第三十二話 セラム流交渉術
セラムは自分の隊の主立った士官を招集した。以前から進めていた大戦略、即ちゼイウン公国、ノワール共和国、そしてヴァイス王国北部で勝利しグラーフ王国との戦争に終止符を打つ、短期決戦戦略を進める為である。
セラム隊の佐官級が集まりセラムからの言葉を待つ。
「忙しい中集まってくれてすまない。まずは、知っている者もいるだろうが、僕は新設された参謀部の長となった。以前からある諜報部と各部隊の作戦立案を担っていた者で構成された部局だ」
元は諜報部からもたらされる情報を基に将軍以下各上級部隊長を中心に作戦を立てていたのだが、情報収集と情報操作を諜報部、情報分析と戦略・戦術の立案を参謀部、状況に沿った小規模な作戦立案は各部隊でという区分けにした。
これもまたセラムの発案によるものであるが、軍部ではかねてよりその必要性は一部で唱えられていた。ただ、貴族の発言権が強すぎて現実的な案にはならなかったのだ。早い話、軍部で立てられた作戦に素直に従う貴族が居らず、戦力の大半を貴族が率いる兵で賄っていたからである。参謀部の設立が実現したのは貴族が軍における階級制度に完全に組み込まれたから、そして戦争が本格化し軍部の発言権が強くなったからに他ならない。
「そして改めて紹介する。ここにいるグリエルモ殿は参謀部付きの我が部隊の少佐になった。部隊の中では新参かもしれんが、指揮経験はここにいる誰よりも豊富だ。皆、彼の指示には従うように」
紹介されたグリエルモが頭を下げると、セラム以外のその場の全員が敬礼する。現役時代のグリエルモを知っている者はいないが、セラムが直々に礼を尽くし軍隊に復帰されたと噂になっていた。
「今回の議題だが、大会戦をする場合の戦場の選定をしたい。三国合同で挑める決戦の場だと心得て発言してくれ」
「それならやっておるぞい」
セラムが言い終わるが早いか、グリエルモが手を挙げた。考える間もなくの発言にその場にいる佐官がざわつく。
そんな周囲に係わらずグリエルモが飄然と席を立ち次々と地図を指さす。
「候補としてはいくつかある。各国が散開しつつ歩調を合わせて戦うならばこことこことここ、応戦するならばここ……」
グリエルモが淀みなく次々と戦場を指す。その準備の良さに流石のセラムも舌を巻く。
「驚いたな。こういう議題が来ると予測していたのですか?」
「うんにゃ、わしゃあ備えておっただけじゃよ。何せここに来てから暇人じゃったからのう。こういうのが必要かもしれないというものを調べておった。その一つじゃ。どこで戦うかなんてのは戦場での最重要事項じゃからのう。ま、それを選べるような贅沢は滅多に許されんが」
グリエルモはまるで自慢する様子も無く答える。
「千の備えの内一つ使えれば上等、戦場というのはそういうもんじゃて」
事も無げに言うグリエルモに若い士官達の気も引き締まる。セラムは我が意を得たりと頷いた。
「流石は師匠。それではお聞きしますが、もし三国が集結する一大決戦をやるとなるとどこがよろしいですか?」
「それはここしかあるまいて。旧ヴァイス王国北西部とゼイウン公国の国境付近、現在はグラーフ王国の勢力圏にも接しているこのマレーラ大平原。ここなら南からゼイウン、東から我が国が入り込める。我が国内の通行を許せばノワール共和国の軍も展開可能、集積基地となりうる街もある」
「やはりそこか」
実のところセラムもある程度あたりは付けていたのだ。その上で部下の話を聞き地勢や条件を詰めていくつもりだったに過ぎない。
「ならば皆に通達。一層調練に励め! 特に柔軟な配置転換に対応出来るよう徹底して鍛え上げろ! グリエルモ少佐は参謀部で作戦の立案をしてもらいます。特に敵味方のあらゆる情報を数値化して分析。そういう仕事に長けた者がジオーネ領にいますので参謀部に出向させます。彼らと協力して事に当たってください」
「具体的な作戦とはなんじゃね?」
グリエルモの尤もな質問にセラムは悪戯な笑みを浮かべた。
「今ここでは言えません。参謀部で聞いてください」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
セラムは電撃的に奔走した。参謀部長としてアドルフォに献策、これを半ば強引に納得させるとガイウスに各国との協調を図るよう要請。その際の条件を即断で決定し書簡をしたためてもらった。そして自身は各国の返事を待たずに旅立ったのだ。目的地はグラーフ王国勢力圏内にあるトパの街。現在ホウセンが滞在している街である。
「そろそろ目的地に着きます」
ベルがセラムに言う。トパの街はゼイウン公国とヴァイス王国に対する前線基地として機能している街だ。当然敵地のど真ん中である。にも拘わらずメイド姿のベルを連れたセラムは場違いな貴族のご令嬢として悪目立ちする事間違いなしであった。
「うむ。しかしベルには留守番をしていてもらいたかったな。何度も言うが」
「何度も言いますが私はセラム様をお守りする為に必ずお傍におります。こればかりは譲れません」
格好の問題もさることながら、セラムはジオーネ家を任せられる人物がいるとしたらそれはベル以外にいないと思っている。メイド隊のほぼ半数がノワール共和国、残りの殆どがトパの街に行ってしまい、ヴァイス王国に残るメイド隊は五人しかいない。今こそベルには繋ぎ役としてヴァイス王国に残ってもらい指示を出してもらいたかったのだが。
「まあここまで来て言っても詮の無い事か」
「その通りです。なに、繋ぎ役にプリシッラを残しております。彼女なら不足なくやってくれるでしょう。さて、これよりは死地。心の準備はよろしいですか? セラム様」
「宜しいも宜しくないもあるものか。既に街の中にメイド隊が入り込み、僕自身もここまで来てしまった。後は行動するのみだ」
セラムは腰鞄を開け愛おしそうに中の物を取り出す。それはヴィレムの形見のマフラーだった。寸法を間違えたというあまりにも長いマフラー。だがそれで良い。セラムとヴィレム、二人分の想いを包み巻けるのだから。
「死地に臨むならばこれが無いといけない」
セラムはマフラーを巻き後ろ手でぎゅっと結ぶ。
「さて、行こうか」
セラム一行が街に入ると程なくしてメイド姿の二人組がセラム達に近づいてきた。メイド隊の一員である。その二人はセラム達に合流すると歩を合わせながら耳打ちする。
「この先の酒場でグラーフ王国兵が屯しております」
「じゃあそいつらに呼び出してもらおうか」
メイド三人に囲まれた貴族のご令嬢は上機嫌に笑う。そのまま彼女達が場違いな酒場へと入るのを奇異な目で通行人達が見ていたが、その店が柄の悪いグラーフ王国駐屯兵の御用達の店だと気付くと触らぬ神に祟りなしとばかりに目を背けて過ぎ去った。
「ごめんくださいませ」
喧噪響く酒場によく通る少女の声が伝わった。ちらりと見る店主、珍しい物を見るような目つきの男達、そして威張り散らしていたのを中断して好色そうな視線を投げる帯剣した男達が五人。
それらを見渡してセラムは少々の静寂が流れた店内で低く呟いた。
「減らせ」
肉食獣の呻きにも似たその声と共にメイド達が一斉に恭しくスカートの裾を摘み広げ一礼する。途端に固く重い音が足元で踊る。音の正体がスカートの中から落ちたクロスボウやナイフ、果てはボーラ(二つの錘を縄で繋いだ拘束用の投擲武器)等、様々な武器、暗器が床を打ち付ける音だと男達が正しく認識した時にはもう遅かった。
グラーフ王国の兵は二人がその命を刈り取られ、残り三人はメイド隊に取り押さえられる。店の客が騒ぎ出し狂乱の元から遠ざかろうとし、店主は喚く。
「お、おい! 俺の店で暴れるんじゃねえ!」
その騒動の中心でセラムはクロスボウを一つ取り天井に向かって発射する。発射音が小さい為映画の威嚇射撃のようには決まらないが、それでもその行動が意味するところは店内の皆が理解してくれた。
「我々が用があるのはそこの彼らだけです。無関係な客は速やかに出て行って近寄らない事をお奨めします。店主、暫しこのお店をお借りします」
「てめえ何言って……!」
セラムは矢を装填し口答えする店主にクロスボウを突きつけた。その目を見た店主は口を開けたままそれ以上何も言えなくなった。ぞろぞろと客が店を出る中、その列に加わった店主が店を出る間際呟いた。
「あの目、まるで爬虫類の目だ。何の感情も映っちゃいねえ……。あれ以上口答えしたら間違いなく撃たれてた……」
静かになった店内に残ったのはセラムとメイド隊の四人と椅子に縛り付けられたグラーフ王国兵の三人、そして物言わぬ死体が二体になった。
「貴様ら俺達をグラーフ王国ホウセン将軍旗下第十六歩兵隊と知っての蛮行か! こんな事をしてただで済むと思うなよ!」
セラムは鞘に納まった短剣で自分の手を叩く。その音を合図にメイドが兵士の一人の指を折る。
「ぎゃあっ!」
「おい! そんな事をして無事に……」
セラムの短剣がリズムを刻む。その音と共に枝が圧し折れるような音が連続した。
「あっあっ! うああ……っ」
「そいつは何も喋ってないだろう! 俺を……」
「ぎゃあああ!」
遂にもう片方の手の指に突入し、威勢が良かった兵士も黙った。十本の指が折られたところで漸くセラムが口を開く。
「今から貴様の拘束を解く。ホウセンさんに言伝をしてここに呼んできてください。『セラムが話をしに来た』と」
メイドが指の折れた兵士だけを解放する。涙と鼻水を垂れ流しながらよろよろと立ち上がる兵士にセラムは薄笑いを浮かべて追撃の言の刃を刺す。
「二十分待ちます。それ以降は五分毎にこの人達の指を折っていきます。信義に悖ると判断される行為が確認された時にはこの人達の命の保証はしません。では、ダッシュ!」
セラムが短剣の鞘で手を鳴らす。その音に反応して解放された兵士は「ひいぃ!」と鳴きながら走っていった。
「セラム様、一人でという条件を足さなくてもよろしかったので?」
「大丈夫だろう。ホウセンさんの性格上、話をすると言ってきた奴に無粋な真似はしない。一人で来いなどと言って此方が警戒している事を伝えてしまうと逆に条件を無視して捕らえに来かねない。基本部下を大事にするけど、非常に冷静で如才の無い判断をするお人だからな」
セラムは店を見回すと、カウンターの奥にある二階へと続く階段へ歩いた。
「さて、その人達を運び込みましょうか。二階は住居になっているようですから、そちらで話し合いをするとしましょう」
セラムが歩くと背中で長いマフラーの先が揺れる。それを見てグラーフ王国の兵士達は気付いた。この少女がヴァイスの首巻鬼、魔人セラムだと。




