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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
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「ジオーネ領主館事務員トマス曰く」

 はじめまして、俺はトマス。ジオーネ領で働いている事務員だ。代々ジオーネ家に仕えているという糞みたいな理由で俺もここで働く事になったのが十年ほど前。うちの爺様がエルゲント将軍の侍従長をしているから俺に選択権は無かった。まあ職業を自由に選べるなどという贅沢が許されるのは極々一部の幸運な者だけだ。仕方がない。


 とはいえ実のところそんなに不満はない。なぜなら俺の仕事は金勘定という崇高なものだからだ。なんと素晴らしい事か、その時点でもう人生の楽しみの半分を独り占めしているようなものだ。

 が、正直言って全く不満がないという訳でもない。それはジオーネ家、というかジオーネ領がその高い地位にも関わらず貧乏くさいからだ。そもそもヴァイス王国自体が小国だという欠点もあるのだが、それでもレナルド国王の行った交易重視政策への転換により国の規模に比して豊かにはなった。しかしそれは商人を中心とした一部に過ぎず、特に何の産業もないジオーネ領にはあまり恩恵を感じるものではなかった。だがまあ治安は良かったので平和に暮らしてはいた。去年の三月まではな。


 昨年四月に事件は起こった。元々一昨年から始まった戦争の所為で多少の不安は広がってはいたものの、皆、エルゲント将軍がいれば何とかなるという意識があったように思う。ところがヴァイス王国北部の大戦でエルゲント将軍が戦死してから一気にきな臭くなってきた。後継者は若干十二歳のセラムお嬢様。不安になるなというのが無理な話だ。

 領内の内政はまだ俺達がいる。今までもエルゲント将軍が留守の時は多かったし、そういう時は侍従長の爺様を始めとする行政官がやりくりしていた。お嬢様が妙な口出しをしない限りは何とかなる、そう思っていた。

 正直この時のお嬢様の評価は箱入り娘。読書好きらしいと伝え聞いただけで、碌に見たことすら無かった。今まで蝶よ花よと育てられた貴族の娘など期待できるものじゃない。精々出しゃばらないでくれと思っていた。


 その予想は裏切られることになる。と言っても良い方にだ。


 彼女は目を覚ますとすぐに戦場に向かった。自ら死にに行くんじゃない、と内心思っていたのだが、無事帰ってくると彼女は教会や工房、商店などに挨拶回りを始めた。代替わりしたのだから大事なことだ。思ったよりも無難な領主で安心したというのがその時の心境だ。

 しかしそれだけのお人ではなかった。彼女はすぐに新発明をして工房に活気を呼び起こした。そのボルトとナットは今ではジオーネ領の代表的な産業だ。


 この時期、彼女はいくつか大きな発明をしている。中でも手押しポンプと綿の加工機械は評価したい。この二つはのちのジオーネ領の発展に圧倒的な影響を及ぼすだろう。

 すぐに影響が出たのは手押しポンプ、というより水道設備の充実だ。彼女は各家庭に水がいき渡るように水道管の敷設を進めた。絶対財源足りないだろうと当時は頭を痛めたものだが、どうやら様々なところから借金をして賄ったらしい。それを聞いた時は周りの人間は「終わったなこの街」と嘆いていたが、奴らは先が見えていなかったのだな。借金があれば終わりという単純思考だから貧乏から抜け出せないのだ。


 まあ後からならなんとでも言える。俺だって不安だらけだったからな。そりゃあそうだ、有能な領主様が戦死したと思ったらまだまだガキの娘さんが後を継いで借金こさえたんだから不安にならない奴はいない。

 けれどちゃんと考えてのことだったんだろうな。住民の利便性を向上させ、その上で水道税という新たな財源を作った。金を取ることに忌避感を持った人も説き伏せた。説明会は痛快なものだったな。

 お嬢様はこう言ったんだ。


「あなた方は毎日水汲みにどれだけの時間を費やしていますか?」


「いや……どうでしょう、分かりません」


 そう言う住民に「この地域は約二時間です」という補佐官の補足説明が入った。


「二時間。ではあなたが二時間分働いた場合の収入は幾らでしょう」


「さあ……」


「年間の石高がこれだけで……一人分の税収がこれ……一日分に割り、更に二時間分にすると……」


 更に補佐官から詳細な補足説明が入る。これが可能なのは自慢じゃないが俺達事務員のお陰だ。


 そうそう、一つ忘れていた。お嬢様の重要な発明に「簿記」がある。発明と言うのが適当なのか迷うところだが、これは要は「しっかりした帳簿の付け方」を体系化したもんだ。俺達事務員はまずこれを身に付ける事が仕事になった。地味だがこれによって「不正」と「いい加減」が蔓延る会計管理が正されたんだ。

 しかもお嬢様はとにかく数字で表すことを求める。だから一日当たり一人分の稼ぎがいくらなんていう細かい事でも即答できるんだ。


「この二時間分の収入が多く入る。しかも面倒でしんどい力仕事が一つ無くなるんです。それも加えて考えてください。一か月にこれだけのお金を払う価値はあるんじゃないでしょうか」


 こう言われては誰からも反論が来なかった。毎日「なんとなく」で仕事をしていた人間には目から鱗だったんじゃないだろうか。金を払うことで収入が増えるなんていう説明をされたわけだが、それが数字で表れると俄然説得力が増す。


 この一家庭に一水道という政策は国中の興味を引いた。新産業ができ、様々な発明をし、新しい政策を掲げるこの街に住みたいという人間が増えたのだ。人口は数か月で爆発的に増え、その人たちの住居を作るために必然土木を中心に仕事が増える。更に水道を敷設するために公共事業が増え雇用が増える。雇用が増えれば住みたい人が増えるという好景気の好循環が発生した。


 おかげで後期の決算を試算してみたら桁が二桁違っていた。これで貧乏とはおさらばだ。なんと素晴らしいことか。

 借金はどうなったかって? あんなもん、とっくに熨斗付けて返したよ。帳簿的には借金も収入なんだが、来年度からはその項目に繰入金という女神様が鎮座なさる。その輝きのためなら毎日お嬢様を拝んだっていい。拝むだけならタダだ。


 綿加工関連も軌道に乗り始めている。元々綿はレナルド国王が国策として始めた産業だ。そもそも需要が大きい。お嬢様の言葉を借りれば


「その糸を手で織る時間は何時間掛かる? その時間が短縮できるならその分製品が多くできる。一分一秒速くなれば一日の生産量がいくらいくら増える。つまりこれは『コスト』の問題だ」


 ということだ。お嬢様に教えていただいたこの『コスト』を全員が意識すればより女神様が増えるだろう。素晴らしい未来だ。

 初期投資は俺が五百年働いても返せない目ん玉飛び出る額だったが、恐らくそれも数年で返し、それ以降は利益がひたすらに増えていくだろう。


 そういえばこの頃住民の病気の件数も減っている。お嬢様は「これも水道の効果だ」と言っていたが、なんだったか……。

 そうだ、『衛生』だ。住む所を綺麗にすることで病気の原因が減る、衛生観念が大事だとお嬢様は言っていた。この『データ』も『グラフ』にして纏めておけと言われていたな。あのお嬢様の元で働いているとどうも知らん単語と新しい仕事ばかりで大変だ。張り合いは出てきたがな。


 精々金という女神様を増やす為に長生きしてほしいね。魔族容疑? 知らん。女神様が増えるんなら人間じゃなくたって構わんだろう?


   ジオーネ領主館事務員トマス曰く


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