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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三章
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第五話 議会は踊る

 ノワール共和国では頻繁に議論が紛糾していた。論旨はいつも和平か抗戦かで、お互いの言い分を叫び平行線を辿るのが常であった。

 今日も今日とて議会は踊る。されど進まず。


「戦争を回避するにはまだ好戦感情が少なく傷が浅い今和平を結ぶのが一番でしょう!」


「それでは包囲網を敷いている同盟国の感情を逆なでする事になるぞ!」


「だからといって戦争で国土を荒らされては元も子もありません」


「ヴァイス王国に経済制裁を加えられたらどうする。彼の国は重要な交易路を有する友好国だぞ。交易路が封鎖されれば西の貿易国と断絶してしまう!」


「それは交渉で何とかなるものだ! 今は理不尽な暴力から身を守らなければ」


「その具体的な案があるというのか! あるならば言ってみろ!」


「話をすり替えないでいただきたい。我々は平和的な解決を模索していくべきだと言っている」


「すり替えではない! あんた方は身を守る為じゃなくただ巻き込まれたくないだけだろう! 

身を守るならば軍備を固めるべきだ。でなければ代替案を出していただきたいと言っている!」


「そんなに戦争がしたいのか、あんた達は!」


 加熱する不毛な言い争いにフラウメルは議長の槌を振う。「静粛に」と叫んだのはこれで何度目か。

 そもそもが出発点から間違っている。和平派は只の理想論で何の具体案もなく平和という言葉を使う。平和なのは貴様らの頭の中だと言いたい。

 そして抗戦派は抗戦派でまったく喧嘩慣れしていない。戦争もやがて一年経つというのに今更「軍備を固めるべき」とは片腹痛い。お陰でフラウメルは最近胃痛に悩まされるようになった。

 軍備なら現在進行形で増強している。大幅な軍拡は出来ないが軍事費の増額はこの前決議を通したし、軍事費に頼らない戦術面での強化も図っている。特に弾着観測と通信士による魔法使い隊の有効射程距離と命中精度の上昇は非常に画期的だった。尤もヴァイス王国の士官の発案とかで、彼らに借りを作ってしまった形にはなったが。

 その上でグラーフ王国との妥協点と同盟国に対しての裏切りにならない形を探っているのだ。

 勿論現状を理解した上で意見を言う者も当然いる。和平派の意見は戦争勝利より外交的勝利を目指した方が国益に適う。戦争は経済的、物質的、人材的な被害だけが多く下策。戦争を回避し交易路を通すのが上策。その為の対話は常にするべきだ。また、同盟国は我が国の交易品に多くの恩恵を受けている。交易を止めて打撃を受けるのは寧ろ戦争を続けている諸国の方であるという意見。

 対して抗戦派はここで引けばこの先ずっとグラーフ王国に下に見られる。同盟国とも険悪になりいずれ必ず外交的に孤立、グラーフ王国に属国の扱いを受けるだろう。戦争は必ずしも利で起こるものではなく、それゆえ理で収まるものではない。我が国だけが和平して経済制裁を受けないというのは楽観に過ぎる。今は足並みを揃えグラーフ王国と戦い、しかるのちに我が国が調停役を担えば各国に対し一歩抜きん出る事だろうという意見。

 どちらにも理があり、どちらも正しい。その中で和平派であるフラウメルは、議長という立場にありながら他国のように強権により国の方向性を決定づける事が出来ないもどかしさを感じていた。

 フラウメルは学術都市と呼ばれるアッシュ・トパの出身である。この街の人間は研究者肌の者が多く、自身が没頭する事柄を邪魔される事を嫌い、それ以外には関心が薄い。当然戦火に巻き込まれる事など論外なのだ。戦争など非生産的で多くの知識が消失する忌むべき行為だ。戦争が技術を進歩させる? そんなものは権力者に都合が良い宣伝文句だ。技術を進歩させてきたのはいつの時代も学者の絶え間ない努力であり、戦争による破壊行為はそれらを一瞬で焼き尽くす。

 しかし以前半ば強引に援軍と称して乗り込んできたヴァイス王国軍によってグラーフ王国との本格的な戦闘が起こってしまった。何とかなし崩し的に戦争状態になる事は止めたものの、あれ以来国民感情も若干抗戦に傾き和平工作がやり辛くなっている。だんだん抗戦派が勢いづきフラウメルは焦燥を感じていた。

 その報告が飛び込んできたのはそんな折の事だった。


「ヴァイス王国の軍の幹部が魔族容疑で逮捕」


 あまりに現実離れした文言に皆驚愕した。和平派は脅威に震え抗戦派は言葉を失った。そしてフラウメルはこの好機を逃すまいと議会で発言した。


「ヴァイス王国に非難声明を突きつけるべきです!」


 これには和平派のみならず一部の抗戦派も賛同した。魔物被害は各国共通の問題であり、その魔物を率いる魔族は人類の敵である。戦争や平和と魔族は別問題、国の上層部で魔族を出したヴァイス王国は大罪であり、神の教えに従い誅すべきである。

 これには抗戦派の代表も焦った。反論が見当たらない。絞り出す声には弱気が混じっていた。


「まずは事実確認をするべきです。現段階では噂が入っただけであり、事実とは違う可能性があります」


 確かに事実とは違った。逮捕の理由は魔族の容疑が掛かったからではなく、あくまで軍法会議にて危険な作戦により多くの同胞を死なせ、同盟国の砦を結果的に壊滅に追いやった責任を問われた結果であったからだ。しかし他者から見れば噂にあるように誤解するのも仕方がない経緯であった。

 しかしフラウメルはその事実を知らない。いや、知ったことではない。


「そういう話がある、それ自体が問題なのです」


 逆に言えば事実など問題ではない。逮捕にどんな経緯があったか、本当に魔族なのかなど些末な問題だ。今ヴァイス王国は非難されて当然の立場にあり、ノワール共和国は公然とヴァイス王国を見限りグラーフ王国に付く大義名分を得たのだ。

 これでヴァイス王国に経済制裁を行われる恐れが無くなるどころか、外交的に優位な立場で関係を保ちつつ包囲網を抜けグラーフ王国と和平を結ぶ事も可能だ、そうフラウメルはほくそ笑む。

 今日も今日とて議会は踊る。されど……


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