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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
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第五十二話 開戦

「で、私達が中央を任された訳ですか。責任重大ですね」


 カルロの返事にセラムは自嘲する。


「正直押し付けられた感がするけどな。やっぱりあの爺さん食えないわ」


 責任もさることながら、中央が一番危険なのは自明の理だ。だからこそまず工事に取り掛かったのだが、このままでは使い潰されかねない。リーンハルトは……いや、ゼイウン公国は一国でもグラーフ王国に勝つつもりでいるのだろう。だから他国と協力するというより利用するという考えの下動くのだ。尤も利用し利用される間柄なのはどの国も百も承知だ。


「さて、これからグラーフはどう来ますかね」


 カルロが世間話のようにセラムに問いかける。元々は真面目で学者肌だったこの男だが、ここまでセラムと共に戦場を経験し、セラムの無茶に付き従ってきた百戦錬磨の猛者である。大会戦を前に緊張する素振りすら見せない。一端の将に成長していた。


「さあて、それが敵の軍師の、という問いだったなら正直分からんと言うところだが」


「ホウセン・クダンですか」


「ああ、ホウセンさんは戦場に対して真面目なんだが器用すぎる。使ってくる手が多すぎて的が絞り切れん。が、グラーフ軍がどう来るかという問いならある程度予想は付くよ」


「ほう、というのは?」


 敵将に対して友人のように敬称を付けるセラムに少々の危うさを感じながらも、カルロは何事も無かったようにその先を促す。敵の実力を認め敬意を表すその純粋さもまたこのお人の美徳なのだとカルロは思っている。


「グラーフの気質を考えればまず力を計りにくる。小細工は無しに正面から来るのがグラーフ流だ」


「となると威力偵察ですか。常套戦術ですね。それだけに突く穴もありませんが」


「ああ、だが規模は桁違いだろうよ。覚悟の量を間違えるとそのまま食い破られるぞ」


 まだ塹壕は完成しきってはいない。ヴァイス王国軍が守る中央で漸く三重、他国が守る南北の地域にはまだ塹壕線すらない。そちらは各国の守りに期待するしかないのが現状だ。初戦で打ち負けてはこの先戦い抜く事すら出来ないだろう。


「北を魔法使い隊を擁するノワール共和国が、南を強大な白兵能力を持つゼイウン公国が、そして中央を塹壕に籠り精鋭の長弓兵を持つ我がヴァイス王国が、その強大な敵を迎え撃つ訳ですか。……わくわくしますね」


 カルロが不器用に口角を上げてみせる。敬愛する上司を倣って、逆境の時ほど笑う事を覚えたのだ。


「言うようになったじゃないかカルロ。なに、どんな敵が来ようとも怖くはないさ。敵がどんなに強大だろうと、その敵の中にカルロ・サリという将はいないのだからな」


 セラムは天使のように微笑んでみせる。カルロはつくづく自分が安い男だと思い知らされた。その言葉と笑顔だけで、どんな無惨な死に様が待っていようと喜んで命を投げ出す覚悟が出来てしまうのだから。

 ――そしてセラムの予想は的中する。


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 グラーフ王国軍では何万という軍勢が整列していた。まさしくこれから敵を皆殺しに行かんとばかりに殺気立っている。


「北部方面、オットー! 待ち構える敵に一泡吹かせてやれ! 南部方面、ブレージ! 遠慮は要らん、敵将の首を取れるようなら取ってしまえ! そして中央方面、ロスティスラフ! 敵は既に塹壕線を築いている。ぶちかまし、粉砕し、更地にしろ!」


「「「おおおおおおおおおお!」」」


 ホウセンの演説に呼応した雄叫びが地面を振るわす。大事な初戦、グラーフの将軍達はまずどう戦うべきか、などとは言わなかった。敵の配置、戦術、質に量、まずは全てを知る事こそが肝要。それには一度ぶつかってみるのが一番だと、ほぼ暗黙的に意見が一致していた。

 短絡的だと言われればその通りかもしれない。だが行動の速さこそが戦場では何より重要なのだと、歴戦の将軍達は理解していた。その圧倒的な物量で押し、相手を計り殺す。その大胆な戦術を取れるのも戦奴有ってこそだ。惜しみなく使い潰せる戦力があるからこそ正面から正攻法で攻略する。そして多くの場合、正攻法こそ弱点が少なく対応策が取りずらい最優の方法なのだ。


「むううう、不満じゃー」


 味方の士気が上がる中、陰鬱な表情をした者が一人。

 チカであった。

 ホウセンの演説の後、各将が各々の部隊に編成と作戦を伝える。演説を終え壇上から降りたホウセンがその不満げな狼娘に声を掛ける。


「うぉいどうしたチカちゃん。これから楽しい戦争だっつーのに」


「その楽しい戦争に、何で私が後方配置なんじゃ」


「だぁからまずは部下に先駆け任せて俺達は敵を観るっつー作戦だっつったろ?」


 どうやら自らが突撃出来ない事に不満を持っているらしい。ホウセンの言葉を聞きたくないとばかりに狼耳を伏せ尻尾を後ろに丸めている。そんな様子を見かねたのか、チカを納得させるべくユーリが援護を入れてくる。


「そうだよチカ将軍、君一人の体じゃないんだから」


「「ぱぶふぉう!」」


 ユーリの言葉に二人同時で盛大に唾を巻き散らす。


「お、おま、チカちゃん、まさか妊……」


「するかボケエ! ひとっつも心当たりが無いわ! そんなけ、経験も無いのに……」


 毛を逆立て赤面するチカに安堵し胸を撫で下ろすホウセン。二人の反応に漸く合点がいったユーリが大きくかぶりを振る。


「違う違う、将軍の君が倒れたら大惨事になるからって意味だよ」


「それなら君一人の責任で済む立場じゃない、とかだろうよユーリの旦那よぅ」


 チカも無言で何度も頷く。口を押えているのは赤面が恥ずかしいのだろう。


「まあ、言い方は兎も角ユーリの旦那の言う通りだ。いくらチカちゃんが強くても様子見の一戦で将軍格を前線に出すのはリスクがでかすぎる。それに目的はあくまで『(けん)』、つまりは敵の戦力、配置、将を見定める事だ。それにゃあ多少下がっていた方が分かりやすい」


「まあ……そうじゃがの」


 どうやらチカも頭では理解していても気持ちでは理解したくないというところのようだ。チカは人狼族の中では理性的に物事を考える方ではあるが、やはり戦闘民族の血が騒ぐのだろう。無理もない。こんな大規模な戦闘の先駆けなど、そう滅多に経験出来るものではないのだから。


「そんなツラすんなって。あの三人だって俺が選りすぐった将達だぜ。期待を裏切るような開幕にはさせねえよ」


「分かってはおるよ。この一戦は弁えるわい」


 チカもそれ以上ごねる事無く引き下がる。


「それじゃあ三軍に分けるとして、問題は誰がどの隊に行くかだね」


「中央じゃ! 私は中央に行きたい!」


 意気込むチカをホウセンが制する。


「待った。中央は俺が見ておきてえ。理由もある」


「何じゃ。また私のやる気を削ぐつもりかえ」


「まあ待ってチカ将軍、まずは理由を聞こうじゃないか」


 鋭い犬歯を見せ威嚇するチカをユーリが宥め続きを促す。


「サンキュー、ユーリの旦那。まずチカちゃんが中央じゃいけねえ理由がある。用兵の仕方がロスと似通ってんだよ、チカちゃんは」


「だったら何じゃ」


「これは敵を観ると同時に俺らの勉強にもなると思ってるんだ。ここは敢えてタイプの違う奴と組んで今後の参考にしてもらいてえ。それにあいつらのフォローに回る時にもやり易くなる」


「まあ確かに言えてるね。私達の立場になると中々味方の用兵をじっくり見る事も無くなるしね。勿論戦いぶりを見るだけならよくやるけど、それは私達の立てた作戦通りに動く中で見せる用兵だしね」


「そういうこった。それにこっからが大きな理由なんだが……。奴らは既に中央に塹壕線を形成してるよな?」


「あのゼイウンで私が破ったやつじゃろ。だったら尚更私の出番だと思うのじゃが」


「いや、多分そう簡単な話じゃねえ。一度破られた策をもう一度出すってえ事は、何らかの対策があるっつうこった。あれをやってんのは間違いなくセラムの嬢ちゃんだろう。だからチカちゃんの用兵に似ているロスに中央を任せたんだ」


「罠と分かって(わざ)と踏ませるのかい?」


 ユーリの言葉に頷くホウセン。


「だからこそ俺が見ときてえ。こん中で対塹壕の戦いに一番詳しいのは俺だ。その対抗策だってようく知ってる。だから奴らがどうやって防いでくんのかを知りてえ」


 むくれっ面で聞いていたチカも、これが兵の損害を計算に入れた作戦の一環となれば納得せざるを得ない。


「~~分かったわい。なら私は北を担当しろというんじゃろ? あのオットーとかいうのが一番私に遠いからの」


「だったら私はブレージ君とかあ。んー彼、苦手な手合いだなあ。それにゼイウン公国人なんだろう? 上手くやっていけるかなあ」


「取り敢えず今回だけだ。頼むわ」


 二人は渋々という感じに了承した。


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