第十一話 出立
そして迎えた仮釈放の日、セラムは一週間ぶりに見る日の光に目が眩みながら懐かしい顔に出迎えられた。門を出たすぐの所でベル、フィリーネ、バッカスの三人が待っていた。建物を出たとはいえここはまだ城の敷地内。その中には少し離れた所にジオーネ家の別邸があり、外れには常備軍の兵舎があるとはいえ、平時にこの三人が集まるというのは初めての事だ。
「まずはおかえりなさいませ、セラム様」
「ああ、ただいまベル。それとフィリーネにバッカス」
「おかえりなさいませ」
「お久しぶりですタイショー、シャバの空気はどうですかい?」
「やめろ、合ってるけどやめろ。お前が言うと本職のそれに聞こえる」
出てくる前は少しばつが悪かったセラムもバッカスの軽口に救われた気分になる。こういう時や戦場で鬱々としている時など、根が明るいバッカスは貴重な存在なのだ。
「ところで戦場以外では珍しい組み合わせだね。一応仮釈放の日取りは内密だったからベル達しか知らないと思ってたんだけど、バッカスとフィリーネはそんなに仲が良かったのかい?」
「やめてください。誰がこんなゴリラと」
「おいおいマジ調子やめろや。俺の硝子の心が傷付くだろうが」
「鉄板に毛が生えた汚らわしい心などに傷など付くものですか。こやつは最近私に弓を習いに来ていまして。こんな野獣のような男がジオーネ邸に来てはまた妙な噂が立つと言っているんですが」
「とことん失礼なやっちゃな。そんなんだから男が近寄れねえんだぜ?」
「野郎なぞにもてたくはありませんのでこのままで結構です」
どうやらバッカスはセラムの知らぬ間に王都のジオーネ邸を度々訪ねていたらしい。驚いた事に本当に弓を習う目的なようで、フィリーネが王都にいる時には必ず駆り出されて指導させられていたらしい。
「へえー、あの男嫌いだったフィリーネがねえ」
「二度の遠征同行で彼女も少しずつ変わってきているようです。上司としては好ましい変化のように思います」
微笑ましく二人を見るベルの向こうで件の二人は口喧嘩を続けていた。
「大体貴方は基本がなっていないのです。弓とは骨で引くものと何度言ったら」
「弓を引くのは筋肉に決まってるだるお!?」
「はあ、これだから脳筋は。だから無駄な力みが取れないのです」
「なにおう!? 筋肉バカにすんな! 筋肉サマはすげえんだぞ、大概全部解決してくれんだ!」
「……仲いいねホント」
「少し不安になってきましたわ」
やれやれと頬に手を当てるベルに同意する。と、ここでセラムが更に後ろにずっと待機している人物に気が付いた。セラムより少し背が高い程度の小さな女性がバッカスの大きな体に隠れていたらしい。
「そちらの女性は?」
「ご紹介が遅れて申し訳ありません。こちらはカゴメ殿、セラム様の仰った条件に適う用心棒ですわ」
「そうか、貴女が」
「はじめまして侯爵サマ、ウチは傭兵やっとるカゴメちゅうもんや。思たよりおもろい職場で安心したわ。短い間やけどよろしゅう」
肩の部分が切り離されていて紐で繋がっている麻の服と袴っぽいスカートに刀を腰に差した珍しい風体の女性だ。格好としては神道の宮司や平安貴族の狩衣をより軽装にした物に近い。
「よろしく頼みます。ちょっと三人と話したい事があるので席を外してもらっても?」
「はいな、じゃあウチ広場の方に下りてます。話が終わったら呼んでくださいな」
カゴメが離れたのを確認してセラムが切り出す。
「なんか僕よりちょっと背が大きいくらいの女の子なんだけど大丈夫!?」
「あれでもフィリーネが推挙した手練れです。なんでもフィリーネとバッカス二人を相手に互角に立ち回ったとか」
「ちょっと待て、互角たあ聞き捨てならねえ。俺の方がつええ。ただ女を斬り捨てる趣味はねえっつうのと相性が悪かっただけだ」
「貴方は黙ってなさい、話がこじれる。セラム様、彼女の腕はこのフィリーネが保証します。間違いなく適任です」
「二人を相手にか。それは確かに並大抵の強さじゃないな。しかしどこまで話してあるんだ?」
「セラム様を護衛しつつ魔物退治とだけ。とどめは刺さぬよう言い含めております」
「それは大丈夫なのかい? つまりこの旅の目的とか……」
「そこまでで。滅多な事は言えませんから」
ベルに言葉を遮られる。どこに教会の監視の目があるか分からないという事だろう。聞きたかった事をフィリーネが補足する。
「何かあれば彼女は否が応でも気付くでしょう。彼女の剣はそういう事に特化した剣です」
「さっきから何の事だか分かんねえがよう、俺はまだあいつを信用したわけじゃねえぞ」
バッカスが口を尖らせる。
「ん? お前は何でここにいるんだ?」
「ひっでえよタイショー」
「冗談冗談。で、バッカスは何が気に入らないんだ?」
「そりゃああいつとは殺り合った仲だぜ。この前の戦場であいつはグラーフ王国に雇われてたんだ。メルベルク砦が無くなっちまったから契約も切れたとは言ってたがタイショーに危害を加えないとも限らねえ」
強く反対するバッカスにフィリーネが子供を躾けるような口調で被せる。
「放っておいても結構ですよセラム様、この男は自分が付いていけない事に拗ねているだけです」
「んな!? そんなんじゃねえって。ついこの間まで敵だった奴を……」
「傭兵稼業は信用第一だ、信用が失くなれば雇ってもらえなくなるし後ろから刺されかねねえ、交わした契約は絶対裏切らねえもんだー、と宣っていたのはどこのどなたでしたっけねえ」
「んぐっ、けどよう……」
「すまないバッカス、お前を信用してないわけじゃないが、今回は逆に僕に近しい者だからこそ連れていけないんだ。そういう条件でな」
セラムにそう言われてバッカスの背が小さく丸まる。
「けどタイショー、ほんとに大丈夫ですかい? 危険がどうこうっつー話じゃなくて、その、あの時もあれからも色々あったじゃねえか。その……」
「何だバッカス、柄にもなく心配してくれているのか? 僕がそこまで弱々しく見えたか」
「……っいくらタイショーでも耐えらんねえくらいきっつい事だってあらあな! そんな時に傍にいれなくて、俺は……っ」
セラムはバッカスの震える肩に手を置く。本当は安心させるように力強く置こうと思ったのだが、身長差があり過ぎて背伸び気味に指を引っ掛けるような格好になってしまったのはご愛嬌だ。
「今回は確かに参った。だから帰ってきたら憂さ晴らしにまた訓練に付き合ってくれ」
「……っ応!」
弱気な文言とは裏腹に笑顔を向けるセラムにバッカスが感極まった顔で返事をした。




