第四十六話 レオン・マトゥシュカ
セラムは連合軍で開かれる初の軍議に参加すべくメッデロイの街にいた。盟主のリーンハルト、そして各国の幹部が集まる軍議である。ヴァイス王国の代表としては総大将のリカルド、そして参謀のセラムが呼ばれていた。
(正直今はここにいる人達が性根の汚い男達にしか見えなくて少し苦痛だな……。はっこれも体の影響なんだろうか。思春期を迎えた女の子が男性に嫌悪感、というか抵抗感を抱くようになるのは当然のように思えるが……。しかしそうだとすると元男の身としては少々複雑だな)
君の弱点は人を信じ過ぎる事だ、とはリカルドに言われた事であるが、彼は何も人に不信感を持てという意味で言った訳ではないだろう。分かってはいるが、女の体でありながら強姦を容認するというのには自分が思っている以上に抵抗があるのだろう。
特に戦場なのだからここは周りを見渡しても見事に男ばかりだ。その中でセラムという存在は否が応でも目立つ。国内では兵達も多少慣れてきたのだが、他国の兵士ばかりのこの空間ではどうしても奇異な目で見られてしまう。今迄あまり気にも留めなかった視線がいやに気になるものに変貌してしまっていた。
(いかんな。自意識過剰だとは分かっているのだが、どうにもな……)
実際の所強ち自意識過剰とも言い難い。本人にあまり自覚が無いのだが、セラムの容姿は人目に付くのだ。青み掛かった銀髪は割と珍しい色であり、きめが細かく透き通るような白い肌、そして小柄な体格は作り物じみた美しさを湛えている。そのくせその天色の瞳は深い知性と確固たる意志の強さを感じさせ、見る者を引き込ませる魅力を持っている。元より器量が良い。その上この一年で微かに色気を感じさせる体つきになってきていた。
(やはりベルを連れてくれば良かったかな……。けどこれはこの先の主導権を握る為に重要な軍議。侍女連れで行っては戦場を舐めた貴族風情と思われかねない。だからこそ意地でも付いて来ようとするのを断固として断って来た訳だしな)
リカルドは一足先に現地入りしている。セラムが一人の心細さを感じた頃、横から手を挙げて近づいてくる男が見えた。
「おーい、あんたセラム・ジオーネ少将じゃないかい?」
背はそこまで高くはないが筋肉質のがっちりとした体躯にバスタードソードを二本背負っている。快活で人懐っこそうな笑顔は今のセラムでも警戒心が解ける悪意の無さが表れていた。格好にあまり頓着が無いのだろうか、立派そうな鎧は薄汚れていて偉そうには見えない。しかしその胸に刻まれた紋章には見覚えがあった。
(マトゥシュカ家の紋章……)
ヴィレムの一族と分かりセラムは改めて緊張する。ヴィレムが死んでしまった責は自分にあると未だに思っているのだ。
「はい、そうですが……」
「やっぱりそうか! 良かった、あんたを探してたんだよ」
男は目の前で止まると力強く敬礼してみせた。
「俺はレオン・マトゥシュカ、ヴィレムの兄だ。よろしくセラム殿」
「ヴィレムさんの……。そうですか」
似ていない兄弟だ、とセラムは思った。鍛え上げているからだろうか、優し気で落ち着いたヴィレムとは全く印象が違う。
(あ、だけど目元はヴィレムさんにそっくり。やっぱり兄弟なんだな)
小さな体で懸命に見上げまじまじと顔を見つめてくるセラムに、レオンは思わずどぎまぎする。
「どうしたぃ、俺の顔に何か付いてるかい?」
「っ、失礼しました。兄弟なんだなとつい……」
懐かしく、と言いかけて途中で止めた。小声で漏れ出た言葉がレオンに聞こえなかった事を祈りつつ体裁を整える。
「ヴィレムさんの事は申し訳ないと思っています。ヴィレムさんの、死……には僕の責任が……」
「ああいやあんたを責めに来た訳じゃないんだ。あいつの覚悟も、あんたを想う気持ちも分かってる。その上であいつが取った行動だ。あんたの責任じゃない」
レオンは少し困ったような笑顔をセラムに向けた。そして握った拳を自分の胸に叩きつけると力強く続けた。
「寧ろあいつに誇りある生き様をさせてくれて感謝してる。あいつは小さい頃から自分に自信が無くてな。あんまり自分を好きになれてないようだった。いっつも他人の目ばっかり気にしててな、自分の意志より他人の言う事を優先させる奴だった。きっと生きがいみたいなもんが見つけられなかったんだろう。俺たち兄弟はどうにもそれが心配でな」
レオンが目頭を押さえた。涙声で語る。
「……そんなあいつが惚れた女の為に命を投げ出して護るなんてな。俺はあいつを誇りに思う!」
「ちょっ、レオンさん落ち着いて、声が大きい、皆見てます……って惚れた女って……っ」
男泣きするゼイウン公国公子と赤面する美少女魔人、そちらを見ない方が無理というものである。
大きな子供のような無邪気さで感情を露にするレオンに困惑しつつも、悪目立ちしてはかなわんとセラムが物陰に誘導する。周りに人の目が無くなって漸く二人は落ち着きを取り戻した。
「とにかくだ、俺はあんたに礼を言いたかったんだ。あいつを、ヴィレムを漢にしてくれてありがとう!」
「オトコに……って僕達はまだそんな事してませんよ!」
そんなセラムの返答にレオンがきょとんとする。
「は?」
「え?」
数瞬の沈黙。そして致命的な勘違いに気付いたセラムが顔から火が出んばかりに血液を沸騰させる。
(駄目だ絶対耳年増な奴だと思われたつーか実際年増なんですけどーという以前に男なんですけどね畜生!)
頭の中に枕に顔を埋めて足をバタバタさせる小さな自分がいるのをセラムは錯覚した。
「あーそういう意味じゃなかったんだが、何かすまん」
「いーんです。こちらこそすいません……」
セラムは右の手を抑止力の形で示す。相変わらず顔は真っ赤だったが。
「ハッハァッ。思っていたより面白い御仁で安心したよ。実は会う前は少々緊張してたんだ」
「緊張? 失礼ですがそれはこっちこそですよ。てっきりヴィレムさんの事で僕を責めに来たとばかり」
「いやいや、何せセラム殿には怖い噂が絶えないからな。魔人だの首巻鬼だの子供を頭からバリバリ喰うだの首巻鬼が来たと聞いたら瀕死の兵士が飛び起きて逃げ出しただの泣く子も更にぎゃん泣きするだの……」
「ちょ、ちょっと待ってください。途中からおかしくなってないですか?」
「俺はグラーフの捕虜から聞いたぜ」
「食べませんし僕はコワクナイコワクナイデスヨー」
「ハッハッ、話半分に聞いておこう」
「いやその噂の方を話半分に聞いてくださいよ……」
レオンは根が明るくノリが良い。そんなレオンを反射するかのようにセラムもまた明るくなる。気が合うというのはこういう事を言うのだろう。




