上かもしれない。
お互い気力で腕を持ち上げている状態で、先に集中を切らしたのはレオンの方だった。一瞬呼吸をした、たったそれだけの隙に、ブレージは槍の石突をレオンの馬の眉間に捻じ込んだ。
悲痛な嘶きと共にレオンの馬の前脚が大きく上がる。
「うおおっと!」
レオンは馬上から投げ出されるも、からくも空中で身を捻り着地する。ブレージがその隙を逃さず突進する。
「レオン様ぁ!」
部下の悲痛な叫び声。
視界が大きく揺れる中、今にも踏みつけんとする馬の蹄と振り上げられる槍の穂先が見えたような気がした。
「おらあっ!」
レオンは手放さなかった両の剣を半ば勘で地面ごと抉り振り上げる。
「なっ!?」
右の剣はブレージの馬の脚を斬り落とし、左の剣は砂を舞い上げブレージの視界を奪った。堪らずブレージも落馬する。回転しながら受け身を取りすぐさま起き上がるも、千載一遇の好機を逃してしまった事は否めない。
固く掴んだ槍を持ち上げた時、ブレージの肩に重い痛みが走った。
(ぐっ、落馬の時に右肩を痛めたか)
しかしそんな素振りを全く見せず左の手で支えながら槍を構える。
お互い大きく息を吐いた瞬間、周りからも何重に大きな吐息が漏れ出た。どうやら観戦していた両軍の兵士も呼吸を忘れていたらしい。
「お前程の男が一兵卒ってえのは考えにくい。この軍の将か!?」
睨み合いとなった中、レオンが言葉を投げかけた。会話する事で呼吸を整える時間を稼ぐという魂胆もあったが、何よりこのまま戦いを終わらすのが勿体無く思えてきたのだ。
「その通りだ銀翼の刃。この一戦を任されている」
ブレージもそれに応えた。ただ、ブレージには別の思惑があった。
「貴様と戦えて嬉しいよ。噂以上の剛剣だ、正直ここまで苦戦するとは思わなかった。と同時にこの時点で俺の思惑通りに事が運んでいる。俺の目的は将を殺る事だが、別にこのまま時間稼ぎ出来れば構わんのだからな」
「どういうこった!」
「自慢じゃないが外様の俺よりもよっぽど兵を操れる副将がいてな。こうして貴様を釘付けにしている間に戦場は大きく動いているだろうよ」
主将同士が一騎打ちをしていれば、普通は命令する者がいなくなる。しかしブレージ隊の場合は下手をすれば主将よりも副将の方が部下が命令を聞く。そしてその副将自身も自らがブレージよりも将に相応しいと考えているような輩なのだ。ブレージ側は主将が不在でも全く問題は無い。だからこそ将で将の一本釣りをやってみせたのだ。
「俺を足止めするのが目的か。だが残念だったな。こっちはこっちで老練なジジイがいるんだよ。俺の事をいつまでも子供扱いして心配性なのが玉に瑕だがな」
そう、確かに戦場は動いていた。しかしブレージの思惑とは違い一進一退、どちらが勝っているかは判別がつかない。
「ぬう、何故崩せん!」
ブレージの副将が歯軋りする。
「押し返せ! 若様の所には行かせるな!」
レオンの副将が声を振り絞る。時が経つにつれ消耗戦の様相を呈してきていた。
その時、グラーフ王国軍の後方から鼓が打ち鳴らされる。それはユーリからの合図だった。
「退却だと!?」
ブレージががなる。その鼓に反応して部下がブレージの下へ馬を近づける。ブレージは悔しそうにその馬に飛び乗った。
「レオン・マトゥシュカ、この勝負預けるぞ!」
レオンはその背を追う事もせず去るに任せる。
「レオン様! 敵の後方より増援です!」
「分かってる」
レオンはブレージを見送った後、無事だった自分の馬に乗り遠く敵の波を見た。
「あれは退却の補助部隊だ。このまま構えて待機。退く敵は追うな」
荒立った戦場が徐々に静謐を取り戻していく。ゼイウン公国軍対グラーフ王国軍、その初戦は激しく衝突し互いに兵力を磨り減らした結果となった。同程度の被害。同程度の兵の質。このまま続けたらどちらかが壊滅するまで止まらなかっただろう。
そしてブレージは退却中の馬上で、レオンは静観中の馬上で、互いに呟いた。
「次にぶつかったらどちらが勝っても残った方は前進する力が無くなっているだろう」
変化が必要だ。戦局を左右する大きな変化が。




