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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
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第四十七話 ジョージ

「おっとそろそろいかなきゃ親父に怒られちまう。一緒に行くか? セラム殿」


「おや、良いんですか?」


 今のセラムとあまり行動を共にするのは政治的に良い事か判断に迷うところだろう。同じ連合同士の中で無用に軋轢を作るのは避けるべきではあるが、ゼイウン公国にとってセラムは魔物の被害を広げた張本人であり、兵士達も含めた国民感情はよろしくない筈だ。魔族容疑を掛けられたのは記憶に新しい事件、どの国にとっても槍玉に上げやすい人物なのは確かだ。


「いいっていいって。これまでの経緯もあるし親父の思惑は知らねえけどよ、俺個人としてはセラム殿とは仲良くしていきたいんだ」


「そちらが良いのなら願ったり叶ったりですが……利用しますよ?」


「ぷっ、そういう事を面と向かって言っちゃうかなあ。あんたって評判によらず政治的な事はからっきしなのな」


「腹の探り合いとかは苦手でして」


「ハッハ、俺もだ。いいぜ。それがうちの国の不利益にならない事なら利用されてやる」


「決まりですね。少なくとも現状では仲違いしていては敵の有利になるだけなのですから、僕ら……いえ、ジオーネ家とマトゥシュカ家が関係良好と示しておく事は不利益にはならない筈です」


 セラムとレオンは連れ立って軍議の会場に入る。ゲルの中ではリーンハルトやリカルドを始め、既に多くの者が揃っている。最後ではないものの最後から数えた方が早い順序、これはセラムが狙ってやったものだ。

 ヴァイス王国の有名人と盟主の息子であるゼイウン公国の公子が並んで入って来たとあって、場内の注目が集まるのは自明だ。その視線の中でセラムは言い放ったのである。


「遅くなりました、お義父様」


 数人がぎょっと目を向いた。ジオーネ家の当主とマトゥシュカ家の公子が婚約したという事実は確かにこの場の全員が知っている。だがヴィレム公子が死に、その後のジオーネ家とマトゥシュカ家の関係性ははっきりしていない。筋から言えば無関係、赤の他人。いや、経緯から言えばジオーネ家は憎まれていてもおかしくない、危うい状態であろう事は誰の想像にも難くない。

 そんな中、当のリーンハルトは顔を上げただけで表情は乗っておらず、その感情は窺い知れない。


「……おおセラム殿、よく来てくださったな。ささ、儂の隣に座ると良い」


 リーンハルトのその言葉を聞いて場内の面々の顔が引き締まる。リーンハルトがセラムとの義父子関係を認めた発言によって、セラムはこの場に於いて抜きんでた立場と発言権を得た。

 しかしリーンハルトの発言の前にあった一拍の間、その意味を深く感じ取ったのはセラムだけだろう。


(この爺さん、感情の折り合いとこの場の受け答えで生ずるメリットデメリットを計算したな。僕の発言は爺さんの意表を突けた、主導権を握れたんだ。けど動揺する様子は一ミリも見せなかった。やっぱり油断出来ない爺さんだな)


 分かっていた事だが二人の関係性は手放しで歓迎されるようなものではない。だからこそリーンハルトは考えた。そしてその結果が盟主の義娘という立場をセラムに与えるものであるならば、セラムの策は一先ず成功だろう。この先リーンハルトとは水面下でやり合う事になるかもしれないが、連合軍内での優位は手に入った。


「成る程な。腹の探り合いは苦手でも抜け目は無いみたいだな」


「お褒めにあずかりどうも」


 レオンがセラムにしか聞こえないような小声で軽口を叩く。リーンハルトの両隣にセラムとレオン、セラムの隣にリカルドという理想的な位置取りで軍議は始まった。

 ただそれを果たして軍議と言っても良いものだろうか。参加者全員にまず配られたのは資料や地図ではなく酒だった。

 これに怒ったのは当然セラムである。


「さあさあ皆、まだ一人到着していないがまずは一杯やってくれ」


「……お義父様。まだ何も話し合ってもいないのに酒など……」


「おっとセラム殿は未成年だったな。すぐに代わりの飲み物を持ってこさせよう」


「そういう意味ではなく……っ」


 食って掛かろうとするセラムを留めたのは隣のリカルドだった。他の参加者に見えないよう机の下で脚を掴んでいる。振り向いたセラムの耳に手を当て囁く。


「ここで事を荒立てるな。まずはお互いを知らぬと連携も立てられぬ。只でさえ我々は即席の連合軍なのだ。横の繋がりを太くするのも重要だ」


 確かに言わんとしている事はセラムにも理解出来る。だがこれから確実に何万という死者が出る大規模会戦を前に、軍の首脳陣が緩み切った顔で酒を呷る様を見せつけられるとなると、吐き気を催す違和感を感じざるを得ない。


(会社ならそれもありだろうよ。新入社員や転入者の歓迎会を催しコミュニケーションを図る事は今後の仕事を円滑にする為に有用なのは知ってる。人は喋った事も無い人間と多少なりとも知っている人間、どちらを信用し好感を持つのかなんてのは言うに及ばずだからな。けどこれからやるのは戦争だぞ。こんなんで勝てると本気で思っているのかこいつらは!)


 ゼイウン公国人は酒好きで知られる。現在の参加者十人中六人がそのゼイウン公国人だ。そして彼らは同じ国とはいえ仕える家がそれぞれ違う。特に三名家は互いに疑心暗鬼になっているような状態だ。酒の席が有効なのはその通りなのだろう。


「酒と料理は我がマトゥシュカ家が用意した。皆遠慮無く飲んで食べてくれ。それぞれ思う所もあるだろうが、この場は水に……いや酒に流し、グラーフ王国軍を完膚なきまで叩きのめす為、我々連合軍の勝利に向けて国も立場も関係無しに忌憚なく意見を言ってほしい。ではまずは我々の勝利と栄光を願い、乾杯!」


 何が乾杯だ、という悪態を飲み物で喉の奥へ流し込み、セラムは隣に聞こえないように小さく舌打ちをする。セラムの飲み物は葡萄ジュースだ。しかしセラムの舌は味の違和感を敏感に感じ取っていた。


(しかもこれ微妙にアルコールが入ってやがる。酒を飲んだ事も無いような小娘だと思って舐めてやがる。酔わせて黙らせるか失言を引き出そうという魂胆なんだろうが……)


 その見た目通りセラムは酒豪ではないが、全く酒を飲んだ事が無いという訳でもない。元の体の時には付き合い程度には酒を嗜んでいたのだ。呑みの席での酒量の調節や無理のない呑み方も心得ている。それにこの体になってから一度赤ワインを飲んだ経験もある。嬉しくもない慣習で飲まされただけのあまり思い出したくもない記憶ではあるが、この体の酔いやすさが把握出来た事だけはこの際ありがたい経験だ。

 憮然とした表情をどう誤魔化そうかとセラムが悩み始めたその時、ゲルの入り口を広げ一人の男が入ってきた。戦場にも(かかわ)らずスーツ姿のその男は、一同を見渡すと言葉の内容に見合わず快活に言った。


「貴公らは既に勝った気でおられるか!」


 下座の者が顔色を変える中、盟主のリーンハルトが冷静に切り返す。


「遅刻しておいて第一声がそれか。異名に似合わず勇猛なのだな、ウォースパイト殿」


「お初にお目にかかる、銀翼公。来る途中群れていた敵を散らしていたらこの時間になったまで。偶発的な戦闘故にござる」


 戦闘を理由に出されては遅刻の責も問えない。姑息な言い訳にも聞こえる。が、彼は語気を弱める事無く続けざまに責め立てた。


「ここは戦場だというのに見れば一部の方を除き一戦も交えていないように鎧が綺麗なままだ。貴殿らは戦いもせず策を立てるおつもりか」


「無策のまま戦う方が莫迦らしい、そうは思わんかね?」


「そ、そうだぞ、失礼が過ぎるだろうジョージ君」


 ゼイウン公国の将の反論に続いて焦ったようにノワール共和国の将が叱責する。


「ならばこそ! 敵を知らねば立てる策も無いというもの。ここは一つ私が一当てして探ってきてみせよう」


「何を生意気な!」


 ゼイウン公国の諸将は怒りを露にし、ノワール共和国の将は狼狽、リカルドは沈黙、レオンは愉快そうに笑みをこぼし、リーンハルトは頬杖を突く。


「失礼」


 ウォースパイトことジョージは面々を見渡し身を翻した。セラムはその後を追おうと立ち上がる。


「おい」


「リカルドさん、持ってきた資料を配ってこちらが調べた情報を共有しておいてください。あと防衛線の意味と狙いを説明しておいて!」


 セラムはリカルドの嘆息を背後で聞きながらゲルを出た。


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