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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
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第十九話 昔の話をしよう

 浮かんだその疑問はそのまま口から出た。依頼人と護衛という立場ではあるが、セラムが対等な立場で忌憚なく話せる数少ない人間がカゴメであった。


「カゴメさんは何故そんなに強くなれたのですか? 何故傭兵をしているんですか? カゴメさんの求めている報酬なら別の道を歩んだっていいのでは?」


 カゴメはその言葉に溜め息を吐いた。どこか落胆したような様子であった。


「そういうところはやっぱり世間ずれしとらんのな。……まあええ。それを話すんならちょっち長い話になる。時間潰しに付きおうてもろてもええか?」


「是非」


 セラムは敷物を敷いて座り、隣に座るようにカゴメを誘う。カゴメはちらりとバルナバを見て反応が無い事を確かめると、セラムのすぐ横に腰を落ち着ける。カゴメの(ほう)った枯れ木が焚き火に吸い込まれ乾いた音を立てた。


「ある日ある傭兵団が村に立ち寄った。その村は戦争に巻き込まれたか、それとも野盗にでも襲われたか、家は焼かれ生きている奴はおらず、酷い有り様やった。その中で傭兵団の団長が赤子を見つけた。殺された父親らしき男の近くで大声で泣いていたらしい。そいつが唯一の生き残りやった。それがウチや。


「ウチの名前は団長が付けてくれた。籠の中で泣いていたから籠女カゴメ。ウチはその傭兵団に拾われた。父親らしき人が持っていた刀と一緒にな。……傭兵団の中にもいい奴もおれば悪い奴もおる。幸運にもそこの傭兵団はいい奴ばかりでな。なんでも団長が元騎士とかで、ウチの他にも孤児や行き場の無い老人なんかもいて、その所為で傭兵団はカツカツやったらしい。けど貧乏で野宿暮らしでもウチはまだ幸運な方やったと思う。何せそこで生きていけたし、大きな家族みたいなもんやった。ウチはそこで剣の振り方とか習いつつ育った。


「けどやっぱ大勢の足手纏いを養うのは無理があったんやな。ある時大きな仕事が舞い込んだ。金払いはいいがかなり危険な任務で、傭兵団の中でもその仕事を受けるかどうかで意見が分かれた。いくら何でも見合わねえ、断るべきだ、なんて声がよく聞こえたのを覚えてる。けど団長はそれを受ける事にした。仕事を選べる程裕福やなかった。ウチらの所為でそこまで逼迫してたんやろうな。誰が悪いっちゅうわけでもあらへん。けど結果は最悪やった。


「その戦いで団の殆どが戦死、団長も死んでもうた。残った人間は殆どが老人子供の集まりや。どうにもできへん。路頭に迷いかけたその時、ウチらを引き受けてくれるっちゅう傭兵団が現れた。ウチらには是も非もあらへん。なんせほっときゃそのまま餓死が待っとるからな。団の総意でウチらはその傭兵団に合併される事になった。


「……傭兵団にもいい奴と悪い奴がおる。その傭兵団の連中は後者やった。前んとこの団長みたいな品のいいお人やあらへんかった。主な収入源は略奪、素行の悪い奴が集まった山賊まがいの奴らやった。そんな奴らがウチらみたいなんを引き受けるっちゅうのも訳がある。そんなんでも役に立つからや。とは言っても戦力にはならへん。そういうのにどんな役割が与えられるか分かるか?


「安く使える雑用、なんてのはいい方や。囮、死体処理係、依頼人への土産物、携帯性処理道具、そんなところや。仲間がどうなったかなんて気にする余裕なんてなかった。ウチもその役割が割り当てられたからな。……ウチがまだあまりにも小さかったからか、それとも相手が悪かったからか、ソレが終わった後生きてたのが奇跡みたいなもんやった。いっそその時死んでれば良かったかもしれへんが。


「とにかく生き永らえたウチの裂けた所は幸か不幸か変な風に繋がってもうて、女としては使いもんにならんくなった。性処理用具として価値が無くなった女のガキがどうなるか分かるか? 当然そのまま解放されるわけはあらへん。ウチは囮として使い潰される事になった。最後のお願いでウチが持ってた刀だけは持ち出す事が出来た。まあ囮としても武器を持ってないと見向きもされんし、刀自体大して価値があるもんでもなかったしな。


「大勢の敵が殺到してきた。一緒に囮になったもんは全員殺された。ウチも殺されると思った。今迄何度も死にたいと思ってきた。その望みが漸く叶う。けどいざ死ぬっちゅうその時、ウチは死にたくない思た。なんでか、未だに分からん。このまま奴らの思う通りに使い潰されて死ぬのが悔しかったのか、幸せっちゅうもんを掴まずに死ぬのが嫌やったのか。とにかくその時や。敵の動きがめっちゃ遅く感じた。


「次に何してくるか分かった。どう動けば避けられるか見えた。手に持った刀は使わんかった。とにかく避けて、逃げて、ひたすら戦場を突っ切った。やがて誰も追ってこんくなった頃、体力の限界がきてウチは倒れ込んだ。流石にもうここで死ぬんかと思った。偶々師匠が通り掛からなかったらそのまま死んで狼の餌やったと思う。


「師匠は刀一本で世界を旅しとる途中、同じような刀を持っとるウチを見つけて同郷かもと思って助けたらしい。深い意味は無い、強いて言えばそのまま素通りは目覚めが悪いから死んでたら埋葬するつもりで近寄ったと言うてた。ウチは行くあても無かったし、半ば強引にその旅に付いていった。師匠言うても実際はウチは押しかけ弟子でな、とにかく頼み込んで刀の扱い方を教えてもらった。ウチの生きる術は全て師匠から教わった。そんな旅が何年か続いた。


「ある日立ち寄った街で師匠は知人に会いに行く言うて孤児院に行った。夜はそこで泊めてもらえる言うて、ウチも久しぶりにベッドで寝られると喜んだ。……それが師匠とおった最後の夜になった。


「朝になったら師匠はおらんかった。餞別とばかりに刀一本残してな。ここに寄ったのはウチを預ける事を頼む為やったと後で孤児院から聞いた。……不器用な人やったんやろうな。当時は恨んだよ。ウチの為を思っての決断やと頭では分かっとる。けど心ん中で父親同然に思っとったんや。悲しいわ寂しいわ、裏切られたとまで思った。


「けどそれからの生活は、暖かいもんやった。孤児院の人は新しい親だと思ってほしいとか言うてくれて、実際それくらいの事はやってくれた。そこの孤児達も兄ちゃん姉ちゃん、弟妹が一気に出来たみたいで、それは新しい家族になった。今でも信じられん位の幸せをそこでもろたよ。けど何もなしっちゅう事は無理なんやろな。……そう、事件はいつでもどこでも起こる。


「義妹や。義妹が原因不明の奇病に罹った。日に当たると弱る。苦しい、苦しい言いながら暗い所でじっとしてなきゃならんくなった。なけなしの金を集めて医者にも見せたけどどうにもならんかった。こんな症例は見た事ない言うてな。どうにかならんかとみんなで悩んだ。そこでウチは思い出した。旅しとる途中で聞いた何でも見通すっちゅう『神の目』の噂や。それがあればこの病気を治す方法も見えるかもしれん。ウチは孤児院を出る決意をした。孤児院の義親(おや)は反対したよ。けどウチも本気やった。こうしとる間にも義妹は衰弱してっとる。三日三晩、飲まず食わずで正座して義親を説得した。旅を許してくれるまでテコでも動かん言うてな。流石に義親も根負けしたわ。


「んで刀二本だけ持って孤児院を飛び出した。途中、義妹の症状はサングエスト病っちゅう病気と同じもんやと知った。けど治し方までは分からず、今に至るっちゅうわけや」


 長い、長い話だった。セラムは目の前の女性が平然と語るその半生を、どういう顔で聞けば良いのか迷った。悲痛な話であった。悲運な話であった。だが同情も共感も彼女は望まないだろう。


「ま、こんな時代や。そう珍しいもんでもないやろ? どこかしこで小競り合いはあったし、山賊や魔物に村が襲われるなんてのは、まあよくある事や。ウチかて特別不幸な人生やと思った事は無い。不運かもしれへんけど、幸福な時は少なかったかもしれへんけど、それでも不幸やと思った事は無い」


 不運ではあるが不幸ではない。その一言に彼女の強さが集約されているのだと思う。セラムは尊敬の念を込めて(めい)してその言葉を噛み締めた。


「ありがとうございます。カゴメさんが言った僕への期待、それに応えられるかは分かりませんが、僕の生きる意味はきっとそういう不運を減らす為なんだと思います」


 セラムの決意を込めた言葉にカゴメはいつもの笑顔で言った。


「いややわあ、そんな重く考えんといて。ウチは少し世の中がマシになればええなと勝手な淡い期待を言っただけや。別にセラムはんがそれに縛られる必要はあらへん。っちゅうかそんなんに使命感持たれたらウチが重いわ~」


「ふふ、そうですね。では僕も勝手にやれる事をやるということで」


 カゴメの笑顔にやんわりとした笑みで返す。重い話が終わり今度はむくむくと別の興味が湧いてきた。特にカゴメの格好や刀にはずっと興味があったのだ。もしかしたら日本のような国があるのではと思う。


「ところで気になっていたんですが、カゴメさんのその刀、どこの国の物ですか? 二本と言ってましたがもう一本はどこに? 師匠の出身は?」


「急に食いついてきたな。んー、正直ウチも出身は分からへんねん。拾われた付近のもんではないっちゅうのは確かなんやけどな。師匠も細かいとこは教えてくれへんかったしウチも聞かへんかった。刀は……」


 カゴメは懐から包みを取り出した。紐をほどき中身を見せる。


「傭兵しとる途中で一本折ってしもうてな。鍛冶屋も直せん言うたから短く打ち直してもらった。短いから武器としてはあんま使えんけどな。守り刀みたいなもんや。今使っとるもんは師匠のやつや。折れた時はどうしようか思たけど、これ捨てたら実の両親を心ん中から捨ててまうような気がしてな」


 カゴメの穏やかな表情を見て、セラムは自分の両親に想いをはせる。カゴメには実の親、師匠という父親、孤児院の親がいた。セラムにも心の実の親、体の実の親がいる。例え係わり合いが殆ど無くともそれぞれに大切な想いがある。それはきっと彼ら、彼女らが自分の事を大切に想ってくれていたと分かってしまうからなのだろう。


「色々とありがとうございます。話しにくい事まで話させてしまいました」


「ウチが勝手に喋った事や、気にせんでええ」


「では、そろそろ寝ますね。おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 痛む下腹と腰に疲れが溜まっただるい体、ただでさえ体調が最悪なのだ。せめて睡眠はしっかり取るべくセラムはテントに入った。カゴメの話を思い出すと何かやらねばならない気分が湧いてきて自分だけ眠る気が失せるが、やはり疲れていたのだろう。セラムが横になってすぐ抗いがたい眠気が襲ってきた。

 眠気に負けるまでの間、セラムは自分の半生を思い出していた。自分では色々苦労はしていたつもりだったが、他人から見れば生まれからすでに幸運な人生に見えるだろう。だが自分に他人の苦労が分からないように、セラムとしては他人から言われる程幸運な人生だったとは思えない。

 しかし不運ではあっても不幸ではない。もう一度その言葉を噛み締め、セラムは意識を手放した。


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