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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
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第四十二話 総勢十万

「連合の集まり具合はどうですか?」


「まず我々が三万の動員が可能だ」


「三万! 随分と張り込みましたね」


 ガイウスがよく許してくれたものだ、とセラムが驚く。今迄のけち……もとい少数精鋭を推奨していた経緯を鑑みれば俄かには信じられない大盤振る舞いだ。


「この時の為に備蓄していたのだからな。それにお手伝いいくさに割に合わぬ大軍勢を連れて行くのもどうか、というのが私の考えだ。ガイウス殿は外交上我が国が出張り過ぎるのもゼイウン公国の不興を買うと言っていた。まあ君がここまで戦果を挙げるのは些か出来過ぎだったがな」


 破顔するアドルフォにセラムは苦笑いしか出てこない。少数で最前線に立たされた此方はいつも死ぬ思いだったというのに、と不満を吐露したくなる。アドルフォがその事を理解していない筈が無いので我慢するが。

 やはりアドルフォは根っからの軍人なのだ。やらなければならないとなればどんな理不尽でも飲み込むし、いざ命令となればそれは須らく遂行されるべきものとして考える。それは自他の感情を無視して優先されるものとして精神に根付いているのだ。大切な人だろうがどんな立場だろうが弱者だろうが、軍人である限り関係は無い。そう、セラムとて軍人なのだ。


(まあ変に気を回されて過剰に危険から遠ざけられるよりは良いか)


 立場上、本来やるべき職務をやっているだけなのだ。自分だけ守られて部下を死地に追いやるよりは余程良い。


「他の国の様子は?」


「ゼイウン公国が五万、ノワール共和国が一万五千で駆け付ける予定だ。総勢十万弱の大軍勢になる」


 予想通り……いや、予想したよりも多いか。これなら少なくとも数だけはグラーフ王国に引けは取らないだろう。


「問題はその中身ですよね」


「そうだな。ゼイウン公国は個々としては強いだろうが我々と協調する気があるのか怪しい。第一、三名家は未だそれぞれが疑心暗鬼に晒されている。部隊内ですら不和が出るかもしれん。……しかしノワール共和国には面白い奴がいたぞ」


 暗い話題ばかりではない、とアドルフォが話す。


「つい最近、撤退しようとするグラーフ王国軍と一戦やらかした将がいてな。そいつが滅法強いらしい」


「へえ、今迄戦争に消極的だったノワールにそんな将がいるとは。その戦闘はどのような内容だったのですか?」


「それが騎馬に乗った魔法使い隊を巧みに用兵して近づかせる事無く一方的に叩きのめしたとか。その将が行った士気高揚の為の演説がまた面白い。開口一番こう言ったそうだ。『私は戦争を忌む者(ウォースパイト)である』とな」


戦争を忌む者(ウォースパイト)……」


 戦争嫌いが自ら兵を率いて戦果を挙げる、確かに面白い人物のようだ。機動力のある魔法兵という用兵術も、弾着観測射撃によって固定砲台化したセラムとは真逆の発想だ。


「確かにノワールからそのような将が合流してくれるのなら心強い。僕と気が合う人物である事を願うばかりです」


「いまや君は内外に敵が多いからな。気を付けてくれよ? 良くも悪くも君を知る者が持つ感情は両極端だ」


 言われてみれば確かにその通りだ。敵味方問わず、好意を持ってくれる人はとことん気に入り、セラムの破天荒な行動にもある種の信用を以て理解を示してくれる。しかし逆に反感を持った場合は生きていてはいけない人間だとばかりに憎む。セラムを知った人間は誰も彼女を無視出来ない。それ程までに周辺諸国で存在感のある人物になっていた。


「といってもこれが自然体なので気を付けようもないんですが……肝に銘じましょう」


 実際ゼイウン公国にはセラムに好意を持つ人間はまずいないだろう。セラムが行った所業を思えば当然だ。彼らにとってはセラムは敵と大差無い。ノワール共和国だって虐殺事件の真相を知ればセラムを憎むだろう。周辺諸国にはセラムに対する潜在的な憎悪が内包されているとみていい。

 改めてこの連合軍が上手く機能するか不安になる。だがそれを悩む期間は過ぎ去った。どの道早期決戦に挑まなければジリ貧になるのは目に見えていた。走り出したら振り返る事無く一目散に駆け抜けるしかない。


「差し当たっての問題は補給路の整備ですね。それとヴィグエントでの兵や貴族の宿泊施設の手配。こっちに来る前にヴィグエントに寄りましたが、行き来する兵や待機する兵でごった返していました。街の中でそこらで雑魚寝する兵に住民の不安も高まっています。兵の疲労も溜まりますし、これから貴族が来るとなれば不満が爆発するのが目に見えています」


「頭の痛い問題だな。一般の施設では対応しきれないだろう。民家の接収も考えねばならんか」


「接収は賛同しかねます。恐らくこれから長い戦いになります。当然ヴィグエントで待機する兵は更に増えるでしょう。ここで住民の反発を招けば収拾が付かなくなります。どうにかホームステイ……ええと、民家に一時的に兵を泊まらせてもらう制度は作れませんか。金銭面で優遇して住民の理解を求めつつ漸進的(ぜんしんてき)に進めた方が良いと思います」


 歴史を鑑みるに、継戦能力を維持するに当たって重要なのは人心の掌握だ。崩壊は上層部で起こるのではない。顧みられない下層の人間の不満が津波のように唐突な、しかし致命的な崩壊を生むのだ。


「勘案してみよう」


 アドルフォは難しい顔だ。理不尽を押し付けながら住民に理解を求める事の難しさを想像しているのだろう。


「言いたい事は分からんではないがな、という顔ですね」


「ふっまあな。……編成の方だが、総大将はリカルド中将、参謀にセラム少将。詳細な編成は君達に任せる。ああそうだ、ヴィルフレドを連れて行くといい。ヴィグエントは私が守るから大丈夫だ」


「助かります。彼がいるのは心強い」


「だが留意しておけよ。君を含め五千、一万の大軍を率いた経験がある者は少ない。ある、と言えるのはリカルド中将くらいか」


「そうですね。正直三万の大軍を統括出来るのか不安なところです」


「リカルド中将もおる。内部は何とかなるだろう。君に頑張ってもらうのは寧ろ他国との共同戦線のあたりだろうな。こればかりはリカルド中将でも難しいだろう」


 考えるだに頭が痛くなってくる。総勢十万人の手綱を取って敵と戦わなければならないのだ。


(只の底辺社会人だった僕が、か?)


 社会の取るに足らない歯車の一つだった過去の自分を思えばいっそ笑いすら込み上げてくる。


「そう聞いて笑える余裕があるのは君くらいなものだよ。頼もしい限りだ」


 アドルフォの感心した様子とセラムの乾いた笑いがまるで出来損ないの喜劇のようだった。


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