第一話 グリムワール
「このゲームもとうとう終わったなー」
男は思わぬ長丁場の緊張と疲れを独り言にのせて吐き出し、ワンルームの狭い部屋の中で精一杯の伸びをする。
戦略シミュレーションゲームは大好きなジャンルとはいえ、一つのゲームをクリアするため三連休の殆どを費やしてパソコンにかじりつくとは思いもしなかった。というのもこのゲーム、セーブ機能がなかったのである。
事の発端は三日前の会社帰り。久しぶりの長めの休日を前に上機嫌で中古屋を覗き、暇つぶしになる物を物色していた時に一枚のゲームROMを見つけたことだった。パッケージも何もなく、透明なケースに入れられた素のDVDに手書きで「グリムワール」と書かれている。「30円」と書かれた値札がかろうじてそれを売り物だと示していた。
同人ゲームだろうか。それとも開発途中でお蔵入りになったものが流れてきたとか?
何にせよ居並ぶ薄汚れた中古品の中にあって尚その風体は異彩を放っており、気軽に買うにも手頃な値段だった。例えハズレを掴まされてもこの程度なら懐は傷まない。好奇心に背中を押され、少々の硬貨と別れを告げそれを手に家路につく。
ある意味季節外れの福袋。精算の際、店員の「こんなのあったっけ」と言わんばかりの怪訝な表情がその中身の期待感を更に煽る。
安マンションの部屋に入り、さっそくパソコンの電源を入れる。
コンビニで買ってきた晩飯を食いながら中身を確かめたところゲームの実行ファイルがあるだけで、説明書にあたるテキストファイルの類は一切なかった。それどころか、ネットで探してもこのゲームに関する情報が一切ない。そして前述のとおりセーブ機能が見当たらない。
それに気づいたのは結構進めた後だったので、結局パソコンの電源をつけっぱなしにして連休中やり続けたのである。
無駄に多い主人公の中から一人選び、無駄に多い会話の選択肢は正解もわからず進めていく。妙に作りが丁寧で、オーソドックスなコマンド式戦略シミュレーションは世界観に入り込みやすく、セーブもロードがない一発勝負の緊張感も相まって久しぶりにのめり込んでしまっていた。
凝った設定や濃い内容の割にあっさりとしたエンディングに物足りなく感じながらしばらく余韻に浸っていた、その時だった。
ザザッと画面にノイズが走る。「お?」と身を乗り出しディスプレイを注視する。
「汝、結末の先を望むか? YES/NO」
所謂おまけステージというやつか? 選択は当然……
「YES」
[汝、この世界の住人であることを望むか? YES/NO」
? 少々意味がわからない選択肢が出てきた。だがこれはYESにしないと進まないだろう。
「YES」
ボタンを押した途端、画面が発光しだした。光は段々強くなり、目を開けているのかどうかすらわからなくなる。
「歓迎する。ようこそグリムワールの世界へ!」
その声とともに上下の感覚すらなくなり、やがて意識を失った。