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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
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第四十五話 五人の将

 グラーフ王国陣営では、南部侵攻部隊が続々とマレーラ大平原西部に参集していた。総大将はユーリ・サヴエリエフとし、ホウセン、チカを含めた三人の将軍で戦略を決める体制を取った。六将軍の内三人が同一の戦場に投入されるという異常事態、戦力過多とすら思える中でも決して楽観視はしていない。特に有能な現場指揮官は幾らいても足りないのだ。

 その数か月前、まだメルベルク砦が健在な頃、ホウセンは有力な将と光るものがある若手の将を五人抜き出し集めた事がある。ホウセンは戦略を立てる事と少数の部隊を率いる事は得意だが、戦術単位で隊を指揮する事は不得意だと自覚していた。現場で何千、何万の兵を指揮する将を欲していたのである。


「よう、よく集まってくれたなご苦労さん。今日はちと幾つか質問をしたくてな」


 ホウセンの下に集まった五人の将にそう切り出した。五人は年齢も戦歴も階級もまるで違う。いかにも腕っぷしが立ちそうな百人将から長年将として部隊を支えてきた二千人将まで様々だ。そんな一貫性の無い者達が一様に集められ、このグラーフ王国の軍師として有名な六将軍の一人にそのような事を言われる。この回答如何で何が行われるかは明白だった。

 これは選別なのだ、と一同は緊張した。ホウセン将軍はこの五人の中から大部隊を率いるに値する将を選び出すおつもりなのだ、そう考えればこの上ない出世の好機である。


「おめえらの率いる部隊が劣勢に立たされていると仮定する。彼我の戦力比は三倍。とても勝てそうにねえ。そんな時どうするか?」


 五人はそれぞれ目を合わせた。それ程面識が無い間柄で、誰から話すべきかと迷っているのだろう。


「俺はまどろっこしいのはきれぇだ。階級も関係無く誰からでもいい」


 その言葉のすぐ後に最年長の男が手を挙げた。


「ミロンと申します。質問を宜しいでしょうか」


「ああ」


「周辺の地形はどのようになっているのでしょう。また、自軍と敵軍の兵装はどのような仮定でしょうか」


「そうだな……左右には薄い森が広がっている。双方道上で展開していて正面、後方に遮蔽物は無い。兵装は互角だが数が三倍ってなところだ」


 ゼイウン公国にはよくある地形といえる。この時の主戦場はゼイウン公国だったので当然の想定である。


「ふむう、方陣で固めながら後方に伝令を飛ばし後詰を待つ、というところでしょうか」


(手堅い、がセオリー通り過ぎる感もあるなァ。敵が真っ当にきてくれればそれが一番有効かつやらなきゃならん遅滞行動なのは分かるが、まあ手としちゃつまらんな)


 ホウセンは無意識の内にミロンの立てた戦術に対してそれを崩す戦術を立てる。頭の中でシミュレートした結果、ものの十秒で「想定内」と結論を出した。


「つうか将軍、その『勝てそうにない』っつうのは誰の判断なんですかい?」


 五人の中で一番大柄な男が訊く。ロスティスラフという名のその男は、体格だけならチカの副将軍のバルトと引けを取らない。その見た目に違わぬ豪傑で、自らが先頭に立って兵を率いる将であった。


「おめえ意外の全員の総意だ。兵達が勝てそうもないと思っている」


「かあ~っ情けねえ。そりゃそんなんじゃ負けるだろ。俺の隊ならそんな奴ァいねえ」


「おいおいロス、これは仮定だぞ。大体賊まがいのお前んとこと比べちゃいかんわ」


 隣の男は親し気にロスティスラフを小突く。長髪から覗く顔は三十台前半といったところでまだ若い。この男、オットーはロスティスラフと同期らしく、全く違う性質にみえるが気は合うらしい。


「まっ俺のやる事は一つだ。正面から突撃、突貫、粉砕、中央突破しかねえ」


「……負けそうでもか?」


「そんな性根だから負けるんですよ。だったら後方を燃やして退路を断って突撃ですわ」


 ロスティスラフの戦い方は戦術とすら呼べない。


(けどこれも一つの正解だな。退路を断って死兵にする、所謂背水の陣っつう奴だ。率いる将が並みの奴ならいざ知らず、こいつの武で兵を奮い立たせれば意外とどう転ぶか分からねえ。それ程までに近接戦闘っつうのは『殺される』と思った方が負ける戦いだ)


 かつてホウセンが知っていた戦場の常識は「頭を出したら死ぬ」「目視出来ない距離で戦闘の成否が決まる」戦いだった。その気が無くとも人差し指を引くだけで敵を殺せるし、全く自覚の無い内に殺される。そんな世界でも士気の重要性は認識されていたし、戦場を左右するものであったのは間違いない。しかしグリムワール(ここ)でのソレの重要性は元の世界の比ではなかった。その腕に殺意を乗せなければ敵は止まってさえくれないし、一度「殺される」と認識し一人が逃げ出せばその恐怖は伝染する。針の一突きで戦況が一変する事を、ホウセンはこの世界に来て初めて実感していた。


「はあ~、これだからお前は脳筋って言われるんだ。もうちょっと頭を使え」


「んだと!? ってもその通りだが。そういうオットーはどんな大した策を出すんだ? そこまで言うんならちったあ将軍を驚かせてみせられるんだろうな?」


「ふむ。皆さま、私の発言をお許し願えますかな?」


 年上ばかりの面子の中縮こまっている玉ではないらしいが、それでもオットーは最低限の礼儀を弁えているらしい。戯言と発案は別物という認識のようだ。とはいえ他ならぬホウセンが僭越を許しているのだから誰にも異存がある筈がない。


「では。私ならば援軍を求める伝令を出しつつも隊を二つに分けて左右の森に潜みます。そしてそのまま攪乱しつつ隊を敵後方へ、つまり前進させます」


「それは……悪手ではないか? 只でさえ数で不利な状況で無視出来る損耗では済まないだろう」


 そう言ったのはオットーよりも少し年上の男だった。長い髭を撫でながら思案するこの男は名をティムルという。千人将の一人で、粘り強い戦いが得意な将だ。その指揮能力は周囲からも信望を集めており、有能である事は間違いない。


「でしょうね。しかしながらこの形、前進する敵の斜め後方に二隊を遊撃部隊として残せるこの形に出来れば敵の部隊を無力化する事も可能です。前進すれば必ず我が軍にぶつかるであろう時、後方に無事な敵部隊がいて落ち着ける者がいましょうや?」


 それが例え少数でも、と続くのだろう。ホウセンすらこの策には舌を巻く。確かに損耗は大きいだろう。しかし成功すればその少数の部隊で敵の大部隊を足止めする事すら可能なのだ。


「つまり敵が前進すれば後方から二部隊が突撃、応戦すれば退き、遊撃部隊を潰しに掛かれば逃げ隠れ敵の足を潰す。そして味方の増援が来れば挟み撃ちの形に出来る」


(成る程、こりゃあ厭らしいな)


 やられて嫌な事をやる、戦場の鉄則を忠実に守った快策といったところだ。但しこれを長期間やって士気を持続させる事が出来る将はかなり限られるだろう。


「俺はそこまで思い切れんな。第一有能な将が最低二人は必要になる。それであればこうした方が現実的だろう」


 そう言ってティムルは机上に戦局を広げる。


「部隊を三つに分け中央を薄く横に伸ばす。敵が攻めて来たら潰走に見せかけ中央突破させる。敵を十分に引き込んだら反転、左右の部隊と連携し包囲する」


(うん、劣勢の側が敵を倒せる基本にして唯一の策と言っていい)


 ホウセンも、もし部下がこの策を出してきたら採用するだろう。古今東西、少なくとも銃火器が登場するまではどの名将と呼ばれる人間も「如何にして敵を包囲するか」に脳漿を絞っている。野戦で完成された包囲を独力で跳ね返して勝利した例は、ホウセンは寡聞にして知らない。銃火器が出来てからはそのような例を幾つか挙げられるが、中世以前では援軍が来ない限りはそのまま殲滅されるか、精々突破に成功した例しか思いつかない。野戦では必勝の策といえる。


(まあ当然敵もそうならないように脳漿を絞ってくるんだが。格闘戦でいうマウントポジションみてえなモンだわな)


 その形に持っていくまでが難しい。だが圧倒的劣勢を跳ね返すには確かにティムルが言う通り「現実的」だろう。


「最後だが、おめえはどうだ? ブレージ」


 ブレージと呼ばれた男は五人の中では最年少、しかもゼイウン公国からの降将という特異な経歴の人物だった。グラーフ王国は他国の将であろうとも重用する国風だ。チカなどは元々グラーフ王国に討伐された異民族の長の娘なのだから、異例の抜擢というのは実績がある。しかしそれでも尚、目下戦争中の敵国の元将が六将軍に名指して招集されるというのは異例中の異例といえた。

 他の四人の視線を一手に浴びながら、ブレージと呼ばれた若者は臆面も無く言った。


「その味方部隊に将軍はいらっしゃるので?」


「いるとすればどうする?」


「逃げます。全方位に四散して」


 これにはホウセンの前とはいえ他の四人も黙ってはいられない。特にロスティスラフなどは怒鳴り散らす始末だ。


「おっまえそれでもゼイウン軍人かよ! 今迄あいつらが敵に背を向けた事なんて無かったぜ!」


 正面から真っ向勝負を好むロスティスラフは、同じく勇猛果敢に突撃を好むゼイウン公国軍に、敵ながら好感を持っていたのだろう。だからこそ元ゼイウン公国軍人のブレージの言葉が許せないのだ。


「貴殿はゼイウン軍人を勘違いしておられる。主の為ならば何をもやるのがゼイウン軍人。圧倒的劣勢で主を逃がす為ならば敵に背を向ける事も何ら信条に反する事は無いのです」


「俺がいる場合っつったよな。だったら俺がいない場合は?」


「その時は逃げようとした者の首を斬る。後は敵将のみに狙いを定めて突貫です」


(こいつは兎に角敵将狙いか。指揮系統さえ潰しちまえば勝利出来るっつう訳だ。ま、確かにいつの時代も有効だわな。しっかし見事にばらけたな。まあ同案なんつー奴がいたらまずそいつの能力を疑うが)


 ホウセンはこの時どの将も甲乙つけ難いと思った。やはり状況によりけりで使うべき策も、用いるべき将も違ってくるものだ。この時は結局参考程度に留め、特に昇進などは行わなかった。

 そして現在、マレーラ大平原の決戦を前にホウセンが動く。彼はセラムの変貌を想い、腹を決めた。


「ロスティスラフ、オットー、ブレージの三人を呼べ」


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