第十五話 二人の名付け親
料理の材料は元から馬車に積んであった物を使わせてもらう。本来ならば別料金との事だったが、護衛代代わりにと無料にしてくれた。
「とはいえ贅沢品はあらへんからな。セラムはんには申し訳ないけど大したもんはできへんで」
「僕だって戦場で食うや食わずを経験してますし贅沢は言いませんよ。僕も料理の心得は多少あるので少し手を加えさせてもらいますね」
とはいえ大した器具も材料も無いので凝った物は作れない。あるのは獣臭さが気になる肉、ジャガイモや人参などの野菜類、パン、水と塩、あとは最低限の調理器具だ。
このまま素直に作ればただ煮ただけの獣臭い塩味のスープとパンが出来上がるだろう。実際この世界の旅の飯などそれが一般的で、とても美味しいとは言えない。しかしセラムには秘密兵器があった。
セラムは持参した革袋を引っ張り出し中身を吟味する。その中身とは自作の調味料とチーズやドライフルーツといった保存食だ。
(戦場飯を想定してちょっと実験してみるか)
戦場で旨い飯にありつけるなど幻想だ、そんなこの世界の常識を覆したいとセラムは常々思っていた。味が不味ければ食欲が湧かない。食欲が湧かなければ飯を食う量が減る。食う量が減れば体力が落ちる。そして飯は戦場の唯一と言ってもいいくらいの娯楽だ。それが楽しみにならなければ士気に関わる。保存食の改善で多少マシにはなったとはいえ、種類の少なさはどうしようもない。
セラムは獣肉をサイコロ状に小さく切り、密かにメイド隊のアデライデと共同開発していたカレー粉もどきを肉にまぶす。日本式のカレーにするには流石に量が足らないが、辛い物は食欲増進になる筈だ。小さく切って表面積を増した事によって満遍なくスパイスが付き獣臭さがかなり軽減される。
こと香辛料や薬味に関してはアデライデはとても頼りになった。ジオーネ家のスティルルームメイド(お茶やお菓子の貯蔵や管理をする専門職)兼パン専門コックとして働く彼女は、調味料となる香辛料や香草、薬草の知識も豊富だった。本人は毒物の勉強の副産物と言っていたが、セラムの知らない香辛料の味と効能をいくつも把握しており、その扱いはお手の物だった。
シナモンやウコンなどはセラムも聞けば分かるが、アデライデの知識量には舌を巻いた。中にはこの世界独自の物もあるようで、このカレー粉もどきの製作は九割方アデライデの力で成り立っている。ただ、十何種類もの香辛料を混合して煎って粉末状にするというセラムのアイディアだけは、アデライデに「……その発想は無かった」と言わしめたものだ。
「お、ラードがある。これをスープに入れるか。戦場だととにかくカロリーが必要だし。肉は入れると獣臭さがきついから入れられないし、これで油とスパイスで腹に溜まってそれなりの味に出来るかな。ほんとはコンソメとかあればいいんだけど、そもそもこの世界には無いしなあ。あー出汁と醤油があれば肉じゃがとか……。まあ固形物じゃないと携帯出来ないし。えーと、あとはパンに甘みのあるチーズとドライフルーツを乗せてデザート系の物を一品……」
無い物ねだりをすればキリが無い。戦場飯は栄養が一番重要だ。スープの味は妥協してパンに取り掛かる。パンといってもふかふかの食パンではなくナンに近いような密度のある物だ。見た目はデザートピザのような物が出来上がった。
本日のメニューはハーブ入り野菜のスープ、獣肉のカレースパイスサイコロステーキ、スイートパンの三品。主に戦場へも持ち運べる調味料や保存食を使ってアレンジした簡単な料理だ。新しい物に挑戦して人に食べさせる瞬間というのは何度あっても緊張するものだが、一口食べたカゴメの喜びようで不安は払拭された。
「うわっうんま! なんやこれ。辛いけど癖になるわあ。肉って大概臭みあってあんま好きやなかったけど、これならなんぼでもいけるわ」
「獣肉は臭みがありますからね。僕も戦場で経験ありますけど、これなら美味しく食べられるかなと思いまして」
「スープも全然味が違ってますね。とても美味しいです」
御者の男の口にも合ったようだ。二人の反応を見たバルナバも肉を一切れ口に入れ「……うまい」と呟いた。
「喜んでもらえたようで何よりです。特にバルナバさんは戒律とかで食べられない物がないかちょっと不安でした」
「? いや、食事制限などは無い」
どうやら教会の人間だからといって宗教上食べられない物は無いらしい。考えてみれば当然と言えるか。この世界の殆どのヒト種は同じ宗教の信徒なのだから。一つあるとすれば魔に係わる物は食べられないというものか。
「セラムはん、こんな男に愛想振り撒く必要あらへんで。ほら、あんま近よらんとこっち来い」
「別に愛想笑いという訳ではないのですが」
「そういう意味やあらへん」
カゴメに袖を引っ張られバルナバとの距離を離される。どうやら完全に嫌ってしまっているらしい。意図せずに女性陣と男性陣で別れてしまった。険悪的な雰囲気を察してしまった御者の男には悪いが、この機会にカゴメと話す事にしたセラムはまず先程の出来事で気になった事を聞く。
「ところであの秘剣ラプラスの魔っていうのは何ですか? そういう流派とかあるんですか?」
「いや? 一応師匠はおるが殆ど我流やからな。けどカッコいいやろ?」
「格好いいです。厨二心をくすぐります」
「ちゅうに……?」
いつまでも残る少年の心は置いておくとしても、この世界としては異端と思えるネーミングセンスを不思議に思った事は確かだ。
「ただ『秘剣ラプラスの魔』だと語呂が悪いですね。『秘剣ラプラス』の方がいいんじゃないですか?」
「おおーそれっぽいやん。けど『ラプラスの魔』で一語らしいしなあ」
「なら『ラプラスの魔』は二つ名として名乗るとして、使う剣は『秘剣ラプラス』とか」
「ええやん! それ頂くわ。けどあれやなあ。グラーフとヴァイス、両国を代表する名将が名付け親とか果報もんな剣術やな」
「え……?」
聞き捨てならない言葉にセラムが眼光を鋭くする。
「言わんかったっけ? 『ラプラスの魔』っちゅうんはホウセンの旦那が付けてくれた名や。ホウセンの旦那とセラムはんが名付け親っちゅう訳やな」
「ホウセンさんか! ああ成る程、そりゃあ……」
こっちの世界らしくない名前だと思った、とセラムは納得した。そもそもラプラスの魔という語自体がどこかで聞いた覚えがあったのだ。元の世界での知識だったかと分かれば腑に落ちる。「魔」が禁忌視されているこの世界でそんな名を付けるのは確かにホウセンらしい。
「? セラムはん、楽しそうやね。敵同士の人の話やからもっと怒るか不愉快やと言うかと思たのに」
「ん、そう見えますか?」
と言いつつもにやけ顔を止められない。同じ世界出身……いや、同じ境遇の者同士、共通点を見いだして寧ろ嬉しくなってしまっている自分を自覚していた。どうもホウセンは嫌いになれない。しかし憎くなくとも殺し合う事が出来てしまう、人間の業の深さを同時に思い知らされる。
「戦争なんて無くなればいいのにな。ほんとに」
そんな言葉を呟くセラムをバルナバはスイートパンを噛み千切りながらじっと見ていた。




