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少女と戦争  作者: 長月あきの
第二部
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第十八話 アドルフォ帰還

「アドルフォ副将軍が帰還されました!」


 会議室に歓声がわく。部屋の隅にいたセラムも報告を聞いてすぐに飛び出した。アドルフォが運び込まれたという医療室に入ると異臭と呻き声がする。そこは重傷者が運ばれた部屋だった。嫌な予感がして手近な医師を捕まえる。


「副将軍の容態はどうなんですか」


「右脚の傷が酷く壊死が始まっています。切断するしかありません」


「そんな……。助かるんですよね?」


「手を尽くします。ただ今後戦場に立つ事は出来ないでしょう」


「っ……どうか僕にも手伝わせてください」


「我々は医師です。医療の現場はお嬢さんにはきつい。祈っていてください」


「じっとしてはいられないのです。邪魔はしません。身の回りの世話や雑用をさせてください」


「……分かりました。正直手が幾らあっても足りない状況です。ただ今からやることは力仕事です。部屋の外でお待ちください」


 セラムが部屋の外に出ると同時に重そうな斧を持った男が部屋に入っていく。こんな世界だ、当然麻酔も無いだろう。中で何が行われるか想像はつく。


「手足を縛りますよ。これを噛んでいてください。皆さんしっかり抑えていてくださいね。いきますよ副将軍」


 叩きつけるような大きな音とくぐもった絶叫が鼓膜を叩く。室内の凄惨な状況を想像してしまい、セラムは意識の糸を繋ぎ止めるのに精一杯だった。

 この世界の医療は想像より酷いものだった。鎮痛薬という物は有るには有るが、気分を落ち着かせるハーブティーの枠を出ない物であった。切断した痕は焼きごてで止血してある。それらはまだ良い方で、包帯の代わりに古布で傷を覆ってあり、聞けば次は焼いた馬糞を付けて止血するのだという。

 さすがにそれは慌てて止めさせ、驚異的な精神力で意識を保っていたアドルフォに個人的に術後の世話を願い出て、許可を取りつけた。すぐさまセラムは新しめの布を煮沸消毒して乾かしておく。同時に強い酒を用意させそれを濾して、その酒を煮沸した水で薄める。消毒という概念が無い医師達はそれを物珍しそうに覗き見たりしていたが、患者の世話で忙しいのか口出しはしてこなかった。


「アドルフォさん、傷に沁みますが我慢してください」


「ああ。……っ!」


 アルコール濃度は正直適当だが、自分の皮膚で注射の前に付けられる消毒の感覚に近い位にしておいた。止血薬についてもヨモギくらいしか知らない上、この世界の植物には当てはまらないだろうからアテになる知識は無い。取り敢えず植物由来の止血薬と言われた物を先程の布に塗りつけ傷を覆う。きつすぎないように布を巻きつけたらその上から動脈にアタリをつけ、布を厚めに畳んだものを当てて細くした布できつく縛って固定する。暫くは圧迫止血をして、腐らないように時折緩めて血を通わせ、また圧迫止血を繰り返す。


 その後数日、ベル達メイド隊も呼んで重傷者の看病をした。家の者に清潔な綿と布、追加の酒を持ってこさせ即席の脱脂綿、ガーゼ、包帯、消毒薬を作る。セラムは医局を駆けずり回って他の怪我人の手当をした。骨折している者には当て木をし、毛布を重ねて体を冷やさないようにする。切り傷には必ず自前の消毒薬を使い、清潔な布を用意した。医師達にも手洗いを徹底させた。口答えをする医師にはジオーネ家の名の下、命令という形で従わせた。半信半疑、渋々と従っていた医師達もやがて患者の経過が良くなるにつれて文句は言わなくなっていった。


 アドルフォも峠を越え、落ち着いて会話出来るようになった頃、セラムは果物を持参しアドルフォの病室に訪れた。


「医師達の話ではもう命に別条はないそうです。本当に良かったです」


「ああ、これもセラム殿のお陰です。他の者に聞きましたよ、貴賤問わず兵士達にも独自の治療方法を用いて助けて頂いたそうですね」


「すみません。勝手ながら」


「いや、責めているのではありません。お礼が言いたいのです。私もそうですが、皆も従来の方法より治りが良かった。どこであの様な知識を学んだのですか?」


「学んだというか……。独学みたいなものです」


 セラムは苦しい言い訳でその場を誤魔化す。


「それでも助けられなかった命もあります。僕がもっと勉強していればもう少しましな方法だって知っていたかもしれないのに」


「それは欲張りというものですよ。撤退戦での損耗率は一割程度で済んだ。十分です」


「一割……。それは多いのか少ないのか」


「あの状況で援軍に向かった兵の一割ですから。あなたが先頭に立って誘導したからですよ。本来ならあの場にいた殆どがあそこで死ぬか捕虜になっていた筈です」


 帰ってきた者の中にイグリはいなかった。見知った顔が死ぬ事にセラムはまだ慣れてはいない。成果を誇る気にはなれない。


「それは言い過ぎです。アドルフォさんだって僕が言わなくても同じ判断をしたでしょう」


「そうかもしれません」


 アドルフォがくっくと喉を鳴らす。


「それにしてもあなたに『さん』づけされると、その……心が和みますな」


「! すみません、副将軍。気づかぬ内に」


「いえ、公の場でない限り是非そのままでいてください。私も孫に呼ばれているような心地でして。孫などいませんが」


 そう言ってアドルフォは声に出して笑った。セラムも笑う。この人が助かって良かった、本当にそう思う。


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