表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
242/292

第五十話 幹部会軍議その2

「ところでセラム殿にお聞きしたい。貴君が戦場を穴ぼこだらけにしている意味についてだ」


 そう発言したゼイウン公国の将の前には空の酒瓶が四本転がっている。それだけ呑みながら赤ら顔になる程度で、呂律も思考もしっかりしている。どうやらゼイウン公国人の肝臓は随分と狂暴らしい。とても真似は出来ないな、とセラムが半ば呆れながらも感心し返答する。


「何でしょう」


「いやある程度は想像もつくのだ。空堀は防御陣地の基本であるし、砦を築こうにもこんな野っ原じゃあ資材を運び込むのにも苦労する。しかしあれは何というか……行き過ぎている(・・・・・・・)


 地平線の彼方まで何重にも続く堀、その所業に常軌を逸していると言外に言っている。


「貴方が仰った通り、砦を築こうにも……というのがその理由ですよ。純然な野戦をやるとなると消耗が激しすぎる。しかも貴方がたゼイウンの方々は互角に戦えるでしょうが、僕達ヴァイスや運用が特徴的なノワールの方々の兵はぶつかり合いでは正直グラーフに負ける。相手は間違いなく戦い慣れした強兵ですから。それに素直に野戦をしてくれるとも限らない。となると僕らは僕らで策を凝らさなくてはならないのです。平野で防戦、持久戦というのはあまり聞かない事かもしれませんが、その方が有利な根拠があります」


 セラムは立ち上がって講釈を始める。立ち上がってもあまり目線の変わらないこの少女に歴戦の(つわもの)共の注目が集まった。


「さっき捕虜から聞いた情報を分析すると敵の補給線は貧弱です。……まず第一に敵はこれからの大戦、後方からの補給に頼らなければならないという大前提があります。このマレーラ大平原では略奪出来る街が無いからです。真っ当ないくさになります。しかし敵は陸路の補給が弱点だ。これには幾つか理由があります」


 セラムは左右に小刻みに動きながら身振り手振りを交えて抑揚を付けて喋り続ける。演説等でしばしば利用される技術だ。セラムは意識してやっているかは定かではないが、彼女のような魅力的な人物が使いこなすと非常に目を引き、衆目の賛同を得やすくなる。


「一つはかの国に悪路が多い事。今迄交易を重視していなかった所為か、あまり道路の整備に力を割いていないようです。単にそこまでの余力が無かったのかもしれませんが。二つ目は馬車の性能。少なくともこれに関しては我が国が圧倒しています。(かなめ)は規格化されているかの違いです。彼の国は車輪の幅、馬車の大きさがばらばら。これでは道が整わず馬に余計な負担を強いるばかりか、全体的な速度も遅くなります。しかも高くつく。その点我が国の輸送コストは絶対的に低いでしょう」


 セラムは順番に指を立てつつ声高に述べる。


「それは先程のキカクカというもののお陰か?」


「それだけではありませんが、まあ兎角効率化を追い求めた結果です。そして三つ目、これは彼の国の風土によるものです」


 セラムは一拍おいて三つ目の指を立てる。その場の全員が身を乗り出してこの少女の言葉に耳をそばだてる。


「グラーフ王国の領土は寒い。これは動きが鈍くなり、体温を調節する為のエネルギーが多く必要になるという事です。人間は勿論ですが、当然馬だって生物です。例外ではありません」


「えねるぎーてえのはつまり……?」


「それだけ食物を必要とするという事です。同じ距離を十二万人分もの食料を運ぶとして、概算かつ単純計算で兵の分だけで一日二十四万食、百八十トン、水二百四十トン、四頭引き馬車一台で五トン運べるとして八十四台」


「思ったより少ないな」


「まだ続きがあります。御者八十四人分の水と食料二百九十四キロ、馬車を引く馬の干し草が一日十五キロ、水三十リットル、馬三百三十六頭分合わせて十五・四一四トン、今度はそれらを運ぶ馬車が要ります。ざっと一日当たり馬車八十八台、四百四十トンの重量を運ぶ事になります。ところが寒い上に悪路で体力を消耗するとなると凡そ一・五倍の食料が必要になります。これに着替えに燃料、備品に嗜好品、日用品、飲料以外の水、軍馬用の飼料と水、武具等を加えると三倍から五倍以上に膨れ上がります」


 セラムはふっと息を大きく吸い脅すように低い声を出した。


「……一日の最低量で」


「……いやはやとんでもない数字ですな」


 武人が多い幹部会の将がどれ程理解しているかは甚だ疑問だが、それが恐らく途方もないものだというのは想像に難くないのだろう。


「これが我が国からなら十日で運べる距離だとすると、悪路で馬車の性能が悪いグラーフ王国では約一・五倍かかるとして十五日、余分に五日分の重量を運ばなければなりません。ただそこに居座っているだけで兵糧攻めを仕掛けているようなものです」


「加えて言えば此方は三国で補給問題に係れる事が利点だな。食材の種類から過不足備品の調整まで多様性と柔軟性が違う」


 そう補足したのはレオン。その発言にセラムは賛同しかねる思いだった。いや、レオン自身もまた気付いているのだろう。三国で補給に係わる欠点を。

 どこか一国の負担が増せばその不公平感で仲違いが起きる。やっかみや不信感で他国への補給が滞る可能性もある。連絡不備等で補給が偏る事も考えられる。普段扱う物資の違いで自国には扱いづらい物資が届くかもしれない。係わる人間が多く、種類が多い程問題は発生し易いのだ。

 恐らくだからこそ協力の大切さを再確認する為に(わざ)とあのような発言をしたのだ。その意図を察しセラムも大きく頷く。


「遅滞の無い輸送の為にも、我が国で開発した馬車とコンテナの融通を約束しましょう。陸路の輸送効率を画期的に向上させた逸品です。それから改めて三国間の通行条約の確認を」


 ここでまずはセラムが先制した。ヴァイス王国の重要度と存在感を主張したのだ。馬車など他国でも持っているが、これ程の大規模な戦闘に使う量となると幾ら有っても足りないのが本音である。それを融通するという申し出には断る理由は無い。そしてセラムが開発した規格化された馬車とそれに対応したコンテナの利便性は本物であり、しかも替えが効かない。同じ物は時間を掛ければ作れるだろうが、生産体制が整わない状態からでは時間が掛かり過ぎる。

 つまり他国に普及させてしまえば発言力という札を手に入れる事が出来るのだ。もし輸送が滞れば融通した物は引き揚げますよ、と言える。軍事だけでなく政治にも強い十三歳という末恐ろしい存在がヴァイス王国にはいる、そう認識させるだけでも牽制にはなる。


 まず悩んだのはノワール共和国の軍政を司る将、モーガンである。財力に長けるノワール共和国ならば馬車が不足する事態は避け得るだろう。が、皮肉にもその財力の一翼を担っている、ノワール共和国に拠点を置くカールストルム商会から、ヴァイス王国の馬車とコンテナ、延いてはその輸送の速さと安さを聞いていたのだ。噂によると陸路では費用を今迄の二分の一、海路では五分の一にまで下げたという。事実一部ではそれを真似てコンテナを作り使っている所もあるくらいだ。しかし残念ながら国を挙げて統一生産しているヴァイス王国と違い、ノワール共和国では規格の違いや運用方法によってそこまでの効果が出ていない。

 もし本格的に我が国にも導入出来れば、という思いと、主導権を握られる不利を秤に掛けて熟考していた。


 一方、ゼイウン公国はその利便性を知らない。とはいえこれから不足が予想される物資の融通は渡りに船だ。軍政に明るくないゼイウンの将達は特に迷う事無く飛びつきたくなるところではあるが、そこは盟主であるリーンハルトに一任された。

 当のリーンハルトが表情を動かす事は無かった。只々冷静にセラムの意図を計り、利点と欠点を推し量り、それぞれの駆け引きを眺めた後、鷹揚に頷いた。


「是非ともお願いしよう、セラム殿」


「お義父様のお役に立てるよう最善を尽くします」


 そうセラムは優艶に微笑んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ