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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
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第四十八話 ジョージ・『ウォースパイト』・ウィンストン

「待ってください!」


 セラムは全力で走ってジョージを呼び止める。スーツ姿で颯爽と歩く姿も、かっちりとした動作で体ごと振り向く仕草も非常に様になっている。ここが戦場であるという事から生ずる違和感を除けばだが。


「ふむ、貴女はこの戦争が正しいと思いますか?」


「ふぁっ?」


 あまりに唐突な言葉にセラムが固まる。どうやらこの男は独特な間を持っているようだ。天然というか、思考が一人で突っ走っているというか。

 セラムは息を整えながらその問いを熟考するが、出た答えは心のままの言葉だった。


「分かりません」


 戦争の発端は相手が第三者に殴りかかったからだ。それに同盟国が文句を言ったら喧嘩になった。ある意味巻き込まれたといえるが、その後こちらの被害も無視出来ないものになっている。故に此方としては国土と国民を守らなくてはならないという正当な理由がある。だがその手段は、今迄セラムを含め軍が採ってきた手段には正当性があるだろうか。正しい行いをしている、とはセラムは胸を張って言えなかった。

 そんなセラムの表情を見てジョージは顎に手を当てる。


「分からない? 貴殿はそのような心持ちで戦争をしているのか?」


「世の中二元論で物事全ての片が付くなんて思ってはいません。僕はどちらかが正しいとか間違っているとか言うつもりはありません。人の利害はそんな単純な言葉で表せない。勝てば正義を標榜する事は出来るでしょうが、それは結局普遍的な価値観じゃない」


「ふむう。どうやら魔人殿を見誤っていたようだ。いや失礼。もっと思い切った考えを持っていると勝手に思い込んでいた。でなければ魔族と言われるような事はすまいと」


 失礼に無礼を塗り重ねたような物言いだが、これで悪気は無いのだろう。


「私はこの世の戦争行為全てが悪だと思っている。だからこそ私は戦争を軽蔑する者(ウォースパイト)なのだ。しかしその悪を避けて通れぬ時が来た場合、私達がすべき事は何か?」


「一刻も早くこの戦争を終わらせる事、でしょうか」


「その通り。故に私は拙速に動く」


 セラムには何となくこの男の事が分かってきた。この男は自身が悪を成している事を重々承知しており、だからこそじっとしてはいられないのだ。自分の正義感と戦う、という点でセラムにも共感出来る部分がある。


「ところで僕をご存じだったのですね」


「当然だ。魔人殿は有名だからな。……おっと、そういえば自己紹介がまだだった。私はジョージ。ジョージ・『ウォースパイト』・ウィンストンだ」


 今更の自己紹介に無礼も忘れ笑ってしまう。


「僕はセラム・ジオーネ。……魔人だとか首巻鬼だとか、碌な言われ方してませんけど」


「うむ、どうだろう魔人殿。私は捕捉している敵軍をこれから叩きに行くが、見物に来るかね?」


 人の話を聞かないお人だ、と苦笑しつつも、ジョージの提案はセラムにとって願ったりだ。あの軍議に参加したくもないし、ここで味方を知り、敵を計ればこれからの作戦が立てやすくなる。


「では。馬には乗れるかね?」


「大丈夫です」


「結構。我らに遅れぬように付いてきたまえ」


 ジョージの先導で草原をひた走る。マレーラ大平原は中心部に近付くほど土が目立つが、南部には森、北部には河が走っており外周部に近付くにしたがって草木が目立つようになる。その北部を三百騎の騎馬が全速力で駆ける。

 最初の頃は苦労した乗馬も今のセラムなら付いていく程度の事なら造作も無いと思っていた。しかしながら最大限の努力を払って漸くという、そうそう見られないような行軍速度。それを可能にしているのは、その装備の軽装さだった。

 ジョージの部隊は全て騎馬だが、通常騎馬隊に配備されるような槍を誰も持っていない。かといって弓も誰一人として持ってはいない。極々軽装の鎧と護身用の剣のみの、凡そ騎乗で戦う事を想定していない兵装だ。


「随分と身軽な装備なんですね」


 セラムの疑問にジョージはしたり顔で答える。


「聞きたいかね? 兎に角足の速さに拘ったのもあるが、実はもう一つ理由がある。彼らが単純に馬を奔らせる事と乗り降り位しか出来ないからだ」


「はっ?」


 あまりの理由にセラムは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。


「正直訓練期間が足らなくてな。何せ今迄まともに馬にも乗った事も無いような部隊から始めたからな」


「いやいや、それでどうやって敵を倒すというのですか」


 馬が丈夫で肝さえ据わっていれば真っ直ぐに走らせて衝突させるだけでも使えない事もない。だが貴重な馬を磨り減らすような戦い方になるし、それ程効果的でもない。だからといって持っている小振りの剣では馬上の戦いは不可能だろう。


「案ずるな。我が隊は全員が魔法使い。つまりは魔法騎兵なのだ。その戦い方というものをこれからとくと御覧じろ」


 ジョージが更に速度を上げる。前方に敵を捉えたのだ。


(見るからにはぐれ部隊。合流が遅くなった部隊か。数は大体二、三百。此方より少し少ない程度)


 セラムがそう目算する。これなら騎馬で蹴散らすだけでも勝利とは言えるだろう。但し、それだけでは敵の被害は殆どなく、こんなはぐれ部隊と態々戦闘する意味も無い。


「敵の兵装や捕虜を取れますか?」


「任せたまえ」


 背後からの敵襲にグラーフ王国のはぐれ部隊も気付く。徒歩ながら必死で逃げようと前方にひた走っている。ジョージはその敵部隊の横に回り込むように斜めに曲がった。


「停止!」


 ジョージの号令で魔法騎兵隊が敵部隊と距離が離れた地点で停止する。これでは騎馬による衝突力も無い上に投擲も届かない。しかし弓すら持っていないのだ。


「下馬!」


 魔法騎兵隊が一斉に地に足を付ける。そしてそれぞれ右手を後ろに引いた。まるで見えない何かを投擲しようとするように。


「撃てい!」


 ジョージの号令が炸裂した。一瞬遅れてセラムにも何かが飛び交う様が確認出来た。


 ――炎の矢。


 炎の矢が六十メートル近く離れた敵に降り注いでいる。

 魔法で炎を作り出すのはセラムも見た事がある。ノワールとの共同戦線を張った際には大規模魔法で炸裂する炎を数百メートルも撃ち出したと報告も受けた。だが一人の魔法使いが作り出し、それを投擲する程度では精々二十メートル。数百メートルもの長距離を撃ち出すのは二十人体制で一つの魔法を合成する大規模魔法だからこそ、そうセラムは考えていた。

 しかしこれはどういう事だろう。一人一人が撃ち出した炎の矢で敵を射抜いているのだ。勿論魔法の規模も威力も大規模魔法には遠く及ばない。精々が火矢と同等程度の威力だろう。しかしそれを一人で行えるとなれば運用方法は全く新しいものになる。


「乗馬!」


 魔法騎兵隊は一発撃った後はすぐに馬に乗り駆け出す。再び敵と距離を取り、或いは詰め、最適な狙い処に移動する為だ。

 遠間から狙われた敵は此方を捨て置けぬとみたらしい。騎馬に追いつこうと全力疾走してくる。どうやら追矢は無いと判断したようだ。その決断の速さは敵ながら天晴である。しかし此方は軽装の騎馬、しかも両手で手綱を握り走る事に集中した武器無しの騎馬なのである。


「どうかね? これが我が師、マクスウェル老師の編み出した複合魔法である」


「複合魔法? いや、それよりもジョージさんは賢者の弟子だったんですか」


「如何にも。我が師といえば大規模魔法と言う方が多いがそれは間違いなのである。あれは複合魔法の応用で出来たものであり、我が師の作品ではない」


「そういえばベルもそんな事を言っていたな。違いがよく分からないのですが」


「簡単に言えば違う魔法同士を同時に発動し効果を相乗させるのが複合魔法。それを複数人で一つずつの魔法を持ち寄って扱うのが大規模魔法。正直この時点で曲芸じみた代物なのだが、我らは二つの魔法を一人で合成させ撃ち出している。我が師の得意技だったものだ」


 魔法が使えないセラムにはそれがどれ程凄い事なのかが想像出来ない。


「ピンとこないという顔をしているな。右手で手紙を書きながら左手でピアノを演奏する様を思い浮かべたまえ。それがどれ程困難なものかが理解出来るだろう。……下馬!」


 敵との距離が適切に開いたところに再び炎の矢が降り注がれる。十二分に引っ掻き回され体力を消耗した敵兵は、今回の猛射で判断を迷ったらしい。一頻(ひとしき)り攻撃を受けた後遁走を決め込んだものの、隊列が乱れに乱れている。


「仕上げだ、退路を遮断する!」


 三度馬に乗るジョージ隊。先頭を走るジョージは横を走るセラムに対し上機嫌に高説する。


「我が師の複合魔法はそもそも、魔力が乏しい師がどうにか効果の大きい魔法が使えないかと工夫をして編み出したものだ。一つ一つは弱い魔法でも掛け合わせれば威力を補える。ものによっては全く違う性質にもなる。といっても言うは易し、そうそう何でも単純に掛け合わせられるものではない。我が師は複合魔法の事を魔法というより奇術の類いだと言っておったが、師の操るそれは魔術とでも言うべきものであったよ」


 ジョージは自分の事のように自慢げに話す。敬い慕っていた事はその様子から容易く窺い知れる。


「隊を二分する!」


 ジョージの号令で部隊の半分が下馬し敵を狙い撃つ。もう半分は敵の退路を塞ぐように展開し間合いを取る。その後は一方的だった。その機動性を活かして敵の攻撃が届かない距離からの斉射を繰り返す、まさに殲滅。同数の敵を相手に損害無しという徹底ぶりで難なく敵部隊を降伏させたのである。


「消火作業に移れ! ……如何でしたかな? 我が魔法騎兵の戦いぶりは。これで騎射が出来るようになれば尚良しというところであるが、如何せんの訓練不足。だが歩兵相手には無双、騎兵には機動力で圧倒。弓兵には相性が悪いが、相手と用兵さえ間違えなければこれこの通り」


 得意げに語るだけの実力はある。正直セラムはつい頭の中で魔法騎兵による幾通りもの戦術を夢想してしまう程に新鮮な衝撃を受けていた。


(僕は魔法兵を高威力、長射程、低防御、低機動、不安定の砲兵のような位置付けで運用を考えていた。しかしこの人は威力を捨て一人一人が殺傷魔法を放てるように訓練し中威力、中射程、低防御、高機動の魔法騎兵に仕立て上げたのか。しかも只の弓騎馬と違うところは魔法の種類を変えれば無限の応用が利くところだ)


 セラムとは全く違う道筋で魔法兵の運用を導き出し、成果を上げる。しかもこれまでに無かった新しい戦闘教義(ドクトリン)を開発、徹底させる事で強化を完成させる。ジョージもまたセラムとは方向性の違う天才であった。


「兵は神速を貴ぶ、か」


「ほう、それはどなたのお言葉で?」


「古き教えです。戦場に於いて速度は何物にも勝る。……貴官に敬意を」


「戦争の術で褒められても嬉しくありませんな。が、これで戦期を短縮出来るのなら良い事と受け取りましょう」


 セラムはこの天才が味方である事に感謝した。今だけはあの糞ったれな神に投げキッスをしてやってもいい、と。


(……いや、それは無いな)


 一瞬後に心の中で神のくだりだけ訂正した。


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