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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
222/292

第三十一話 残虐

 ノワール共和国とグラーフ王国の国境付近には弛緩した空気が流れていた。一時期は散発した戦闘によりグラーフ王国軍の部隊が壊滅した件で警戒態勢になっていたものの、上の方で和平工作が進んでいるという噂が兵卒にまで広がっていた為、誰も真面目に戦闘しようとは思わなくなっていたのだ。

 特に彼らの将軍であるユーリ・サヴエリエフが懐柔工作を得意としている事と、ノワール共和国から積極的に攻め込む事が皆無だったのが説得力を増し、油断を蔓延させる一因となっていた。

 そう、油断だった。駐屯している街の中で武器庫として使っている施設に見張りを一人しか置いていなかったのも、そもそも警邏の兵士が不真面目であったのも、全身甲冑を着た兵士の一団が街を出る時の命令書が偽物だと見抜けなかったのも。


「上手くいったようですねェ」


 物々しい重装備の一団の先頭にいた者が遠くに見える街を振り返った。その甲冑姿に見合わぬ妖艶な声の主は兜の面当てを跳ね上げる。夜の帳の中にあってその瞳はなお深く黒く、口角を歪ませるように笑ったその顔には嘲りが張り付いていた。


「もっと殺さなければならないかと思っていましたが、重畳重畳。お目当ての物は十七着手に入った事ですし、このまま国境を越えてしまいましょう」


 十七の影は夜の間に国境を越えノワール共和国に隠れ潜むべく歩く。セラムからの密命を帯びたデメトリア率いるメイド隊だった。総勢三十五名いるメイド隊の内、半数の十七名を動員しての極秘任務。軍を使わず身内のみで遂行する事がその任務の重要性、そして不善性を物語っていた。

 任務内容は「どんな手を使ってでもノワール共和国の好戦感情を引き出しグラーフ王国とノワール共和国の戦端を開かせろ」である。

 セラムが魔物討伐へ赴く前にベルに命令しておいたこの任務の手法として、「自演」する事を一例として挙げた。国境付近でどこからともなく(・・・・・・・・)飛んできた敵の攻撃が不幸にも善良な市民を殺した、としばしば近代でも戦争の大義名分を得る為に使われる手法である。

 しかしデメトリアはこれを良しとしなかった。正確にはこれだけでは(・・・・・・)良しとしなかった。


「それにしてもお嬢様もわたくし好みに育ってきてしまいましたねェ。このような任務を申し付けるなど」


「わたしは少し悲しいです。あんなにお優しくあられた方が」


 メイドの一人がデメトリアに答える。その言葉にデメトリアは大仰に天を仰いで嘆いた。


「わたくしとて純粋なままのお嬢様でいてほしかった! でも純粋であるほど憎らしく、壊したくなる感情が湧き上がる! ああこの複雑なお・と・め・ご・こ・ろ」


 そんなデメトリアにメイドは慣れた様子で相槌を打つ。


「ああっ純白の花が汚れていく。この恍惚と無念よ! どんどん近しくなるお嬢様に遺憾を覚えつつも親しみを感じてしまうわたくしをお許しください!」


 デメトリアは激しく項垂れ兜から一束の髪を垂らす。年若のメイドがその背を撫で囁いた。


「さあデメトリア様、もう少しで国境を越えます。もう少し兵士の振りを続けましょう」


 警戒の薄い地点から国境を越え身を隠し鎧を脱ぐ。その足でデメトリア一行は予め調べておいた付近の山賊のアジトに乗り込んだ。


「ああ? 女の集団が話をしたいとやって来ただと?」


 山賊の頭は部下が新しい冗談を覚えてきたのかと思った。


「んなもんカモがネギしょってきただけじゃねえか。そのイカレ女ども全員とっ捕まえてヤッちまえばいいだろが」


「いやあ、それがあまりに堂々としてるもんで、どうしたもんかと思いまして」


 すると入口の方から男の怒鳴り声と複数の足音が近づいてくる。


「お、おい! 勝手に入るんじゃ……」


「わたくし達はあなた方の頭領に用があるんですよ。下っ端には用は無いの」


 現れたのは妖艶な女を先頭にした集団。格好こそは動き易い服を着ているが、デメトリア率いるメイド隊であった。


「なんだなんだ、随分美人なネエちゃん達じゃねえか。俺達とヤりたいのかい?」


 山賊頭の下卑た笑いにも動じずデメトリアは胸元を強調した格好で傲然と言い放つ。


「残念ながら今日はあなたと取引に来たの。でもきっとお互いにとって良い話よん?」


「そんなもんより目の前に十人以上のお宝があるじゃねえか。そっちの方が魅力的だなあ」


 山賊頭の目配せで山賊達がメイド隊を取り囲む。それでも誰一人動揺する様子は無かった。ただただ冷たい目が光っただけだ。


「あら、話だけでも聞いた方が良いと思うけど」


「……いいぜ、話してみな」


 デメトリアの言葉に山賊頭が顎で促す。


「あなた達に襲ってほしい村があるの。条件はここにある甲冑を身に付ける事。そこの村人や財産はあなた達の好きにしていいわん」


「はっ、おいおい、俺達をザンギャック一味と知っての事か? そいつらがどうなっても本当に知らねえぜ?」


「それはちょっと困るわねん。もう一つの条件として、子供を一人だけ逃がしてほしいのよ。それさえ守ってもらえれば後はお好きなように」


 デメトリアの条件にさも可笑しいとばかりに山賊達が笑い出す。厭らしくにやついた笑いは感情を逆撫でする事が目的としか思えない腐った性根を表していた。


「あら、そんなに面白かった?」


「ああ、すまねえな。何を言うかと思ったらって可笑しくなってな。そりゃあ俺達がよくやるこった。別に指図されんでもいつかはやるさ」


「あら、条件は守ってもらわなくちゃ。それになるべく早い方が良いの」


「なんであんたの言う事聞かなきゃならねえ。それに……」


 山賊達が包囲を狭める。顔には一様に下品な笑いがこびりついていた。


「あんたらごと頂いちまわねえ理由がねえわな」


 山賊頭が言い終わるや否や動いたのはメイド隊だった。どこから取り出したのか、それぞれ山賊にナイフを突きつけ、或いは組み付いている。一人は弓を取り出し山賊頭に狙いを定めている。瞬きの間の出来事だった。

 面食らった山賊達が次の行動に出る前にデメトリアが指を高らかに鳴らす。それを合図にメイド隊の一人が山賊の腕を切りつけた。


「が……あっ……あ」


 すると腕を切りつけられた山賊が異様な苦しみ方で喉を抑える。他の山賊が驚き抵抗しようとする寸前を見計らってデメトリアの大音声が室内に響いた。


「動くな」


 そのよく通る声は冷徹で低く、地獄の底を這い回った悪鬼のような凄みを内包していた。その威圧感に山賊達の動きが止まる。


「そのナイフには毒が塗ってある。わたし達が使う拷問用の神経毒だ。勿論全員のナイフにだ。そして解毒剤はここにある。但し一人分だ。そいつを助けたければわたしの言う事をきけ。さもなくば全員殺す。苦しめて殺す」


 その言葉はひたすらに冷たく、抑揚が無い。デメトリアの宣言の中、毒が回りつつある山賊の微かな呻きと床を掻き毟る音だけが聞こえる。誰もが表情も凍り動く事が出来なかった。荒くれ物を束ねている矜持なのか、山賊頭だけは何とか笑みを張り付けていた。


「二十秒で決めろ」


「おいおい、俺達を脅そうってのか? んな事をして無事帰れると思ってんのか?」


「十二秒、十一、十」


 デメトリアもメイド隊も誰一人表情を動かす者はいない。生き物らしさがまるで無い。ナイフで切り付けられた山賊だけが鉄板に焼かれる蛆虫のように苦し気に蠢いている。


「……五、四」


「分かった分かった! やるよ!」


 山賊頭の降参の身振りを確認してデメトリアが解毒剤をメイドに投げる。受け取ったメイドが苦しむ山賊の口を握り潰すように強引に開かせると、それを口の中に放り込み切りつけた腕の根元を素早く縛る。徐々にではあるが山賊の呼吸が規則正しくなってゆく。


「交渉成立ですねェ。いやあ重畳重畳、一人も殺さなくてよいとはなんて素晴らしい仕事なんでしょう」


 元の妖艶さを前面に出しデメトリアが笑う。その笑みは最早獲物を眼前にした毒蛇のそれにしか見えなかった。形だけの無機質で酷薄な笑みに山賊頭が堪え切れず身震いする。


「あ、あんたら何モンなんだ」


「ふふ、さあてね。ではすぐにでも出発してもらいましょうか。ちゃあんと見ててあげますから」


 毒蛇(デメトリア)の舌なめずりにそれ以上逆らう気が萎んだ山賊頭であった。

 その日の夜、ノワール共和国とグラーフ王国の国境付近の村が一つ滅んだ。男は殺され、女は犯されてから殺され、ありとあらゆる死体が弄ばれていた。金、食べ物、酒、宝飾品、全て根こそぎ無くなっていた。その中で唯一の生存者である十一歳の男の子は隣の村へ命からがら辿り着くと、目の前で両親を殺され姉と妹を犯されたと涙ながらに訴えた。村を襲った男達はグラーフ王国の鎧を着ていたと悲痛な叫びを上げた。

デメトリアはザンギャック一味の元アジトで任務の首尾を聞き、満足気に頷いた。


「重畳重畳、これでノワール国民はグラーフ王国に対する敵意を高めるでしょう。セラムお嬢様曰く、民主主義国家は国民感情を無視出来ない。放っておいても噂は広まるでしょうが……、更に一押し煽ってやれば国ごと戦意は向上するでしょうねえ」


 デメトリアは持っていたモノを手の上で回しながら妖艶に微笑んだ。そのデメトリアにメイドの一人が無感情に報告する。


「武具と死体の埋却、終了しました」


「ご苦労さまん。……それにしても」


 手の上で回していたモノを止め掲げてみせる。


「また殺してしまったわん。大量に殺さなければいけないなんて、任務とはいえ、ああなんて悲しいんでしょう」


 掲げ持ったモノに向かって言う。それは山賊頭の首だった。デメトリアがそれを放り投げると首は地面を転がり掘ってあった穴に収まる。メイドが土で穴を埋めた後「全員の処理を完了」と言った。


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