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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
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第三十七話 マレーラ大平原

 ホウセンは帰路の安全を確かに保障してくれていた。メイド十三人を連れた敵の少女侯爵という、異様な程の絶好の獲物が誰にも襲われる事無く道を歩いてゆく。

 さり気無く辺りを警戒するメイド隊とは裏腹にセラムは我が身の無事を一片たりとも疑ってはいない。


「あんな危険を冒す必要があったのでしょうか。彼らが本当に約束を守るかなど分かりはしませんのに」


 ベルの尤もな疑問にセラムが片眉を上げてベルを横目に見ながら答える。


「ホウセンさんは守るさ」


「何故そう言い切れるのですか?」


 ベルの言葉にはほんの少しの怒気が孕んでいる。今回の不必要としか思えない余りに危険な行動に疑いを持っているのだ。少し心配させすぎたか、と思いながらもセラムは自信に満ちた語調を弱める事無く続ける。


「こればかりは僕とホウセンさんにしか分からないところがあるだろうな。性格上……というべきか、純粋で誠実なんだよ、彼は。だから僕らはこうやって無事にいられる」


「百歩譲ってホウセン殿はそうでも、です。大軍同士の決戦をやると言ってグラーフが本当にそれに乗るなどという保障はないでしょう?」


「乗るさ。どの道いずれはそうなっていた。僕はそれを早めに来たに過ぎない。例えばだ」


 セラムは宙で戦局図を動かすように手振りを交えて説明する。


「敵が一か所に集結しだしたとする。生半可な戦力では到底太刀打ちできない大軍だ。さてどうする?」


「……何とか集結を邪魔するか、こちらも大軍で迎え撃つかですね」


「これ幸いにと守備の薄くなった後方に回り込んで打撃を与えるような事はしない?」


「戦局によりけりでしょうが、まずしないでしょう。敵も相応に準備しているでしょうし、何よりその大軍を放置していては行軍を始めた時止められない。グラーフにとって本国が危うくなる劇物を看過はできないでしょう」


 この問答がこれからの戦局を示しているのは理解できる。しかしだからこそ今回の行動が不可解だ。


「ならば態々事前に敵に漏らしては意味が無いのでは? 敵が次に動く行動が分かっているのならばそれを邪魔するでしょう。集結前に各個撃破に掛かるとか、やりようが出来てしまう」


 セラムは悪戯の首尾を想像しているかのような顔をする。


「僕の言った事が虚言ではないとホウセンさんは分かっている。つまりはこのまま決戦に向けて準備するとホウセンさんは分かっているんだ。だがグラーフが決戦に向けて動かなければ僕が別の手で戦局を動かす。それは先手を打つ代償に相手の次の手が読めなくなるという事だ。どちらがグラーフにとって得か、という事なんだが……」


 セラムはそこまで言うとベルの方を向き直り逆に質問する。


「戦場で何故将は目立つ格好をしていると思うかい? そんな事をすれば敵に狙われやすくなるというのに」


「それは……将の所在が分からないと味方の兵士はどこに指示を仰げばいいか分からないからです。将が隠れてしまっては士気にも係わる上に、誤報や虚報が入った時に伝わった指示が本当に将が発した物か判断出来なくなってしまいます」


「そうだね。敵に所在が分かってしまうデメリットよりも味方に分かりやすく情報の出所が明らかになる方がメリットが大きい。それと同じさ」


 トパの街を出て暫く経つ。周りを見渡しても不自然な程に誰も通りかからない。いつの間にかメイド隊もセラムとベルの会話を聞き入っていた。


「似て非なるもの、ではなく非して同じなるものだ。今回はまず決戦になる。勿論普通味方の情報を事前にリークしてしまえばまず行動を潰されてしまうだろう。だがそれも状況次第だ。この場合は十中八九相手も決戦を望む。それを誘導する為にここへ来たんだ。つまり此方にとってもあちらにとっても味方の動向が筒抜けになるデメリットよりも敵の動きが特定出来るメリットの方が大きい。集結前に相手の予測出来ない行動で邪魔が入っては余計に戦争が長引くからね」


「では今回のその状況というのは……?」


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「鍵はマレーラ大平原という地政学的に特徴的な存在が間に広がっている事じゃ」


 グリエルモは参謀部の若者に地図を示す。セラムの言っていた作戦とやらを伝えられた時、即座に納得を示したグリエルモに対し、参謀部の人間が作戦に疑問を呈したからだ。次の戦いがマレーラ大平原での一大決戦になると聞かされても、それが希望的観測に思えてならないと参謀部内でも懐疑的だった。


「別名『死の荒野』。およそ八十年前に一匹の魔物が作り上げた災厄の形、ま、儂ですら生まれる前の話じゃから伝え聞いた話しか知らんが、重要なのは碌に街も無く人もほぼ住んでおらんだだっ広い原野が国境地帯に広がっておるという事じゃ」


 尤も大分草花が復活してきたお陰でここに住んでおる人もちらほら出てきたようじゃが、とグリエルモは付け加えた。


「その結果決戦に向いた広い土地になったのは承知しております。ですが何故相手がここで迎え撃つと思うのですか?」


「ふむ、その話の前にマレーラ大平原とその周辺の現状を確認しようか」


 グリエルモはいつも持ち歩いている戦棋の駒を取り出し地図上に置いていく。


「作戦盤用の駒もありますのに」


「儂はこっちの方が好きなんじゃよ。それにそれぞれの戦力が分かりやすいしの」


 グリエルモの戦棋好きを知っている者はやれやれと目を合わせる。


挿絵(By みてみん)


「北の外れの方には川が流れ、南の方には森がある。じゃが肝心の平原部分にはぽつぽつとしか集落が無い。街と言えるのは三、四くらいで、あとは遊牧民が住んでおる。よってここに部隊を駐留させても大して意味が無い。余りにも広いが故に中規模の軍隊ならば見つかる事無く行軍出来てしまう上に、収穫量も少なく駐留軍の糧秣が相当な負荷になるからじゃ。ここではグラーフ王国とヴァイス王国が戦争勃発当初に大会戦を行ったきり、戦闘は起こっておらん。そもそも余程の大軍隊でない限り索敵が困難じゃからな、三国とも基本的には素通りじゃ。結果、グラーフ王国も飛び地であるヴィグエントやメルベルク砦を一気呵成に()として駐留させた」


 戦争当初の様子をグリエルモは棋譜を並べるように表現する。マレーラ大平原でヴァイス、グラーフ両国の駒が対峙する。旧モール王国南部ではゼイウン公国とグラーフ王国の駒が睨み合いを続けていた。

 しかしヴァイス王国の将軍が討たれ潰走、熟練が付いた駒も失した。勢いづいたグラーフ王国の駒が東進、南進する。

 更に戦況は一方的になってゆく。盤面上ではヴィグエントで熟練歩兵に新たな将軍率いる歩兵が敗走し、メルベルク砦では将軍二体率いる熟練歩兵と熟練槍兵が熟練騎馬と熟練歩兵を敗走させていた。


「あの、水を差すつもりはありませんが、この配置……というか戦力差は如何なものかと」


「何が言いたいのかね。我が軍はもっと強い、若しくは強い相手と戦って敗走したと言いたいのかね?」


 そう言いながらノワール方面には将軍と歩兵、騎馬と近衛を置いて睨み合いをさせる。


「魔法使いに準ずる駒が無いのが欠点じゃな。昔に作られた遊戯じゃから、そろそろ改良もあってもいいもんじゃ」


 ぼやきながらも展開される盤面は余りにもゼイウン方面が厚く、ヴィグエントに割かれた戦力は必要最低限といった様相を呈している。愛国心溢れる彼ら参謀部の若者には少しばかり認め難い盤面だ。

「今迄の戦況を鑑みればこんなもんじゃよ。自国に誇りを持つ事は悪い事じゃないが、冷静に状況を把握、分析するのが君らの仕事なんじゃあないのか?」


 老練な佐官にそう言われれば言い返すべき弁は無い。


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