第二十三話 対オーク戦その3
草を分ける音と共にそれらは現れた。
「オ、オンナ」
「オォオンナァ」
オークは二体同時にやってきた。どうやら仲間の悲鳴を聞きつけてしまったらしい。
「おっさん!」
「俺は手を出さん」
「ちっ、やっぱな。セラムはん、邪魔んならん程度にウチから離れんなっ」
カゴメが引き付けるように一歩前へ出る。しかしオークは二手に分かれ一匹がカゴメに相対し、一匹はセラムに向かって走ってきた。オークの習性として女を襲うというものがある。動く様子の無いバルナバを狙わないあたり狙いはあくまで女という事だろう。しかしその動きは本能のみに非ず、拙いながら連携のようなものを見せており、知性を感じさせる動きだった。
「マズっ、セラムはん一匹行った!」
セラムは横薙ぎにくる剣の一撃を避けるべく動こうとした。しかし生理の所為で思うように力が入らない。
「くっ」
何とか身を屈めて、というよりも腰から崩れ落ちるようになりながら前のめりに一撃を避ける。続く斬撃を後方に跳んで避ける。翻ったスカートが半ばまで切り裂かれた。走って距離を稼ぎながら短剣を構えるものの、このままではいつ捕まるか知れない。
オークは魔物の中では弱い部類とは言うものの、銃でも無い限り立ち向かおうという気すら起きない化け物であるとセラムは感じた。獣とは違い連携を取る程の知性を持ち、普通の人間よりずっと強い筋力を振るう魔物。ゴリラと戦う感覚に近いのではないだろうかとセラムは思う。
セラムの脳裏に剣で叩き斬られる光景、いや、それどころか無力化され捕まり生き地獄を味わうという、それ以上に悪い状況が浮かんで額から熱を奪った。
そんなセラムを横目で見やりカゴメは焦燥に晒された。カゴメの秘剣、ラプラスを以てすれば時間さえ掛ければこのまま一人で二匹を相手にしても二匹共行動不能にさせる事は出来るだろう。殺しても良いならば尚の事造作も無い。但しそれは一対二の場合だ。
元々秘剣ラプラスは危機感知能力を最大限に鍛え上げ、筋力や体力で劣るカゴメが男共に対抗する為に磨き上げた剣である。無駄な動きを無くし敵の動きを予測し、または誘い利用する事により力が無くとも事足りるようにした剣術である。
故にその特性は究極の待ちの剣。通常使う一の型は敵の動きに合わせ反撃する、後の先の極みである。
(けどそれじゃあセラムはんは守れん。二の型を使うか? けどあれは敵の初速を越えた速度で攻撃をされる前に攻撃する剣。ウチの限界を超えた動きを要求される。そう続かんしその後碌に動けんようになってまう)
カゴメの筋力では刀を持っていられなくなるような筋力の限界も並みの男より早く訪れる。二の型を使うのはそれをより早める諸刃の剣だった。
「ブフォオウ!」
セラム側のオークが鼻息荒く突進を始める。一方カゴメ側のオークは足止めが最優先とばかりに慎重に間合いを詰める。カゴメを強敵と見ての動きだった。
単純に得物の長さや体躯の大きさで見定めているのかもしれないが、下手をすれば以前の山族よりも賢いくらいだ。
「ちいっ、迷ってる暇ぁ無いか!」
――秘剣ラプラス、二の型ァ!
カゴメの気迫が目の前のオークを押す。一瞬でも気圧された時にはもう遅い。カゴメが間合いに入っていたと気付いたオークが動こうとするその起点を、カゴメの刀が悉く薙ぐ。オークが痛みを感じ身じろいだ隙に脚の腱を閃光が刈り取る。一匹が行動不能になるまでに四秒と掛からなかった。
草や枯れ木を跳ね飛ばしながら方向転換しセラム側のオークに突貫する。オークは剣を振り上げ今にもセラムの肩に落とさんとしていた。対するセラムの動きは明らかに鈍い。山賊と戦った時とは比べ物にならない状態で、とても次の一撃を避けられそうにない。
「こっちや豚野郎!」
オークがゆっくりと振り返る、ようにカゴメには見えていた。オークやセラムを含む周り全てがゆっくりと動いていた。
今、カゴメの意識は加速していた。此方の動きを確かめたオークの振り上げた剣が向かう先を変えるべく力を込めるのも、セラムが合わせて後ろに飛び退こうと足先で大地を蹴るのも、バルナバが視線だけでカゴメの動きを追っているのも全て視えていた。
カゴメは自分の剣先が届く中で一番効果的な箇所を見定める。次に敵の動きに合わせて態勢が崩れないよう躱せる動きを想像し、実現する。
オークの一撃が地面を叩いた。同時にオークのつま先が切れ飛ぶ。オークが鋭い痛みに気付き怯んだ時にはカゴメはその背後を取っていた。
「五月雨!」
降り続く剣閃の雨がオークの肢体を切り刻む。堪らず膝を突いたオークの首にセラムの短剣が突き立ち、オークは二度と立ち上がる事を許されなかった。
「最後や」
三匹目のオークは殺されまいと声を上げ腕を振り上げるものの、カゴメの刀によって地面にその手を縫い付けられる。セラムが動けなくなったオークに止めを刺すと、二人の間に笑顔と弛緩した空気が漏れた。
それがいけなかった。突如大気を震わす大音声と共に巨体が木々の奥から現れる。
「四匹目!?」
情報に無いそのオークは他の個体よりも一回り大きく、傷跡も生々しく刻まれていた。恐らくこのオーク達のボスであろうそれは、草花を踏み荒らしながら真っ直ぐカゴメに突進し丸太の様な大棍棒を振り上げる。
(攻撃の幅が広いっ。避ける線は……下に大きく動くしかあらへん!)
が、酷使を重ねたカゴメの肉体は意識の期待に応えられず反応が遅れた。
(避けられん! あれに当たれば一撃で沈む。まずいっ!)
その時だった。セラムが猛然とボスオークの斜め後ろに走り込み、木を蹴って強引に方向を急転換し飛び掛かる。
「うおおおおお!」
振り上げた腕の根本に渾身の一撃が刺さる。それはボスオークの動きを一瞬止めただけに過ぎなかったが、カゴメにとってはそれだけで十分だった。
地響きが轟く。ボスオークの大棍棒は地面を激しく揺らした。カゴメは寸でのところでその下を掻い潜りながら両脚を斬り払い、その勢いのままに股を潜る。
「グアアアアアッ」
ボスオークが苦し紛れに振った腕でセラムが振り飛ばされる。しかしその間にカゴメの呼吸が整った。
「一の型ッ」
激しい動きは秘剣ラプラスの格好の餌食だった。ボスオークが攻撃を繰り出す度にカゴメの刀は肉を刻み骨を断つ。動けばその全てが仇となる、敵にとっては地獄のような時間だろう。
一対一ならばカゴメに勝てる相手はそうはいない。血液を失い、やがてボスオークが動けなくなるまでカゴメは斬り続けた。
「今やセラムはん!」
その頃にはセラムも動けるようになっていた。腕の根本が当たって振り飛ばされただけである上、地面も柔らかい土だった為に大して痛手は負っていなかったのだ。
「はあああっ!」
セラムが飛ぶ。その一撃を避けようとしたボスオークをカゴメの刀が突き刺し留める。ボスオークは首から血飛沫をあげ断末魔と共に地面に沈んだ。
今度こそ、そう思ったら二人の身体から力が抜けた。その瞬間小さな金属音がセラムの鼓膜を打ち付けた。
初めからそれが狙いだとしたらこれ以上無い瞬間だったろう。続く空を切り裂く音の正体が、バルナバの懐から取り出した折り畳み式の小型クロスボウが展開し、装填されていた矢が命を刈り取るべく放たれた音だと気付いた時にはもう手遅れだった。




