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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
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第七話 鉄格子を挟みその2

「話を戻すぞ。その貴族達が君の領地をこぞって欲しがっておる。まるで鳥の群れに餌を投げ込んだかの如く群がってついばもうと必死じゃ。政治的にな。幸い今は実質的な被害は無いが、今の状態が続けば宙ぶらりんの君の領地は食い荒らされてしまうか別の貴族に支配権を乗っ取られてしまうかもしれん」


「それは……まずいですね」


「そうじゃ、まずいんじゃ。何せ今や君の領地からの税収はリカルド公爵領を抜いて一位じゃからのう。国としても下手な輩に渡せんのじゃ」


「へえ、そうなのですか?」


 セラムの領地は爵位の割に狭い部類に入る。何せ先々代から将軍を務めてきた家系である。将軍職は国王の為に命を捧げると誓うと共に爵位を国に預ける。国の軍隊である常備軍の長として権力を得る代わりに忠誠の証として貴族としての権力を国に捧げるわけだ。当然将軍の位に就いている間は領地は増えないし大きすぎる領地は国に割譲される。明け渡した領地は国有化され、他の貴族への褒美として渡される場合もある。その代わりジオーネ家には王都に近い領地を与えられている。これらは全て国の守護という将軍の務めを果たしやすいよう、制限と特権を与えられているのだ。

 尤も今では将軍職というもの自体が無くなり、前将軍のエルゲントが亡くなってからはジオーネ家に元の侯爵の位が返され、セラムも軍の少将という立場と侯爵という位を同時に持っている。

 そういった経緯もあってジオーネ家の領地は立地は良いが狭い。勿論子爵男爵とは比べようもないが、リカルド公爵領の十分の一以下の面積だ。それでも納税額が上回ったという事は単位面積当たりの経済効果が桁違いだという事だ。少なくともセラムが継いだ時点では土地面積並みの税収しかなかった。


「ああ、まだ見込みだが今期の納税額を計算するとそうなる。正直信じられんよ。君がジオーネ領の領主となってからの経済成長は極端だ。絶えず新しい試みを取り組み成功させ、商業、工業のみならず娯楽や技術も国で一番と言われとる。今や文化の発信地じゃ。だからこそ君には敵が多い」


 セラムはどことなく他人事のように聞いている。話題になっているその功績を自分がやったという実感が無いのだ。


「新しい技術により職人は追いやられ対応した一部の技術者が持て囃される。新たな食材の発見や浸透に伴って従来の生産業の売り上げが落ちる。音楽を大衆の物とした所為で音楽家の地位が落ちる。そういった妬み嫉みや他の貴族の羨みやっかみを君は一手に引き受けている。勿論それ以上に君に感謝し尊敬している者の方が多いがね。そこに今回の魔族疑惑じゃ。今迄は直接的に手を出そうという輩は少なかった。じゃが最近では君を害そうという人間が見えるようになった。そうなるのも予想して君には地下牢ここに入ってもらったんじゃが」


 ガイウスの顔の皺が一層深くなる。


「それによって君の領地が剥奪されるという噂が立ってしまった。それに触発されて貴族連中は君の土地を掠め取ろうと必死じゃよ。表に裏にあらゆる手が飛び交っておる。……そんな場合ではないというのにな。彼奴らは国が無くなるかどうかの瀬戸際ですら自分の利権を守る事に必死になるんじゃろう。憂国の士は全く以て少ないもんじゃな」


「僕はその憂国の士とやらには入ってないでしょうしね」


 セラムは呆気ない口調で片手を広げ言う。


「人は皆自分の為に戦うものです。僕も結局そう、自分にとって大切な人を失いたくないから、交わした約束を破ると大切な人が自分の中から消えてしまいそうだから戦っていた。金の為、名誉の為、助かる為、そんな分かりやすいものだけでなく他人の為や世界平和の為であっても奥底にあるものはきっと理由が自分の中の感情にあります。その表層に出るものが国の為となればそりゃあ少数派でしょう」


 言いながらセラムの表情は不可思議に歪んだ。言いながら思い出しているのだ、あの時ヴィレムは何を想って僕の前に立ったのだろうと。冷静になって分かったように理屈を述べる自分と、「そうではない、きっと咄嗟に体が動く時はそんな事は考えない」と理屈を否定する自分が同居している。


「……割り切る事は出来んようじゃな。すまん、いつも辛い役を押し付ける」


 セラムは自分が今どんな顔をしているのだろうかと思った。ガイウスの表情から、きっと見るに堪えない表情をしているのだろう。

 自分で戦争に行っておいて同情を引こうとするとは、自分が一番嫌いな卑怯者じゃないか。セラムは強がりと自嘲を込めて笑ってみせる。


「心外ですね。先程も言ったように僕は自分の為に戦っています。何も謝られる事はありませんよ」


「そうじゃな、君もいつまでも子供じゃない。扱いを正さねばならんな」


 ガイウスはセラムが望む厳しい態度をしてみせる。年齢がいくつだろうと国の行く末をその双肩に背負う、責任を負った人間を半人前扱いするのはきっと間違っている。


「話が逸れたな。君の領地の話じゃ。正直あの地を君以外が扱えるとは到底思えん。他の盆暗貴族に奪われでもすれば一年と持たず収入は激減、技術は衰退し産業は収縮し我が国は貴重な国益を損なうじゃろう」


「漸く軌道に乗った部門もありますしね。折角の労力が無為にされるのは僕も避けたいところです」


「しかしじゃ、君を出すのも今すぐという訳にはいかん。君を引き渡せと言う諸外国に対する言い訳が減ってしまうし、さっきも言ったように君がいつ命を狙われるか分からん状態じゃ。君を守るには今の状態が都合が良い」


「このままの状態で領地を守るのは難しいですか?」


「うむ、そこでじゃ。取り敢えず私が君の後見人として名乗りを上げてジオーネ領を君が戻るまで私の預かりにしようと思う」


「それは大丈夫なのですか? いえ、誤解の無いように言いますが、宰相の立場を悪くしてしまうのでは」


「まあ、の。流石にそのままの文面では角が立つから、当面は国有化し女王陛下から後見人の役目を拝命賜るという形にする。それでも敵は増えるが仕様が無い」


「だったらリカルド公爵に根回しを頼んでは」


「うっ、それを言うか……。じゃが今迄の因縁がある私の言う事など聞いてくれるじゃろうか」


「それなら僕からのお願いと伝えていただきたい。もし駄目なら僕に面会だけとでも頼んでください。説得してみせます」


 淀みなく言い放つセラムに眩しいものを見るかのようにガイウスが目を細める。


「まったく君は怖いもの知らずじゃの。本当に今のこの国が危うい均衡ながら成り立っているのは君のお陰かもしれん。……分かった。リカルド公爵に貴族の抑え込みを頼むとしよう。しかし私がジオーネ領を治めるといっても正直何も出来んぞ。あまり長くは持たんから君の出番は遠くないじゃろう」


「僕の部下を甘く見ないでいただきたい。皆有能な者ばかりです。僕が居なくても問題なく統治しますよ」


「確かに君のところの内政官は有能じゃ。城に引き抜きたいくらいにのう。じゃが彼らが出来るのは部屋一杯の紙束を一枚の用紙にまとめる事とあらゆる事を数字で示す事だけじゃ。最終的に判断を下すのは君にしか出来ん。君以外の誰にも出来んじゃろうな。私もちと見てきたが新しい事をやり過ぎて何が何だかまったく分からんわい」


 ガイウスが匙を投げたのならばこの国の誰にも務まらないだろう。

 セラムは職務上領地を留守にする事が多いので、自分が居なくても回るように体制作りをしてきた。部署を細かく分け、名前と数字ははっきりさせるように徹底した。現代式に各々の職務を部、課、で分けその副長には細かい所まで徹底するしっかり者、長には逆にやるべき事を把握しつつもある程度柔軟に対応する拘り過ぎない者を据え、統括にはエルゲントの代から政務官兼領主代行として政務をこなしてきた爺やを任に就かせた。爺やはエルゲントがいなくとも領地を問題無く運営してきた人間だ。セラムの元に仕事が来る時にはまさしく各課につき用紙一枚になる程に圧縮されていた。

 セラムが手を出さなくても一年間は現状の八割を維持出来るだろう。だがそれ以降は急速に下降を始め、先進的な事業はセラムという道を示す人間がいないと終了を余儀なくされる。反動で先代以下の水準まで落ち込むだろう。


「君のやる事は前衛的過ぎてな。とにかく早くここから出せるように努力する」


「助かります」


「それと……」


 ガイウスの歯切れが少し悪くなった。


「教会から面と向かって抗議が来た。魔族の疑いをかけられた者を放置しておく訳にはいかないと。彼らには退魔の使命がある。まさか疑いの段階で前時代的に火炙りをするような事はないだろうが……」


 ガイウスの口調からこれが一番厄介な事態だと分かる。今迄の話も悪い事ばかりだったが、教会に対してはガイウスの力が及ばないのだろう。

 この世界の信仰はユーセティア神に集められている。グリムワールは創造神としてあくまで概念的な存在であり、神の上位存在としてそれ自体は崇められる存在ではない。認められる宗教は基本的にユーセティアを崇めるもの一つであり、その宗教に名前すらない。ニムンザルグを崇める集団や亜人種が信仰する土着信仰、精霊信仰もあるが、それらは邪教もしくは密教とされ公に教義を認められる事はない。

 それだけ力のある宗教なのだからその影響力は絶大で、範囲は全世界に及ぶと考えられている。つまり教会を敵に回せば全世界を敵に回すと同義だという事だ。


「君が不利にならぬよう便宜は図るが……。もしかしたら今後動きがあるかもしれん。十分に気を付けてくれ」


 そう言われても手も足も出せませんよ、そう茶化すつもりだったセラムの言葉はガイウスの深刻な眼差しに抑え込まれ、ついぞ出る事は無かった。

 その間隙を突くようにガイウスが不意に破顔し話題を変える。


「そうそう忘れておった。最近巷でこんな物が広まっておるんじゃが、これは君の差し金かね?」


 ガイウスの手から紙束が放り投げられる。数号の新聞のようだった。


「『クアカルドリ郊外で飛行物体!? ドラゴンか?』『チーロ伯爵帳簿を誤魔化し! 粉飾決算の真実に迫る』『綿糸製法新技術開発、梳綿機実用化へ』『ヴィグエント敵の猛攻にもちず。駐留部隊を指揮する若き英雄の素顔に迫る』。こんなのがここ連日だよ。荒唐無稽な物から興味深い物から下世話な物まで、本屋だけでなくパン屋や土産物屋までこの新聞を取り扱っておったよ。完全な捏造であれば当局も動くだろうが、烏白馬角うはくばかくな見出しに目を奪われ中を見てみれば、確定した情報ではなく軽挙妄動を慎むよう促すような事が書いてあったりする、嘘を嘘にしないぎりぎりの線を突いてくる。これは君の差し金かい?」


「いいや~知りませんな~」


「ふうん?」


 目を逸らすセラムに追及の眼差しが刺さる。


「普通新聞を置かないような所にまで取り扱わせるなんて変わった発想、君ぐらいのものだと思ったんだがねえ」


「それはほんとに僕じゃないです。在野にはまだまだ有能な人物が隠れているという事でしょう」


「ほう、新聞を書かせたのは君という事か」


 呆気なく図星を指される。流石に下手な誤魔化しは効かない。


「まあ君の事だから色々考えておるんだろう。国益を損なわない範囲なら好きにやりなさい。そろそろ時間も限界だ、私は行くよ」


 ひらひらと手を振るガイウスの後ろ姿に、年の功には勝てないと思い知るセラムだった。


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