第四十九話 幹部会軍議
ヴァイス、ゼイウン、ノワール連合軍はマレーラ大平原を南北に広く兵を配置、各国軍を分けて三つに固めた。混合部隊での連携は取れないだろうという、幹部の総意である。
「まあ当然か。元より軍同士がそこまで仲が良い訳でもないし、戦闘の思想も兵装も練度も違うもの」
セラムは広大な戦場を見渡す。地平線が見える果てしない平原にどこまでも続く入り組んだ塹壕、所々に築かれた高層の土塁が目を引く。それらを行き交う兵達は今日もまた穴を掘る。
「にしても予想外なのは僕らが中央を任された事だな」
ジョージと共に敵部隊を壊滅させ帰還したあの日、帰還後でもまだ軍議は続けられていた。二人を待っていた、という訳では勿論なく、単純に軍議が長引いていたのだ。逆に言えば戦闘が終わるのが早かったとも言えるが、帰ってきたセラムは各国の幹部の集まりというものを見縊っていたと痛感した。
彼らは酒こそ呑んではいたが、各国で集めた情報共有から始まり、出せる範囲での自国の軍隊の状況や物資の総量、用兵の傾向と現状の地形から導き出される対策を話し合っていた。セラムは己の浅慮を反省せざるを得なかった。
その重要な軍議を中座するというあり得ない無礼を働いた二人を、普通ならば歓迎する筈はない。ただ、セラムが小規模な敵勢を倒しただけで満足しない、将官としての最低限の役割を果たしていた事は幸運だった。
ゲルに帰ってくる間に敵の捕虜から引き出せるだけの情報を引き出していたのである。短時間に素早く情報を聞き出せたのには理由がある。捕虜が協力的だったからだ。
何故か。それはグラーフ王国の軍政に起因する。彼らの中に奴隷として徴用されたヴァイス王国とノワール共和国の出身者がいたのである。というのも、そもそも彼らは略奪したノワール共和国から撤収し財産を運んでいる途中だった。そしてその財産には奴隷も含まれる、という訳である。決戦部隊への集結に遅れたのも撤収作業が遅延していたからに他ならない。
といっても彼らが運んでいたのは金銀財宝や女子供といった略奪品ではなく、武装と持ち運べるだけの食料と戦奴となる男衆、又は戦奴そのものである。純粋な戦闘部隊、若しくはその予備軍と呼べる集団であり、容易く勝てる相手という訳でもなかった。それを短時間で被害も無く大量の捕虜を得られたのはやはりジョージの指揮あってのものである。
さて、捕虜の兵装を確認する中でヴァイス王国出身の兵を見つけたセラムは、ヴァイス王国軍に帰参したがっているその男から、知り得るだけのグラーフ王国の内情を聞いていた。その殆どはセラムも知っている内容であったが、幾つかの有益な情報を引き出す事が出来た。
マレーラ大平原に集まっている敵の総数は十二万を超す大軍である事。しかしその凡そ四割弱は我々のような戦奴である事。他にも帰参したがっている者は多いと思われる事。今迄戦奴は出身国以外の戦線で戦っていた事。六将軍の内の三人が集結している事等々。また、グラーフ王国が占領した街の統治ぶりも直に聞く事が出来た。今迄お手伝いいくさばかりだったセラムはほぼ捕虜を取っていない。セラムにとって今回は捕虜から直接情報を聞き出せる良い機会だった。しかも協力的な捕虜なのだ。そのような者がいるというのが一番の収穫だった。
それらの生きた情報と共にセラム達は軍議の場に帰参した。当初は流石に厳しい顔をされたが、ジョージは目と鼻の先を通過する戦奴として連れ去られた自国の者達を救い出すという義憤の為、セラムは成り行きで付いていったとはいえ、ジョージの暴走を止めつつ捕虜と情報を獲得した功績によりお咎め無しと相成った。何よりゼイウン公国人の気風として勇猛で義に篤い人間が好かれるのだ。ジョージの行動は幹部の大半を構成するゼイウン公国人にいたく気に入られた。
「にしてもあの場であんな啖呵を切って立場が悪くなるとは考えなかったのですか?」
セラムは隙を見てジョージにそう聞いてみた。ところが彼は事も無げにこう言ったのだ。
「元より大して失う物も無い身。それにどうあろうと私は自分のすべき事を全うするだけですから」
いやその自分のすべき事がやりにくくなるのでは、と言いかけてセラムははたと気付いた。そういえばジョージはどのような立場であの場に呼ばれたのかと。
幹部会による軍議の構成は全部で十一人。その内六人がゼイウン公国の人間だ。というのも連合内の力関係もさることながら、三名家からそれぞれ代表を選出しないと角が立つというゼイウン公国内部の事情が大きい。盟主を含めマトゥシュカ家から三名、今も旧モール王国領付近で睨み合いを続けるフォーベック家から一名、戦線から一番遠い領地であるペトラウシュ家から二名が参加している。対してヴァイス王国はリカルドとセラムの二名のみ。軍の上位二番目と三番目しか来ていない。逆に言えばそれ程の幹部でなければ参加が許されないのだ。
(確かあの場に来ていたノワール共和国の面子は軍事務代表の方と軍政務代表の方だった。ただの一司令官が来れる軍議じゃない)
セラムは不思議になって本人に聞いてみた。
「その事ですか。私はアッシュ・トパの軍監、つまり都市軍のトップなのですよ。アッシュ・トパは現議長フラウメル先生の出馬都市。要は議長の軍の代表として私が呼ばれたという事ですな」
ジョージの答えは簡潔だった。
都市国家の集合体であるノワール共和国の軍政は少々特殊だ。各都市がそれぞれに軍を持ち、その様態は都市によって違う。自由の国と謳われるだけあって各都市軍で独自色が強く、多彩であると言えば聞こえは良いが、一見してばらばらに見える。但し愛国心は強く、国の非常事態には一丸となって全都市から軍を出す。
また、全体の取り纏め役として軍事と軍政で二人の代表を軍関係者の選挙によって選出するのも特徴だ。実際のところは殆どの場合実績から同じ人物が推薦されその任に就くが、あくまで選挙で、というのは民主主義を標榜するノワール共和国らしいといえるだろう。
閑話休題。
今迄和平派の代表だったフラウメルが議長として自分の都市軍の長を幹部会に出したという事は、ノワール共和国が本格的に戦争に参加するという意思表明でもあるのだろう。そして都合の良い事にジョージという男は殊の外有能で華のある人物だった。議長の広告塔としてとても有用だったのだろう。
「成る程な。だからこその人選で、だからこそのあの自覚の無さなんだろうな」
当人は啖呵を切った相手に酌をされ、渋々ながらも酒を呑んでいる。嫌そうな顔を隠そうともしない(本人は隠そうと努力しているのかもしれないが)その様子を見て、あの部隊の長らしくピーキーで扱いづらい御仁のようだ、とセラムは思った。……もしそれを口に出していたら、セラムを知る全員からお前が言うなと突っ込みが入っていただろうが。




