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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
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第四十三話 収奪

 リーンハルト銀翼公、戦場入り。その報は嫌でもマレーラ大平原に駐屯する兵達を緊張させた。しかしセラムが反応したのはもう一つの報であった。

 リーンハルト銀翼公の軍がメッデロイの街に入り住民を裸同然で追い出しているという報である。

 メッデロイとはマレーラ大平原に幾つかある集落の一つで、東側の地区では唯一と言って良い、街と言える規模の集落である。当然、集積基地、そして本部の候補として真っ先に挙がっていた街だった。つまり近い内に住民の避難を完了させる事は既定路線ではあった。しかしセラムはまだ戦闘の危険は無いとして、住民には移動の理解を求める形で説得に当たっていた矢先の事である。


「性急過ぎる! それに何故家財を略奪する必要があるのか!」


 軍事行動には大量の物資と犠牲が必要だ。巻き込まれる善良な住民には悪いが、少々の協力(・・)は仕方ないとセラムも理解している。しかしそれは盗賊の類がする域に至ってはいけない。あくまで誇りと節度を持って、住民の理解を求め、我々は軍人だと胸を張れる行動を心掛けねばならないとセラムは思っている。

 セラムは怒りと共に殴り込まんばかりの勢いでメッデロイの街に向かった。その背中をリカルドが引き留める。


「待てセラム少将。何をしに行くつもりだ」


「当然、抗議に行くんですよ!」


「ならん」


 リカルドの禁圧の意志を持った強い口調がセラムの足を留まらせた。


「何故です!? リーンハルト公は明らかに必要以上の事をやっています! これでは僕が進めていた説得が台無しだ!」


「セラム少将、私達はこれから何をやろうとしている?」


「当然、戦争です。でもそれは略奪と同義じゃあない!」


 リカルドは表情を動かさずセラムを見下ろす。口だけが小さく動き、「やはり青いな」と呟いた。


「どの道盟主殿には挨拶に行かねばならん。私も同行しよう。但し私が止めたらそれ以上の事は言わない事」


 ぴしゃりと言うリカルドにセラムは頷くしかない。貴族としても指揮官としても、当然ながら年齢も上なのだ。そのリカルドがこうまで言うならば従う他無い。

 メッデロイの街はどちらを向いても屈強な男達が闊歩している。既に住民の退去は済んでしまっているようだ。問題は元住民の家財と思われる物資を中央に運んでいる事である。そこかしこで住民の物と思われる食器で住民の物と思われる飯を食らい、住民の物と思われる酒を呷っている。その下品な笑い声が耳に届く度に悪態がセラムの口から漏れ出る。


「糞食らえだ」


「少将、聞こえない程度に頼む。我々は干渉すべき立場に無い」


 リカルドの平然とした口調から、この景色には特に感想は無いようだった。当たり前の光景であり、別に言う事は無い、そんな声色だ。その表情からはリーンハルト銀翼公に対する恐れも弱気も感じられない。ただこの状況を容認しているように見える。


(これじゃあまるで僕の方が間違ってるみたいじゃないか)


 今ここでは間違っているのだろう、とも思う。戦場とは非日常。セラムが元の世界で生きてきた常識とはかけ離れた理法がまかり通る。そんな世界を渡り歩いていたホウセンにも「甘い」と言われた。この世界と言わず、戦場ならばこれが平常感覚なのだろう。


「糞っ」


 メッデロイの街は建物が独特で、遊牧民のゲルに近い。その中でも一際大きなゲルの傍で、リカルドにも負けない偉丈夫が部下らしき兵士と打ち合わせをしていた。白髪が半分以上混じった頭に皺だらけの顔。しかしその奥に鋭い眼光が閃いている。この人物がリーンハルト銀翼公で間違いないだろう。


「お久しぶりです銀翼公殿。此度は公を連合軍の盟主に迎えられて、我ら一同光栄の極みと存じます」


「……おうおう、これはリカルド公爵。久しいな。息災かね?」


「お陰様で」


 型通りといった挨拶。社交辞令はセラムとて分からない訳ではないが、苛立ちを隠すのに相当な努力を要した。


「おっとそちらのお嬢さんは……」


初めまして(・・・・・)リーンハルト銀翼公。セラム・ジオーネと申します」


「おうおう、こうして会うのは初めてだったな。未来の花嫁と思っておったが、結局会う機会を逃してしもうた。ヴィレムの事は残念だったな」


「……いえ、温かいお言葉痛み入ります」


 セラムにとってヴィレムの話は負い目でもある。始めに切り出されて次の言葉に迷った。どう追求に繋げようか思案し、結局考えるのをやめて直球で街の事を聞き出そうと顔を上げた時、リカルドが片手で抑えた。


「ところでゼイウン公国軍はこの街を本拠とするそうで」


「うむ、その為の準備を今しているところだ。ヴァイス王国軍の本拠は決まったのかね? 近しい所が良いだろう。ここに三軍集めるという手もあるが」


(その本拠は住民から奪ったものだろうが! 間借りするにしても略奪する必要はあったのか! 第一、後から来て何を当然のように決めてやがる!)


 言いたい事は幾らでもあったが、それをそのまま言う事が許されない位はセラムにも分かっていたし、その前にリカルドの手が制止していた。結局セラムはリカルドの脇で顔を伏せる。


「それには及びません。我々は我々で本拠を設営中ですので」


「ふむ、この周りもそうだが、随分と広範囲で工事をしているようだな」


「何分時間との勝負ですので。事後承諾になったのは申し訳なく」


「ふむ、まあ良いだろう。近く軍議を開く。その時にまた考えを聞かせてくれ」


「はっ」


 そう言ってリカルドは下がる。セラムもまたそれに倣ってその場を離れる。その顔は不満たらたらという感情を隠すつもりも無い。


「何故君を押し留めたか分かるか?」


「あそこで盟主と敵対でもしたら戦争どころではなくなるからでしょう」


「それもそうだが、君の不満は見当違いだからだ」


「なっ!?」


 セラムの喉奥で怒りと戸惑いが噴出しかけ言葉に詰まる。


「確かに僕の考えは理想なのでしょう。戦場はそんなに甘い所ではないと言うのかもしれません。しかし僕の隊は抑えが利いていた。不可能な事ではないと確信しています。不必要に略奪すべきではない。ガイウス宰相だって略奪込みで糧食を計算してはいない筈だ。寧ろここの住民の不満は伝染し、潜在的な敵を自国に作る事になりかねません」


 捲し立てるセラムに、リカルドは一言呟いた。


「君の弱点は人を信じ過ぎる事だ」


「……?」


 リカルドの言葉の真意が分からぬまま、次の言葉を続けられる。


「この近くにも集落があったろう。そこを本拠とする。君の判断で用意してみなさい。但し君の隊は陣地構築で使っている。人員は他の部隊からだ」


 リカルドの意図が分かるのはその少し後の事である。


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