第十九話 軍制改革
「ところでアドルフォさん。今後の事ですが」
「……頭の痛い話ですな」
「怪我人に聞かせる話でもないのですが、事態は急を要します。申しわけありませんが」
改めて見舞いの品を持ってきたのはこの話をするためであった。会議室での話とベルの情報を合わせて、セラムなりに状況を整理した結果を基にアドルフォと相談するために。
アドルフォも副将軍の顔になり、口調を正す。
「我軍はダリオ副将軍が率いる防衛部隊が第三防衛線まで下がり陣を張っています」
「敵の動向はどうなっている?」
「ヴィグエントを占領後大きな動きを見せていません」
「拠点にし牽制するつもりか」
「恐らく。それに敵は我が国だけと戦争しているわけではありません。増兵が無いという事はこちらにあまり戦力を割けない状況にあるのではないかと」
「確かに、徹底的に叩く気があるのなら今こそ全力で来るべきだろうしな」
「そこなのですが……。我軍が非常にまずい状態でして」
「何となく予想はできるが……。何があった」
「リカルド公爵の軍が戦列を離れ自分の領地に帰っていったそうです」
「なに?」
「直接の原因は不明ですが、ダリオ副将軍が暴走を始めて付いていけなくなったのではないかと噂が立っています」
アドルフォが盛大に溜息をつく。
「エルゲント将軍が亡くなり自分もこんな状態だ。奴の事だからいつかはそうなるんじゃないかと思ってはいたが」
「予想より早かったようですね。私が一番偉いと公言して身勝手な振る舞いを繰り返しているようです。元々そのきらいがあるお方で人望は無かったようですが、抑え役がいなくなったことで張り切っているのでしょうね」
「奴よりリカルド公爵のほうが爵位も上だしな。下に付いて守る意味も無くなったのだろう。何かと身分の差を口に出す奴だったから特に鼻についたのかもな」
ダリオとアドルフォは副将軍として位が同じではあるが、ダリオの方が身分は上だった。騎士からの叩き上げで副将軍まで登ったアドルフォに何かと身分を引き合いにして嫌味を言っていた経緯がある。
「全く、無能な働き者ほどたちが悪い」
「今のは聞かなかった事にしておきます」
セラムが苦笑する。予想以上に犬猿の仲らしい。
ここからがセラムの本題だった。ポケットから紙を取り出し腹案を提示する。
「そこで軍体制の改革を考えました。現状軍部のトップが二人になっている事が最大の問題です。しかしながら慣習でいくとダリオ副将軍が次期将軍になる可能性が高い。そこで軍の階級制度を別のものに置き換え、そのトップにアドルフォさんを据えることによって事態を収拾する……」
「待て待て。そんな事をしなくてもここに将軍候補ならいるじゃないか」
そうセラムを指差す。
「……ご冗談を」
「いや、冗談などではない。慣習というならエルゲント将軍は世襲していたし、実の子がここにいる。先の撤退戦やここ数日で兵の人気も高まってきているぞ。『戦女神』とか『天使』とか負傷兵が話していたのを聞いている。それに私はもう将軍役が務まるような体ではない」
「そんな恥ずかしい噂が……」
「私も見ていて率いるに足る器だと思っているよ」
恐らくこれがゲームのシナリオなのだろう。放っておけば将軍になれるかもしれない。だがセラム自身は納得していなかった。何一つ成し得ていない。撤退戦の時も何も出来なかった。だからこの話を受けるのはあまりに非現実的だと思った。
「ありがたい事ですがお断りします。このまま将軍になるには経験が足りない、そう思います」
「そうか。無理強いはできんがセラム殿であれば私も喜んでお仕えしますぞ」
「僕には勿体無い話です。それより先程の軍体制の話ですが」
にっこりと笑うアドルフォの薦めを丁重に断って話を切り替える。




