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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
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第四十一話 路

 ヴァイス王国では本格的な決戦に備え、参謀部を王都インペリアから前線都市ヴィグエントに移していた。これからは集積基地としても機能させる為、その整備をしていくと同時にマレーラ大平原に建設中の陣への補給路を敷設中である。

 片足故にどうしても身動きが取りづらいアドルフォに代わり、セラムはそれらの指揮と連絡役として奔走していた。今もマレーラ大平原から王都インペリアに戻る馬車の中である。


「これは酷いな」


 セラムがぼやいたのは全く身動きが取れない渋滞に巻き込まれた所為である。現代の車社会もかくやという程に、見渡す限り人と馬と馬車で石畳の道路が埋め尽くされている。一つ違うところは、日本のように整然と待っている訳ではなく、行く方向が入り乱れてあちこちで衝突事故が起こっているという事だ。

 別に道の境に柵がある訳ではなし、歩行者が多いのならば道じゃない所を歩けば良いと思うかもしれないが、軍事行動中の為に物資を運ぶ馬車が多いのが渋滞の要因だ。車輪がある以上、舗装された道路でなくてはそうそう走れるものではない。それに歩行者といえどあまり道から外れると危険なため推奨出来ない。


「少将閣下、道を開けさせましょうか」


「いや、それはよしてくれ。僕はそんな偉いもんじゃないし、立場を笠に着て皆に不条理を強いるような事はしたくない」


 護衛の兵士の申し出を断り座席に背を預ける。


「セラム様、これはいっそ歩いて行った方が早いのでは」


 横に座っているベルが疲れを隠しきれない表情で提案する。普段はそんな表情を絶対に見せないベルも、慣れない渋滞での立ち往生という状況に普段使わない類いの体力を削られているのだろう。

 そんなベルを、セラムは珍しいものを見たと微笑ましくすら思う。セラムがまだ平気な顔をしていられるのは、やはりサラリーマン時代の経験があるからだろう。通勤ラッシュに帰宅ラッシュ、地方民特有の車社会の悩みが思わぬ耐性を付けてくれていた。

 とはいえこれでは仕事もままならない。何よりこの状態では今後の補給が滞るだろう。


「そうだな。歩きながらこの事態を改善しよう。すまん、隊を分けて御者と最低限の人員だけ残して付いてきてくれるか」


 セラムは護衛の小隊を伴って道の外れを少し歩くと、人と馬と車の塊を眺めて指示を飛ばす。


「分隊に分ける。一分隊で来た道を戻りながら左側通行を徹底させろ。逆走する莫迦は取り押さえても構わん。貴族連中のような権力を持った莫迦なら僕の名前を出せ。残りで進みながら同じように左側通行の声掛けをするぞ。もし馬車が追いつくようならまた乗せていってくれ」


 セラムは兵士達を使い、道すがら交通整理を始める。


「あそこの道が細くなっているな。あれがボトルネックだ。……おい、そこの君。あそこにしばらく常駐して道行く人に指示をしてくれ。見たところ馬車一台分しか通れん。一定間隔で交互に通させる方向を切り替えてくれ。第三分隊、先に行って左側通行を徹底させていってくれ。……あっご婦人が馬にぶつかった! 二人救護に。もう二人で馬に乗っていた奴を先導しろ」


 セラムの指示の甲斐もあって人の列に流れが出来る。暫くは物資が行き交いこの状態が続くだろう。これは交通整理の人員の確保と立札、それに万人が直感的に理解出来る標識が必要だな、と次に打つ手を考えるセラムだった。

 そしてこの時の交通法の整備が馬車部品の規格化と相まって後の交易拡充の基礎となるのである。


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 王都インペリアへ戻ったセラムは意外な知らせを受け、城内へ入る事無く馬車で人を待っていた。暫くメイド隊と共に城の威容を眺めていると、視線の先から杖を突いた人影が近づいてきた。


「アドルフォさん、お久しぶりです」


 待ち人はアドルフォだった。セラムが先立って王都へ帰還する旨の書簡を出していたところ、帰還中のセラムの元にアドルフォがヴィグエントへ向かうと返信があったのだ。


「久しいなセラム殿」


「しかし驚きました。まさかアドルフォさんが指揮所をヴィグエントに移すとは思ってもいませんでした」


 アドルフォは来たる決戦に向け参謀部だけでなく中央指揮所を一時インペリアからヴィグエントに移す事を決定したのである。王都の防衛や国内の治安維持等、様々な影響が出ると思われるが、それ程に国の大事と勘案した結果だった。


「王都からではどうしても距離があるからな。それに君達若者が前線で奮戦するというのに、私がのうのうと王都で座っている訳にもいくまい。いくら片足の私でも補給や援護で多少役には立てるだろう」


「いやいや、後ろに控えてくださるのは本当に心強いですよ。軍の指揮機能を前線に集めればかなり楽になります。さっどうぞ」


 セラムはアドルフォの体を支えつつ手で馬車へと誘導する。アドルフォが乗り込むと、セラムとベル、フィリーネが馬車に同乗する。ゆっくりと進みだした馬車の中でアドルフォが口を開いた。


「しかしなんだ、こんな美人な女の子ばかりの所にいるのは慣れんな。普段私の傍にいるのはむさい男ばかりだからな」


「はは、軍はどうしても男所帯ですからね」


「正直君達貴族が羨ましくなる時があるよ。特にこういう時にはね。戦場に側女を連れて行く奴とかもいるからな」


「僕も正直そういった慣習はどうかと思いますが、彼女達は僕のメイドであり、護衛でもあります。趣味で連れている訳ではありませんよ」


「おっと気を悪くしたらすまん。君に対して言った訳ではないんだ。そもそも君自身が女性だし、同じ女性がいた方が何かと良いだろうしな」


 アドルフォは両手を広げて釈明する。セラムにとってアドルフォは目上であり上司であるが、アドルフォにとってもセラムは尊敬する亡き上司の娘であり、力量を認める大貴族である。お互い単純な上下関係でないが為か、私人として二人でいる時には歳の離れた同志といった関係だった。

 そんなアドルフォにセラムは片目を瞑り悪戯っぽく答える。


「分かっておりますよ大将どの。……しかしこの馬車、音がかなり静かですね。心なしか揺れも少ない」


「高官用の新型だからな。車輪に麻布が巻いてある。代わりに重量があるからこの大きさでも二頭立てだが」


 自動車とは比べるべくもないが、それでもセラムが普段使っている馬車よりも数段マシだ。普通の大きさの声が聞こえる位には静かというだけで疲れにくい。


「ゴムがあればもっと良いんだけど」


「うん? 何と言った?」


 つい思った事を無意識に口に出してしまっていたらしい。


「新素材があればと言ったのですよ。柔らかく丈夫でそれなりに軽く加工し易く衝撃を吸収するような。車輪に代わる素材がね」


「はっはっは、そんな都合の良い物ある訳ないだろう」


「いやあ、あるかもしれませんよ。今はまだ発見されていないだけで」


「そんな夢のような、と言いたいところだが君が言うとあながち夢で終わらない説得力があるな。何せ数々の発明をしてきた君だ。参考までに聞くがあるとすれば何から作れると思うかね?」


「そうですねえ。樹液とかどうでしょうか」


「ジュエキ? 何だねそれは」


「樹の液と書いて樹液。今でも砂糖の原料なんかに使われている物です。甘味に使われるのだって偶々それが甘いというだけであって、もしかしたら別の樹の物はそんな素材の基になるかもしれない。或いはそれを固めたり、別の素材と混ぜるとそんな性質が出るかも」


「突拍子もない……と思ってはいけないのだろうな。それは錬金術の類だな。残念ながら私はその手の学問は不得手でね。正直想像も出来んよ」


「僕も想像で言ってるだけで作れるかどうかは別ですよ。でも想像出来るものは実現が可能です。少なくともそう思って探求してきたからこそ人類は発展してきた。それこそが人類の可能性です」


 熱く語るセラムにアドルフォが苦笑する。


「君は軍人より学者の方が向いているんじゃないかね?」


「それも良いですね。今は研究したい事が山程ありますし」


 神様の倒し方とか、とは流石に言わなかった。


「平和になったら存分にやるといい。きっと君にとってもそっちの道の方が良い」


 窓の外の風景が流れてゆく。果物を籠一杯に乗せた女性がすれ違っては遠ざかる。煉瓦造りの家の外で洗濯物を干している人がこちらを向く。走り回る子供を大人が叱る声がする。

 一歩踏み出せば届きそうな平和。だがその光景は馬車の壁に邪魔されて掴めないままに過ぎ去ってゆく。この馬車はそのまま戦地に向かうのだ。


「……いえ、止しましょう。今は戦争のお話ですよ」


 目を伏せ小さくかぶりを振るセラム。


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