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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
236/292

「セラム・ジオーネの日記」より抜粋

 ――その日の夜、僕は久しぶりに沙耶の夢を見た。


 夢の中の彼女はいつも通り。何度も聞いた会話を続け、僕もそれに相槌を打つ。違っていたのはただ一つ、夢の中の僕はどうしても沙耶の顔を見られないのだ。常に斜め下を向いている。せめて思い出の中の沙耶の顔をイメージしようとするものの、それすら顔が真っ白に塗り潰されていてどうしても思い出せない。

 顔向け出来ない、なんて慣用句を文字通りの意味に実行するなんていっそ笑えてくる。

 最後に沙耶の夢を見たのはいつだったか。夢の中で思い返してみれば、この夢が意味するところも見えてくる。


 そうだ、人をこの手で殺す前だ(・・・・・・・・・・)


 何で今更こんな夢を見る? 自問自答するまでもない。僕の間近で女が犯された。そしてそれは僕の責任だと自覚した。

 いや、だからといって何故沙耶が出てくる? 僕は敢えて自問自答する。


 ――彼女に会いたかった?


 勿論、会えるものなら会いたいさ。だけど今更会って何を話せばいいというんだ。


 ――寧ろ彼女に会いたくなかったから?


 だから逆に意識してしまってこんな夢を見ているのか? それは何の拷問だ? こんな会いたいような、会いたくないような相反する感情で胸が締め付けられる思いを、眠ってからですら感じなくてはいけないのか。

 第一、どんな表情でこの顔を上げればいい? 当時の僕とはもう違う。人の目を真っ直ぐに見て「何も悪い事はしてません」と胸を張って言えるような僕ではなくなってしまった。彼女の正義のヒーローにはもうなれない。


 思えば、本当に今更だ。人なんてとっくに殺していた。間接的ではあるが、僕の命令だ。女だってとっくに犯していた。国すら違う位遠くの出来事ではあるが、僕の命令だ。今更自分のしでかした事の責任を感じているのか?


 なんで今なんだ。人を殺したゼイウン公国の時ではなく。


 殺人よりも、強姦の方が心を苛んでいるのか。……いや、違うな。人を殺す事と沙耶とは結び付かなかっただけだ。あの時はただひたすらに憎悪に支配されていた。そして冷静になった後で誰に許しを請う必要も無かった。周りはそんな奴らばかりだったから。人を殺すなんて珍しくもない、そんな世界だったから、僕は僕自身で心の整理を付けるしかなかった。

 けれど今回、犯された人に謝る事も出来ず、僕の中の罪悪感の行き場を求めて……。


 ――ああ、なんてこった。この期に及んで僕は誰かに許されたいのか。女性を傷つけて、それでも尚許されたかった僕がイメージしたのが僕の中で一番尊い女性、つまりは沙耶なのか。

 僕はなんて醜いんだ。よりにもよって懺悔の為に故人を夢に呼び寄せるとは。


「……たーくんどうしたの? 今日はなんか元気が無いね」


 覗き込むようにして腰を曲げる彼女に、僕は「いや……」と言葉を濁しながら更に俯く。顔を見てしまえばきっと僕は耐えられなくなる。今迄してきた悪行を洗いざらい吐き散らしてしまうだろう。

 その時、彼女はどうするだろうか。夢の中の彼女と僕の関係が壊れて、二度と現れなくなるんじゃないかという恐怖。許されない事をした、僕は変わってしまったと言われ彼女に嫌われるんじゃないかという不安。それでも仕方が無かった、最善を尽くした、頑張ったね、辛かったねと頭を撫でられ許されるんじゃないかという――希望。

 はっ。こんなに酷く人を傷つけておいて許されたいなんて、僕は神にでもなったつもりか。

 僕が例え今後どんな償いをしても、どんなに善行を積もうとも、被害者は決してやられた事を忘れる事は無い。人が変わった、善人になった、そう認められたとしても、被害者から憎しみを洗い流す事は出来ない。僕は一生人に憎まれて生きてゆくのだ。

 分かっていた事だろうセラム・ジオーネ。それを今更本当の意味で自覚したとでもいうのか。怖くなって許しを請おうとでもいうのか。そんな事で呼び出されては死んだ沙耶も迷惑だろう。


「よしよし、大丈夫だよ。私はいつだってたーくんの味方だからね」


 沙耶の温かい手の平が頭を優しく叩く。僕の膝は崩れ落ちた。うずくまった。うずくまって泣くしかなかった。


「いつでも私の所に来てくれていいんだからね」


 それは何度も見た夢の中で、初めて聞く言葉だった。その言葉に甘えれば、本当に沙耶に会えるんじゃないかと思った。それは決してやってはいけない、最低の逃げ(・・)だと理解してはいたが。


   「セラム・ジオーネの日記」より抜粋(但し全文通して意味不明な箇所が多く本人が書いた手記であるという信憑性は限りなく薄い)


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