第十四話 カゴメの剣
野宿の準備も粗方終わり皆が一息ついた時、カゴメが素早く首を振って立ち上がった。少し遅れて馬が警戒するような声を出す。カゴメが見たその方向から複数の男が近寄ってきた。革鎧を着こみそれぞれに得物を持っている人相の悪い男が六人。親切に手伝いに来た人……ではない事は明らかだ。
「さ、山賊!?」
御者が驚き後ずさる。セラムも警戒して身構えた。そんな中でもバルナバは面倒臭そうに木にもたれている。
「こーんばーんわー。いーい夜ですなあ」
「おおっと抵抗しようとすんなよ。大人しくしてりゃあ命だけは助けてやるぜ」
「そうそう。荷物と身ぐるみ剥ぐだけで許してやらあ。女は連れてくがな」
「俺達と一緒にお楽しみといこうや」
ひいい、と怯える御者を余所に落ち着き払った様子の三人。カゴメは勿論、バルナバも腕に覚えがありそうだし、セラムはこれでも数々の修羅場を潜ってきたのだ。こんな不純物に塗れた殺気とも呼べないものを幾ら浴びせられようと今更委縮するものではない。
「ウチはあんたらみたいなんがいっちゃん嫌いなんや。けど今のウチは護衛やからな。セラムはん、こいつらどうします?」
「一人目を居合斬りで」
その返答に意表を突かれたカゴメは思わず喉の奥で堪え切れない笑いが漏れ出た。どういう対処をするかというつもりで聞いたのだが、セラムの中では既にその結論は通り過ぎた後だったようで、どう料理するかの意味に捉えられていた。相手の見極めもせず話し合おうと言うような甘ちゃんではないと分かり、カゴメは安心すると共に依頼人の少女に対する認識を改めた。
「くっく、了解や。おい髭!」
「な、なんだ」
カゴメは左手で鞘を掴み少し前に押し出すようにして鞘ごとずらしつつ、鯉口を切りながら近づく。そのあまりに無警戒でぞんざいな歩き方に一番近くにいた髭の山賊も面食らってしまう。
「今からウチは居合斬りであんたの腕を斬る。死にとうなかったらそのまま無防備に斬られとけ」
「てめえ……っ」
右手をぷらぷらと宙に遊ばせながらの舐め腐った態度に髭の山賊も青筋を立てる。
あと五歩……。
あと四歩……。
あと三歩といった所でその右手がゆっくりと柄に伸びる。
「秘剣ラプラスの魔、一の型、後の先の極み……」
「っらあ!」
髭の山賊の剣がその右手を狙う。しかしその一瞬前にはカゴメは動いていた。その身が沈み、左へ半歩飛び退るように転身すると同時に、その勢いと腰の回転で抜き放たれた閃光が髭の山賊の右手に落ちていた。
「っぎゃあー!」
一瞬遅れて鮮血が噴き出る。
「野郎!」
横合いからモヒカン頭の山賊が槍を突き出す。同時にカゴメは左に回転し避けながら間合いを詰め、自身の体と相手の間に刀を滑り込ませる。
「旋月」
ぴたりと革鎧ごしの胴に密着させた刃を体ごと回転させて振り抜く。
「おおお!」
間髪容れず上段から襲いくる鉄棍の一撃に合わせ半歩引きながら刀を振り下ろす。
「弧月」
剣先の煌めきがまるで三日月のような軌跡を描く。あっと言う間に三人の山賊が跪き、或いは地に伏して戦意を喪失していた。
「な、なんだこいつ、普通じゃねえ」
まるでカゴメの剣舞に合わせた殺陣のような動きで三人もの男が倒されたその光景を見て、残りの山賊も怖じ気づく。
「凄い……」
セラムもまたその絶技に見惚れた。そのカゴメが鋭い剣幕でセラムのいる方を振り向く。その意味をセラムは直後に察した。
素早く腰の短剣を抜き放ち振り向くと同時に狙いを定める。すぐ傍に山賊が一人セラムを捕らえんと腕を広げていた。
(伏兵!)
気合一閃、短剣を振り抜いて腕をかいくぐる。刃が肉に沈み込む嫌な感触が手に伝わった。
「ぐあっ、くそ、油断したぜ」
伏兵の山賊が斬られた腕を庇いながら剣を構え直す。その腕からは赤い血が流れていた。
――ドクンッ
セラムの心臓が大きく跳ねる。赤い赤い血の色、肉を裂く感触、それらはメルベルク砦内での出来事を想起させた。
目の前が赤く染まってゆく。人間だったモノに何度も何度も短剣を突き立てる音が耳の奥から聞こえる。
「……めえっ……にいっ……!」
目の前の肉袋が何か言っている。耳の奥から湧き出る音に掻き消されて何を言っているのか聞き取れない。息が苦しい。景色が赤い。ぐらぐらする。吐きそうだ。だが腑の内から湧き出る感情のお陰で恐怖は感じない。今ならこんな奴程度殺せそうだ。そうだ、手に持った短剣を突き刺してやればいい。
簡単な事だ。心臓の音が速くなる。殺せる。耳鳴りが酷くなる。殺してしまえばいい。目の前が赤くなる。殺さなきゃ。
「秘剣ラプラスの魔、二の型、先の先の極み」
不意に跳んできた女がセラムの視界を遮った。その背中を見た途端、赤い靄が晴れる。カゴメは山賊が動く前に連続で突きを放った。否、相手が動こうとしたその初動の地点に剣先を置いているのだ。五箇所を刺した頃には伏兵の山族は身動きも取れなくなっていた。
カゴメは真横に剣を振り、残った山賊に一喝する。
「まだやるか!」
ひいい、と動ける山賊が背を向ける。それを見て更に一喝。
「あっ待て! こいつら回収してけ! 今なら治療すれば命は助かるやろ。仲間なら見捨てんな!」
連れて行かぬと殺すとばかりの気迫に押され、無事な山賊が負傷した仲間を連れて逃げ出す。危機が去ったのを確認し、カゴメがセラムに振り返って声を掛けた。
「大丈夫か? えらく顔色が悪いで。すまんかった、伏兵に気付かんと距離を離したのはウチの落ち度や」
興奮による過呼吸の為か、セラムの手が震えている。それを恐怖の所為ととったのだろう、カゴメは心配そうにセラムの目を覗き込んだ。
「だいじょう……うっ」
セラムは吐き気を堪えきれず横を向いて胃の中の物を逆流させる。カゴメに背中をさすってもらいながら内容物を出し切ると漸く気分も落ち着いてきて、セラムは袖で口元を拭った。
「一人殺すも二人殺すも同じとは言うけども」
「ん?」
カゴメの相槌に言葉を続ける。セラムは周りに部下がいない事に感謝した。
「千人殺させるのと一人殺すのでは全然違うな」
それだけ言うとセラムは少し離れて座り込んだ。カゴメはセラムを気にしつつも血に濡れた刀をそのままにしておくわけにもいかず刀身の手入れを始めた。御者の男も落ち着いたようでカゴメに近寄る。
「助かりましたあ。いやあお強いですね」
「おう、おっちゃんも無事で何よりや。しっかしここら辺は治安悪いんか?」
「いえ、そういうわけではなかったのですが、ここ最近頓に治安が悪くなってきましたな。賊の類が増えているようで。しかしこんな所にも出るとは思いませんでした」
王都を出てまだ一日足らず。中央にほど近い場所にも隠れ住む山賊がいるとは流石に意外だったのだろう。
「ま、ああいう山賊に身をやつす奴っちゅうんは食うや食わずの連中の中でも腕に覚えがある奴やからな。大方逃亡兵か敗残兵やろ。戦争が起きるとどうしても増えるわな」
そのカゴメの言葉はセラムの胸にズキンと刺さる。彼らの家や財産が奪われ職を追われた元凶は、戦争の片棒を担ぎいくさの世界へと駆り立てたセラムかもしれないからだ。
「しっかしおっさん、ほんっとうに何もせえへんかったな! 何かあったらどうするつもりやこらあ!」
「任務外だ」
一人で四人もの山賊を斬り伏せたカゴメに食ってかかられても相変わらずの鉄仮面で返すバルナバ。この騒動の中、彼は木にもたれ掛かったままとうとう一歩も動かなかった。
「まーたそれかい! ウチはともかくセラムはんや御者のおっちゃんに危険があっても動かんつもりやったんかい!」
「無関係の人間を助けるのは吝かではない」
そう言われて思い返してみれば、バルナバの位置は御者の男がいた場所に近い。
「まあまあ、バルナバさんも御者の人は助けるつもりだったみたいですし、その辺で」
バルナバはただ任務に忠実なだけなのだろう。そしてその任務には恐らくセラムの身の安全の確保は入っていない。一応の納得をしたセラムは二人の仲裁に入った。何よりカゴメが勢いでバルナバを殴りでもしたら教会勢力との関係に亀裂が入りかねない。
「ま、ま、取り敢えず野営の準備をしましょ。ほらほらカゴメさん手伝ってください」
「チッ、しゃあないな。男性陣はそっちや。ウチらは料理に取り掛かるで」
9/12 少々表現修正しました。




