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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
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第三十八話 マレーラ大平原その2

挿絵(By みてみん)

「この時でもグラーフ王国はマレーラ大平原に前線基地を置いた気配は無い。一時的には駐屯したかもしれんが基本的には素通りじゃ。何せ行軍しても滅多に遭遇戦すら起こらん上に収穫の無い土地に一から基地を作るのは消費が激しい。例え集積基地を作ったとしても只の野っ原じゃからな、防衛には向かんし相手の進軍を阻害する効果も無い。広すぎるんじゃ」


 そう、これがグラーフ王国、ゼイウン公国、モール王国、そしてヴァイス王国の四国に隣接しながらも長年空白地帯として放置された所以だった。開墾するならば良いかもしれないが、魔物の所為で各国共にそこまで領地だけを広げる余力が無く、必要性も無い。その上、強大な魔物が現れた結果このような土地が出来たと言われる曰くつきの『死の荒野』。これより先、人口が増え土地が必要になり、魔物の脅威が薄れれば価値も変わってくるかもしれないが、現段階では殆ど人が住まない原野に過ぎない。


「ところがじゃ、今の戦況だとちいとばかし話が変わってくる。この一年でまずヴィグエントを奪還、ゼイウン公国でもメルベルク砦を奪還……いや、崩壊させた。結果、ヴァイス、ゼイウン共に北部戦線が主戦場になっておる。かつては両国間の北部で構築していたグラーフ王国の補給線が途絶えた事になる。今のグラーフ王国の補給線はヴァイス側がグラーフ本国から、ゼイウン側が旧モール王国とマレーラ大平原の一部を通った線で構築されておるじゃろうな」


 こうして駒を並べてみると分かる事もある。旧モール王国南部では今なお両国の睨み合いが続いている。ゼイウン公国北東部でマトゥシュカ家と戦っているグラーフ王国軍はかなり無理をしている筈だ。

 参謀部の若者達もグラーフ王国軍が意外と苦しい状況なのだと理解出来た。


「尤もグラーフ王国は略奪による補給線に頼らない体制を取っておる。このままでもある程度戦えるじゃろう。じゃが向こうも内心では『どこかで流れを変えたい』と思っておる筈じゃ。嬢ちゃん……おっと、セラム少将はそこをよく分かっておる。じゃから今この時に決戦に向かうように誘導すれば恐らく叶う。八割方は、と儂は見ておるが、嬢ちゃんはどうやら確信があるようじゃ。一度敵の軍師と語る機会があったそうじゃから、相手の性格なんかも見抜いているんじゃろう。まあ、誘導の手段は褒められたものじゃないが」


 単身敵の軍師と話をしに行ったと聞かされた時はグリエルモをして言葉を失った。しかもどこに行くのか場所も分からないが為に助けにも止めにも行けない。余りに危険なその行動に怒りを通り越して呆れたものだ。アドルフォ大将などは「せめて事前に知らせてほしかった」とぼやいていた。事前に知らせていたら間違いなく引き留めていただろうが、だからこその伝聞での事後承諾なのだろう。まったく質が悪い。

 しかしこの話はグリエルモを含め極々少数の人間にしか話されていない。カルロですら知らされてない。知れば必要以上に心配し取り乱すだろう事は容易に予想される。実際ここで騒ぎが大きくなると面倒なのだ。今はセラムの不在を静かに誤魔化しつつ彼女を信じて待つしかない。


(まああの過保護な兄ちゃんに言えば絶対大騒ぎして周りに知れ渡るじゃろうしなあ)


 だからといって儂らなら良いという訳でもないが、とグリエルモは思う。無事戻ってきたら説教の一つでもかまさねば気が済まない。


「兎も角、ここでマレーラ大平原で決戦を挑むとする。三国が大兵力を投入し一点に集結しようとする訳だ。当然、障害となる軍を潰しながらのう。となるとグラーフ軍が採る行動として考えられるのは何じゃ?」


「有効的なのは各個撃破でしょう」


「うむ、普通そうじゃろうな。じゃがそれは戦力を一点集中させられる、そして各国の動きに乱れがある場合のみ可能じゃ。もし何の前情報も無く敵に集結の動きがあればグラーフは迷わずそれをやっていたかもしれんな。じゃが嬢ちゃんはその情報を態々敵に漏らしたんじゃ。こうなってくると寧ろ此方の動きが乱れる事なぞ期待出来ん。そんな杜撰な計画なら態々漏らさんじゃろうと思うのが人の心理じゃ」


 完璧だからこそ危険を承知で宣戦布告した、そうでなければそもそも言う筈が無い。そう思わせる事こそが狙いだとグリエルモは思っている。


「特にメルベルク砦の北部戦線はこのままだと北上するゼイウン軍と激しい戦闘になるじゃろう。集結を邪魔するんならまずここを抑えねばならん。じゃが見ての通りここの補給線はかなり無理をしておる。維持は難しいじゃろう。そこに注力しては他の戦線が崩壊する」


「では敢えてゼイウンを抑えずノワールの軍を集中的に叩くのはどうでしょう? 現在ノワール方面にはあまり軍を割いていませんが、ヴァイス側の軍を援軍に向かわせれば可能です」


「その時はノワールを叩いている間に我々がゼイウン方面の敵の横腹を突く」


「ならばゼイウン北部の部隊を引かせながらでは?」


「その場合は儂らはノワール方面の援軍に行く。挟撃の形になるのう」


「全力で速攻を掛けノワールの前線部隊を叩いた後反転しては」


「確かにそれならばノワール軍は壊滅するじゃろう。しかしその間にヴァイス、ゼイウン両国は集結が可能じゃ。その軍が旧モール王国領に攻め入ったらどうする? 遊軍と化したノワール方面軍を向かわせようにも距離がある。そのまま攻めればいくつかの街は()とせるじゃろうが、連中の第一目的は旧モール王国領じゃ。そこを守れんかったらこの戦争は敗北に等しい。勿論どの策も儂らの動きが最重要じゃが」


 あくまでグラーフ王国とゼイウン公国の戦争の補助という立ち回りだったヴァイス王国が、いつの間にか戦争の中心部で局面を動かしている。その中枢にいるのはセラムだ。小国の小娘がいつからか大きな盤面を支配するようになっていた。

 若者は暫し黙考し、新たな策を述べる。


「では幾つもの遊撃隊を作り各所で略奪を繰り返すのは? グラーフは奴隷制を採用しておりますし、局所的に勝ちを積み上げれば戦線を構築し、相手の懐に浸透するのも可能かと思われます。嫌がらせに近いものですが、実際これをやられると放ってはおけないでしょう」


 グラーフ王国軍から見た立ち回り方の議論になっているが、これは敵の立場から作戦を推論し、その対応策を考える方法だ。相手がどう動くかを考えるのは基本……なのだが、何より彼らはこういう思考遊戯が大好きなのだった。


「ふむ、確かにそれは厄介じゃ。しかしそれは無視して集結した連合軍が征西する可能性も捨てきれん。どちらが屈して守りに入るかの我慢比べになる。相手が賭け事好きならばやるかものう。けれどどうじゃろう、今迄言った策のどれもが不確定要素が多すぎて不安定な戦局になる。一旦戦線から手を引き同じように集結して決戦に挑めば一番安全じゃないかね?」


「確かに手堅いのはそれですね。被害も甚大なものになるのが予想されますが」


「とまあ、相手が一番採りやすい手は正面対決という訳じゃ。勿論それ以外の手を採ってくる事も予想して対応策を練るのが儂らの仕事じゃがな」


 参謀部の若者達は納得して頷く。話が一段落したところで奥から喧騒が聞こえてきた。今迄話に集中していて気付かなかったが、何やら若者と少々年配の者が言い争っているらしい。


「だからこんな事は非効率だって言っているでしょう! ここの数字だって間違ってる、こんなやり方してればそりゃミスも多くなりますよ!」


「貴様、上官に向かって何という口の利き方を……」


「俺はここに出向してきただけで軍人じゃない。従って階級も無いあんたを上官に持った覚えも無い」


「だがここに来た時点で貴様は俺の部下だ」


「ここに来たのは俺の意志じゃないし俺の上司はジオーネ領主館にいる。……俺はどっちが上とかそんな不毛な話をしたい訳じゃないんだ。そんな金にならない話をする程暇じゃない。ただもっと効率的なやり方をすれば時間も短縮出来てミスも少なくなるだろって事だ」


 話を終えたグリエルモの耳には彼らの言い争いが否が応でも聞こえてくる。参謀部に来たばかりとはいえ、グリエルモはここに出向してきたという若者と話している軍人よりも階級が高い。この揉め事の仲裁も仕事の内かと嘆息する。


「彼は?」


「は、ジオーネ領から出向してきたという中の一人で、トマスという者です。何かにつけてああやって文句ばかり言うものでして、我々もその……手を焼いているというか」


「ジオーネ領から……成る程のう」


 嬢ちゃんの肝煎りという訳か、と得心する。話を聞くに民間人のようでもあるし、参謀部の軍人では扱いに困っているのだろう。民間人が我々の仕事の何が分かる、という自尊心もあるが、少将の部下となれば無下にも扱えないという訳だ。


「俺の言う事が聞けないというのならば出て行ってもらっても構わん」


「ああ出て行きますよ。こちとら好きでこんな所に来た訳じゃないんだ。セラム侯爵の命令でなければこんな所来るもんか」


 そのまま出て行こうとするトマスを出口付近でグリエルモが引き留める。


「ああ君、君。何やら言い争っていたようじゃが、一体何を話していたのかね?」


「あなたは?」


「儂はグリエルモという。まあ一応参謀少佐という事になっとる。それで、君は何やら彼に進言していたようじゃが」


「あの人の頭が固くてね、これでもかと茹でまくった卵みたいだ。俺が正論を言っても理解しないどころか、二言目には階級、命令。まったく軍人なんて碌なもんじゃない」


「よければ儂に話してみてくれんか」


「……さっきは名称の話ですよ。同じものを指していても文書毎に名称が違うもんだからミスが多い。名称を統一すれば手間も省けてミスも少なくなり効率的で分かりやすくなるっていう話をしたんです」


「成る程のう。確かに軍隊……というより長く歴史のある組織じゃと慣習的な呼称と実質的な呼称が違ってくる場合も多いしのう」


「それだけじゃない。計算方法だってこのやり方にすればもっと速いと言っているのに、やれ歴史的にこの方法でやっているだのやれ前任者のやり方を踏襲しなければだの、非効率極まりない。そもそもその昔からのやり方が間違っているならば今正せばいいだろうに」


「ふむ、まあ昔のやり方を変えて齟齬が出るのを恐れるというのも分からんではないが」


「俺はその資料も見て根本的なところは手を付けず方法だけをもっと早く確実に出来る方法に変えるよう提案したんですよっ」


「ほう」


 グリエルモの瞳の奥が光る。このトマスという若者、ただ荒いだけではなく、きちんと必要な事を見極めてこの職場がより良くなるようにと考えて行動している。自分のやり方を押し付けている訳ではない。ただ言い方の所為で反感を買っているだけで、言い分は正論なのだ。有能だが、青いのだろう。


(いかにも嬢ちゃんが好きそうな手合いじゃ)


 セラムが門外漢をここに出向させたという事は、軍に変革を求めているという事なのだろう。ならば今この若者を逃がす訳にもいくまい。


「君の言い分は分かる。じゃが彼らには立場の違いからなかなか理解し難い問題もあるじゃろう。どうじゃろう、君の言いたい事をまず儂に言ってもらえんか? 儂の口から彼らが納得しやすいように言っておく。一応ここではお偉いさんの部類じゃからな」


「……確かにあなたは話が分かる人のようだ。一々間を通すという無駄が出るのが気に入らんが」


「少なくとも言い合っていた彼よりも儂の方が階級が上じゃ。いきなり上に話が通るなら寧ろ無駄が無いんじゃないかね?」


「そりゃそうだ。無駄が無いのは良い事だ。あんな奴との金にならんやり取りを延々続けるより余程良い。それなら是非こちらから頼みたい。給金分くらいは働いてみせましょう」


 やれやれ、また癖の強いもんを押し付けてきたのう、とグリエルモは疲労を覚える。今度カルロに会ったら良い胃薬を教えてもらおうと思うグリエルモだった。


登場人物紹介等を更新しました。リアルタイム向けの方は各国ごとに登場人物、地名等を紹介しております。随時加筆していく予定です。

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