第二十話 軍制改革その2
セラムは紙の図案を指しながら説明する。
「まず階級を一新し城の常備兵だけでなく貴族にも階級を当てはめます。爵位とは別の命令系統を作るのです。これは元帥を最上とし、将官、佐官、尉官に大中小を振り分けます。大将、中将、少将、その次が大佐、中佐、というように続きます。騎士より下の兵卒に関しては曹長、軍曹、伍長、兵長、上等兵、一等兵、二等兵と細かく階級を作ります。隊を作る場合この階級に沿って命令系統が出来上がります。補充兵等で同じ階級同士の場合は先任の者が上となります」
旧日本軍の階級制度を引っ張り出してきただけの物ではあるが、若干十二歳のセラムがこれだけの物を作ったとあってアドルフォは感嘆の声を上げる。
「凄いな、これを短期間で一人で考えたのか。だが誰にどの位を当てはめるんだ?」
「取り敢えずは千人長を中佐、百人長を中尉、十人長を兵長、侯爵を大佐、伯爵を中佐、子爵を少佐、男爵を大尉、騎士を少尉とするつもりです。この制度は貴族も階級を持つ事がミソです。これにより現場の命令系統を一括出来ます。また、アドルフォさんが実力を認める者は最初から一つ上の位でもいいでしょう。無論今後実績を見せた者は適宜抜擢していきます。本当は全て実力主義でいきたいところですが……」
封建制の社会に無理矢理近代制度をこじ入れるのだから簡単にはいかない。
「ですが世襲や金を積んで位を買う今より無能が上に行く事は少なくなるでしょう」
「今の言葉は聞かなかった事にしよう。ともすれば不敬罪に取られかねんぞ」
「失礼しました。そんなつもりは無かったのですが」
つい王制である事を忘れてしまっていた。確かに今のは人に聞かれれば王族批判と取られても仕方ない。
「で、それより上の位はどうするのだ? 今までの話では公爵と副隊長、そしてセラム殿が出ていないが」
「その事ですが、リカルド公爵は中将で。そしてここからが重要なのですが、まず元帥を亡き父上に据えようと思います」
「ほう」
「一番上は象徴的な意味合いにして相応の実績と他薦がないと就けないようにします。死者を抜かすのは中々難しいですからね。この措置はダリオ副将軍への牽制にもなります」
「なるほど」
「大将にはアドルフォさん、貴方にやって頂きたい」
「そうきたか。しかしさっきも言った通りそのような重責が務まる体ではないのだ」
「実務は僕が受け持ちます。ですが決定権は貴方に持っていて頂きたい」
「責任だけ取れと。言いおるの」
ピンと空気が張る中、お互いふっと笑う。セラムは緊張しながらもここだけは譲れないと態度を固めた。今の混沌とした軍内を纏めるのは自分には荷が重い。
息が苦しい。呼吸をすれば場の雰囲気に意志が押されてしまいそうだ。
数分は経ったろうか。アドルフォが根負けしたように息を抜いた。
「分かった。引き受けよう。……で、ダリオはどうする」
「ダリオ副将軍には中将をやって頂こうかと」
「納得せんだろう」
「でしょうね。念の為アドルフォさんの護衛を増やします」
「私を囮にするつもりか」
「何事も無ければそれでいいのです。ですが万が一何かしらの行動に出た時は糾弾して降格、あわよくば追放するつもりです。彼にそこまでの度胸があればですが」
「ふう。この短時間であなたへの見方が随分変わったよ。あの小さなお嬢さんが逞しくなったものだ」
「褒め言葉と受け取っておきます」
(そういえば小さい頃に会っているのだったな)
『僕』としては覚えていないが、とセラムは心の中で付け足した。
アドルフォが思い出したように口を開く。
「そういえばセラム殿はどの位に就くのだ?」
「僕は少将を賜りたく」
「分かった。だが今国王は療養中で政務が滞っている。その案をどこへ持っていくつもりだ?」
「ガイウス宰相から働きかけてもらおうと思っています。アドルフォさんの了承があれば多少強引にでも通せるんじゃないかと」
「なるほど。書状を書いておこう」
セラムが去る間際にアドルフォが声をかける。
「あなたは良い将軍になると心から思うよ」




