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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
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第九話 神明裁判

 後日セラムの元を訪れたガイウスは苦虫を噛み潰したような表情で伝えた。


「君の処遇が決まったよ。教会からの要請があってね、仮釈放後魔物退治をしてもらう事になった。これは君の疑惑を晴らす為の大事な一戦だ」


「そうきましたか、つまり僕が魔物を殺せれば魔族ではないと証明されるという訳ですか」


「そうなんじゃが……事はそう簡単ではない。出された条件は君が誰かの助力を得ず魔物を殺す事、じゃ」


「魔物に殺させる気ですか」


 疑わしきは殺せ、まるで中世の魔女裁判だ。セラムは容疑者を水に沈め浮かんできたら魔女と断定される魔女裁判の一例を思い出して身震いした。この場合は一応助かる目が残されている上にその性質上、神明裁判の方が近いが。


「無論私も国の重臣を必ず死ぬと分かる試練に挑ませる訳にはいかないと交渉したが、大した譲歩は得られんかった。何とか君と縁の無い者を一名だけなら同行を許された。が、魔物のとどめは必ず君が行う事、一匹でも同行者が止めを刺せば協力者と見做し君は魔族と証明される。そして見届け人として教会から一名同行する事が条件に加えられた」


「それはすぐになんですか? 今から時間も無いのに条件に適う同行者なんて見つかりませんよ」


「そこは仮釈放の手続きに一週間掛かると言ってきた。この一週間でベル君を通して何とか手配してくれ」


 それでも無茶振りもいいところだが、ガイウスも余程粘ったのだろう。その苦労は顔を見れば分かる。


「そんなに教会は厄介な所なのですか」


「彼らは権力を持たない。しかし彼らの声は時として国王よりも重い」


「僕も教会の事を少し調べた事があります」


 全世界に根を張る一大宗教。ユーセティア神を祀りユーセティア神の加護を得る。この世界に住む民はヒト種であろうと亜人種であろうと一切がその信者である。何故そのような特異な共通性を持つに至ったのか、その歴史に興味があり調べたのだが、その過程で教会については必ず至る事柄だった。

 この世界の宗教観は独特だ。創造神であるグリムワールは概念としての存在であり、それは神として祀る事もおこがましいとされる。崇め、祀り、祈るのならばグリムワールに創られた最初の存在の内の一柱であるユーセティア神となる。因みに最初に創られたもう一柱の存在であるニムンザルグはユーセティアに敵対する邪神であり、それを信仰するのは邪教である。

 ここからが面白いところなのだが、ユーセティアとニムンザルグは肉体を持っている、もしくは持つ事が出来る。つまり概念存在ではなく知覚出来る存在という事だ。そして四百年前、全世界を巻き込んだ戦いがあったらしい。その戦いでユーセティアとニムンザルグ、そして竜族が三つ巴となり戦った。ユーセティアには人類が、そしてニムンザルグには魔物が付き従い戦った。それは世界が割れるような激しい戦いだったという。全種族が力尽き、漸く戦いをやめた時にはユーセティアは「お隠れになった」とされている。これは死んだ訳ではなく存在が保てなくなり見えなくなったが、今も人類を見守っていると解釈されている。そしてニムンザルグと魔物達は魔界と称される世界に移り住んだ。竜族はほぼ絶滅したが、今もこの世界に住んでいる。仮にその時から生き残っている竜族を第一世代として、第一世代は「神竜」、第二世代は「古竜」、その下は単に「竜」と呼ばれる。また、飛竜のような亜竜種はもう少し数が多い。何にしても竜種は滅多に見る事の無い上位の知的生命体だ。


 閑話休題。


 そのような経緯からか、亜人種を含む人類はユーセティアを信仰し、ユーセティアを神と祀る。亜人種や少数民族の中には精霊信仰も根強く残っているが、それでもユーセティアに対する信仰は持っている。その全世界にいる信者の代表が教会という組織な訳だ。

 それだけではない。例えば教会の鐘、未だ機械式時計が無いこの世界でこの鐘の音が一番信頼の置ける時間だ。中でも王都等の大都市にある教会の鐘はセラムが唸る程に正確だった。セラムは日時計、火時計、水時計といった様々な時計で同時に計り王都の教会の鐘と比べてみたが、それらの平均値と教会の鐘がほぼ一致していた。あまり信頼の置ける計り方でもないが、これ以上は長年太陽と星の運行を研究しないと無理だろう。しかし高名な天文学者をして一年、一日を綺麗に分割していると言わしめた正確さなのだ。セラムはこれを、教会が秘匿している技術によるものではないかとみている。正確な機械式時計を作れるような技術を持っているとしたら、それは世界を支配し得る強力なカードだ。

 この事は想像でしかない。だが教会勢力が只の宗教組織ではなく何か秘密を持っている事は確かなように思える。


「結果としては、よく分からない……というところでしょうか」


「ふむ、それで?」


「無闇に逆らわない方がいい、と思いました」


「その直感は正しい。この世界で生きていくならばな」


「その教会に逆らわずこの局面を生き延びろと。無茶を仰る」


「だがやってもらわねばならん。いざとなったら国としては蜥蜴の尻尾切りに走らねばならん」


 いざ、つまりセラムが死んでしまうか魔族と認定されてしまった場合国は助けてはくれないという訳だ。


「分かりました。何とかやってみせますよ」


 正直自分で出来る事が少なすぎて全く自信が無い。が、やらなければセラムに明日は来ないのだ。


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