第三十四話 二人きりの会談
ホウセンは先程例え自分一人でもこの場を制圧、若しくは逃走出来ると判断した。だが本当にそうだろうか。
いくら狂才といえどセラム自身には何の力も無い、戦闘となれば只の子供だ。問題となるのは脇のメイド達だろう。先刻の動きでホウセン自身が鍛え上げた精鋭の部下と互角の動きをすると分かった。だが部下と違う点が一つある。
目だ。
傍に控える部下達はいつ如何なる時も冷静な判断を下す歴戦の兵士の目をしている。大国が誇る特殊部隊のように、ホウセンがそう鍛えたのだ。静かで信頼出来る軍人の目だ。
しかし相手のメイド達の目は冷酷な目だ。感情が読み取りにくいというのは一致しているが、「感情を抑えている」と「感情を凍らせている」点が違う。双方ともにどんな命令も遂行するだろうが、今迄やってきた事が決定的に違う。
あれは暗殺者の目だ。
だとすればどんな手で殺しにくるか分からない。どんな手段も使うだろう。もしセラムを殺したら、例えこの場を乗り切ったとしても残った連中は全生命を賭してホウセンを殺すだろう。
「参ったな。こいつぁ敵わねえや」
ホウセンは背もたれに身を投げ出すようにして椅子ごと微妙に座り位置をずらす。配置した狙撃兵が狙いやすいようにして身の安全を万全にしようとしたのだ。
そんなホウセンの意図を見破ったかのような頃合いでベルがセラムに耳打ちをする。セラムは満足そうに頷き窓から差す日光に身を晒しながら言う。
「ホウセンさん、貴方の狙撃兵は全員始末されたそうです」
「!」
これにはホウセンですら驚かざるを得なかった。狙撃に集中していたとはいえ操術師は自衛隊のレンジャー部隊顔負けの訓練を経験した精鋭部隊。そうそう遅れを取る相手がいるとは思えない。しかも今セラムは「狙撃兵」と言った。つまり狙撃を可能にする兵科がいる事を知っている上にそれを使う策を見破ったのだ。
「驚かれているようですね。ここら辺の種明かしもしたいところですが、僕達の話をするなら二人っきりでしたい。お互い人払いをしませんか?」
ホウセンが少し黙考し、その提案に頷く。まずホウセンの部下が躊躇いなく部屋を出る。ベルはちらりとセラムを見やるが、セラムが「心配ない」とばかりに小さく手を挙げるとメイド隊を連れて部屋を出て行く。
「よく訓練された良い兵だ。どうも僕の部下は心配性でしてね」
セラムがホウセンの部下を賛辞する。
「僕の部下には無暗に殺す必要は無いと言ってあります。なので先程始末と言いましたがホウセンさんの部下も生きているかもしれません。あれだけの手練れとなるとそこまで手加減出来たかは保証しかねるところですが」
「そいつぁいいニュースだ。まあ駄目だったらしゃーねえ、諦めるさ。俺達の話を始めようじゃねえか。こっちも色々聞きたい事がある」
ホウセンが身を乗り出し何の計算も無く話を聞く態勢に入る。
「何がそんなに不思議でしたか? 貴方が銃器を開発していると気付いている事? これはまあ、実際に狙われましたしね。あの時は半信半疑でしたが、大砲に残った弾痕を見れば銃があると信じざるを得ない。だが火薬は無い。あの時は雨だった。火縄銃だとしたら使い物にならない筈だ。だけど現代式の銃でもない。どちらにせよ雨の中だったとはいえ発砲音が聞こえなかったんですからね。サイレンサーという線も考えましたが明らかに時代を逸しすぎている。初期のサイレンサーって完全に消音は出来ないですよね? なのにあの場では誰も発砲音もマズルフラッシュも気付かなかった。考えられるとしたら完全に現代レベルの銃器類を持っていた場合ですが、その割には狙いがお粗末。それに流石のホウセンさんでもそれは行き過ぎってもんでしょう。そんなものを開発出来るんだったら、より簡単に作れる一時代前の兵器をもっと早い時期に戦線投入しているでしょう」
セラムが机に肘を突き指を組む。
「僕も現代品の再現は苦労してますからね。それがどれだけ困難かは分かります。けど思い出したんです。ホウセンさんには魔法があったじゃないかと。正しいところは分かりませんが発射装置を魔法で代用したんでしょう?」
「その通りだ。言っとくが持ち帰っても再現は出来んぜ。重要なのは俺の頭ん中に入ってる訓練方法だ。こいつぁノワールだろうがそう簡単に真似は出来んだろうよ」
「そうですか。それは残念」
セラムは左程残念そうでもなく肩を竦める。
「俺はまだ納得してねえ。どこから狙撃兵が配置されてると判断した? 何で狙撃位置がばれた? どうしてこんな見事に敵地で連絡が取り合えた?」
「僕の部下も優秀でしてね。暫く前からここに潜入させていました。狙撃兵がいるという前提で動けばこの建物を狙える位置は自ずと決まってくる。そこら一帯に忍ばせました。連絡手段は手や光や音を組み合わせた独自の交信手段です。ホウセンさんはどうやら魔法で連絡を取り合えるようですが」
「ありゃ、ばぁれてたか」
セラム隊にも魔法使いはいる。実戦で役立つようなものではないが、魔力を見る事くらいは出来る。狙撃された時、魔力の柱が規則的に立った事を部下が観測していた。尤もその暗号を解読する事は出来なかった事や、セラムが言った独自の交信手段の中にセラムが発明した望遠鏡が含まれている事は、言うつもりは無いし言う必要も無い事だ。
「それに狙撃兵を配置すると思った根拠は簡単です。さっきも言いましたが、ホウセンさんは戦場だと思わなければ即殺したりはしない。僕が行った行動もそう判断しない範囲だと思っての事です。そしてホウセンさんは戦場でなければ交渉のテーブルに着くが、ここを戦場にする準備はするでしょう」
言い切るセラムにホウセンは素直に感心した。こうまで読み切られるとは思ってもみなかった。捕虜にした時一晩話し合ったのはまずったかもな、とホウセンが口を歪める。
「よっく分かった。あんたが以前のあんたとは違うって事も含めてな。こっからはお話し合いといこうじゃあねえか」
「グッド」
ホウセンが足を組みなおし、セラムが指を解く。




