第五十一話 幹部会軍議その3
「さて、こんな平野で持久戦を仕掛ける理由については一定の納得を頂けたかと思います。問題はどう守るかですが、ここに城や砦を一つ二つ作ったところで大して意味も無い上に時間と金が掛かるのはお分かりでしょう。整理の為に改めて説明致しますと、自然の移動障害が無いこの地域では迂回や包囲が簡単である事、それ故に中途半端に戦力を集中させるとかえって各個撃破されてしまう為です。となれば平原全体を要塞化してしまえば良い」
セラムは再び身振り手振りを交えて机の周りを回りながら説明する。
「そうは言ってもな、あまりに非現実的だ。その為の資材がどこにある? どれだけの時間が掛かる? まさか全てを後方から持ってくる訳にもいくまい」
「その通り、平野にあるのは只々土ばかりです。ですから穴を掘り、出た土で土塁を作る……」
「だがあれでは片手落ちではないか? 俺は直に見てきたが、普通は空堀の後ろに壁を作り防ぐもんだろう」
ゼイウン公国の将の一人が言う。セラムが作っている陣地はジグザグに奔る塹壕の前後にぽつぽつと土塁が建てられており、複雑な紋様を描いているような特殊な陣だった。
「確かに通常の城に備えられた堀や防壁はそうです。ですがそれは高低差がある山城や、丘に建てたり土を盛って高低差を作ったり、又は巨大な建築物で高地の有利を生み出す平城だからこそ有用なものです。ところがこんな平野ではそれも難しい。ならば平野全体を砦にしてしまえば良いのです」
塹壕戦術。かつてセラムが仕掛けホウセンとチカに一蹴された因縁の戦術。セラムは繰り返す。但し研究と工夫を重ね。
「平原全体に張り巡らした塹壕、これを陣地兼移動経路兼障害として使います」
「しかしそんな穴程度、馬ならば飛び越えて簡単に突破されるのではないか?」
「そこで縄を張ります。……馬の跳躍力がどの程度かご存知でしょうか。記録では八メートルを超える跳躍をみせる馬もおりますが、武装した人間を乗せた馬が飛べる距離は中央値で三・四三メートル。これはグラーフ兵の武装と同じ重量を乗せた騎馬二千頭の記録を計り割り出しました。これを基準に、飛べば穴に落ちるように縄を張ります。足さえ止まれば塹壕と土塁からの射撃と槍の餌食です。第一陣を突破されても第二陣、第三陣が同じ役割をします。また、内側からの攻撃に弱い造りをしている為、敵には利用させません」
セラムは続ける。不安と期待を欺瞞と努力の積み重ねで塗り潰し。
「この策は各国の協力の下完成します。特に魔法使い隊には相性が良いでしょう。我が国の技術で安全に大魔法を放てる環境を提供します。そしてこの塹壕が続く限り敵からその身を守り抜くでしょう。この工事は更に続けさせて頂きたい」
セラムも己の心を誤魔化しているのだ。一度破られた作戦、改良を重ねているとはいえそれをもう一度同じ敵に繰り出すその不安を。だからこそ饒舌になる。
参謀部で何度も話し合った。この大会戦について、その戦い方を。
そして至った結論。
「拙速に決めたこの決戦にて、長引けば状況が悪くなるばかりの材料を加味しつつも尚、遅滞戦術を以て兵糧攻めを掛けるべし」
短期決戦をすべく仕掛けた決戦で、崩壊が先に見えている連合軍を使っての長期戦構想。勿論セラムも当初は反対した。短期決戦を旨としたセラムの思想や大戦略とはかけ離れた戦略であるし、連合軍として結束を保つのも長くは持たないと分かっているからだ。
しかし何度机上戦闘しても攻めて勝つ事は出来なかった。どうやっても勝ち目が無かった。そして皮肉な事にセラムもヴァイス王国軍も守り勝つのを得手とする。勝ちの目を見いだしたのは持久戦によってのみだった。
それを必勝の策まで練り上げて持ってきたのである。机上戦闘ならばほぼ確実に勝てる。しかし何が起こるか分からないのが戦場。セラム達は敵の全てを知っている訳ではない。不測の事態で戦局がひっくり返るなど幾らでも考え得るのだ。
必ず勝てる……筈だ。抜かりは無い……筈だ。全て計算した……筈だ。
筈、筈、筈。穴を策で埋めていっても不安だけが募っていく。最後は己の運に賭けるしかない。
「部隊を各国毎に分けるのには僕も賛成です。ですがこの防御線は各々方の担当地区にも、前面に張り巡らせさせて頂きたい。どうかお願いします。用法は書類をお渡しします。最低限、敵に奪われ利用される事さえなければ使用しなくても構いません。これは勝つ為。どうか、伏してお願いします」
セラムが深く頭を下げた。私意で言っている訳ではないのはその態度で分かる。しかしその内容は即答しかねるものだ。無用な軋轢を避ける為に各国で担当地区を分けたのに、その戦闘方法に干渉するというのだから。
「冗談ではない。そんな穴があって自由に戦闘出来るものか。それにその穴を掘る要員はどうする。貴様らの軍が穴を掘るというのならそれを守らねばならんし無用な問題を抱えかねん。その上貴様らの地区が手薄になるではないか」
血気盛んなゼイウン公国の将が反駁する。
「陣地は邪魔だというのなら奥の方に広がるように掘っていきます。あくまで防御的に使って頂ければ……」
「ほれ見た事か、使わせる事前提ではないか。冗談ではない、そんな事まで貴様に干渉されてたまるか!」
他方、ノワール共和国の将も黙考している。セラムが言った通り、魔法使い隊の運用に当たって敵との直接的なぶつかり合いは避けたいところだ。しかしこんな平野で、他国の歩兵の援護が望めないとなると不安がある。しかし使った事もない戦術を使う事もまた不安なのだ。
軍政務代表のモーガンが手を挙げる。
「確認ですが、その穴掘り要員は貴国から提供してもらえるので?」
「ええ、少なくとも当面は約束します」
ふむ、と軍事務代表のブラッドリーと示し合わせる。
「判断しようにも我々はその有用性を知らない。まずはあなた方が戦ってその結果を示してから考えさせてもらう」
「尤もなお話です。前向きにご検討くださり感謝します」
ブラッドリーの論にセラムは礼を述べる。この話はここまでが限界だろう。これ以上は話がこじれるだけだ。
そのやり取りを黙って聞いていたリーンハルトが口を開く。
「うむ、ならば今構築している陣地の地区、つまり中央はヴァイス軍に任せる。我々ゼイウン軍は南、ノワール軍は北、縦に広がる形で布陣する。それでよろしいか」
一同頷いた。セラムに食って掛かった将は「こんな奴らに中央を任せるだと」という不満がありありと表現された顔をしていたが、だからといって既に穴だらけの地区を担当するというのもあり得ない。到底納得はいかないが、盟主の手前不平は言えない。勝手な事をしてくれたものだと睨む程度で済まされた。




