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少女と戦争  作者: 長月あきの
第二部
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第二十二話 怒りの会議1

 謁見の間にいたのはアルテア王女とガイウス宰相、それに名も知らない文官武官が二十人程。中には鎧に見覚えのある紋章が付いている人もいる。貴族名鑑で勉強した中にあった紋章、という事は貴族も何人かいるようだ。リカルド公爵やダリオ副将軍など城に来られなかった者もいるが、恐らくこの人達がこの国の頭脳と有力人物だろう。セラムも一礼して末席に加わる。


「集まったようじゃな」


 どうやらアドルフォとセラムが最後だったらしい。


「使者は別室で待たせてあります。国情を知られぬように王女殿下と副将軍を抜きに私共で使者と謁見した事をお許し頂きたい」


 王の病の重さとアドルフォの怪我の状態を隠すための配慮というわけだ。


「これが使者の持ってきた書状です。書状にはこうあります」


 ガイウスには珍しく怒りが隠しきれていない表情で語る。


「同盟の用意がある。条件は王族の処刑、国土の北部三分の一の譲渡、王都に大使館を置くこと。決裂した場合七十万の軍勢で攻め上り道中には草木一本残さない」


「何だそれは!」


「条件になっていないではないか!」


「何が同盟だ、降伏勧告の間違いであろう」


「いや降伏ですらない、これは国家解体しろと言っているようなものだ」


「こんなもの飲めるわけがない! 何を考えているんだ!」


 口々に怒りが昇る。そうだ、こんなものは取引ではない。およそ正気の沙汰とは思えない条件ばかりだ。つまり飲ませる気が無い。ならば何が目的だ?

 怒り。相手を怒らせる。何の為に?


「揺さぶりか」


 セラムがそこに思い至ったのは国自体に思い入れが薄く冷静でいられた事と、此後の結果を知っていたからだろう。

 つまり反乱。怒りをかきたて恐怖をちらつかせ、甘い誘惑でガッタガタに揺らして分裂させる。上手くすれば兵を使わずとも国家崩壊、そこまでいかずとも内部分裂で国力を低下させる。我を忘れて出て行けば防備が整った敵に返り討ち。

 そもそも乱戦でエルゲント将軍を討ち取った事自体、相手にしてみれば望外の戦果だろう。そしてこちらは早い撤退判断で皮肉にも兵数はそれ程減っていない。加えて包囲網により相手は三方作戦を強いられている。七十万の軍勢というのも大げさだ。先の大戦での動員数は八万程度だったと聞く。恐らく全軍合わせても五十万程度、ヴァイス方面軍が十万から十五万程度だと思われる。領土が広がりゼイウン公国との接敵面が大きくなった今、それらを全て向ける事は出来ないだろう。こちらを無理攻めする理由は無い筈だ。


「今すぐ使者を斬り捨て我らの意志を見せつけましょうぞ!」


「進軍の許可を!」


「北の蛮族共に身の程を教えてやりましょう!」


 ここは無視して国力を整える事が正解。その事に気付いているのは何人かいるだろう。だがあまりの内容ゆえ冷静な判断が出来なくなった者に押し出されるように徹底抗戦の流れになっていった。


「黙りなさい」


 その流れを断ち切ったのはアルテアの一言だった。この場で一番怒っている筈の、唯一死が懸かっている王女の言葉は誰もが無視出来ない。


「この程度の挑発に乗らないの。ここで軍を出せば相手の思う壺だわ。今は軍を立て直す事が先決です」


「しかし殿下、このまま交渉が決裂したとして相手が攻めてきても都合が悪いのでは?」


「そうです。ならばいっそこちらから攻めるのもありではないですか? 撤退したすぐに攻められるとは相手も思わんでしょう」


 その手は通じないだろう。それも織り込み済みだからこその書状であり、統率を取れる者がいない軍ではすぐ崩される。


「意見よろしいですか?」


 セラムが挙手すると皆の視線が一斉に集まった。


「あの子供は誰だ?」


「先程から気になっていたが何故子供がこんな所にいる」


 小声ではあるが訝しげな声も聞こえてくる。


「この中には知らない者もいるわね、紹介しましょう。ジオーネ家当主、セラム侯爵よ。以前話した軍制改革を立案したのも彼女。今後の軍の中核を担ってもらう予定よ」


 もう改革について話していたのか、行動が早い。この場で紹介が済めば後が楽だ。


「おお、では噂に聞く天使の」


 その情報は要らない。


「こほん。はじめまして、セラム・ジオーネです。若輩者ですが私見を述べさせて頂きます。ここで要求を無視してもグラーフ王国側から攻めてくる確率は低いと思われます」


「何故そう言えるのですかな?」


 ゲームではそうなっていた、とは当然言わない。


「まず第一にゼイウン公国との抗争が激化している状況であまりこちらに戦力は割けないだろうという事。第二にヴィグエントには兵ではなく資材が続々と運ばれているという情報があります。これはヴァイス側の塀は街の構造上薄くなっており、その補強のための資材と考えられます。つまりグラーフ王国はヴィグエントを防衛拠点と考えており、今攻めてもそうとう厳しい消耗戦になるでしょう」


「しかし時間をおけば相手の防備が整ってしまい更に攻めにくくなるのでは?」


「その通りです。ですが今我が軍は再編成も終わっておらず、勝ち目は薄い。ここは同盟国と連携し、相手を上回る速度で国力を回復させる事が先決です」


「反対意見のある者は」


 皆が沈黙で答えた。


「では概ねその方向でいきましょう。必要以上に事を荒立てない、使者についてもこのまま本国にお帰り頂くという事で」


「分かりました。ではこの書状については外部に漏らさないようにした方がよろしいですな」


「そうね」


 恐らく無駄だろうが。内部にも密偵がいるだろうし虚実入り混じって吹聴するだろう。いや、既に噂を広めているかもしれない。そして次は貴族連中の懐柔だ。とはいえ今ここで言う必要も無い。言っても仕様が無い事であるし、分かっていればそれを利用するだけだ。


「では解散」


 ガイウスの号令で此度の会議は幕を閉じた。


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