第十七話 生と死と
敵の追撃を振り切り城まで辿り着いたセラムは、やきもきしながら報告を待っていた。
続々と帰ってくる兵達の中に殿を務めた部隊がいない。いつ帰ってくるか分からない部隊をじっと待ち、人の生死を確認するその時間はセラムの精神を削るものだった。こんな時電話があればと思うが、一番早い連絡手段が馬というこの世界では何もしようがない。
結局その日は日没になってもアドルフォ達は帰ってこず、ヴィルフレドの勧めもあり一旦家に帰り休む事になった。
「ああセラム様! ご無事で何よりでございます。お風呂にしますか? ご飯にしますか? そ・れ・と・も」
「メシで」
「ああん、セラム様ったらいけず~。ふふ、今ご用意致します。お部屋でお寛ぎください」
いくさに行くときは平然と送り出したベルだが、セラムが帰ってきた時はいつもの落ち着いた態度はどこぞへ飛んでいき、終始高いテンションで世話を焼いてくれた。
一週間近くぶりに温かい飯を食べ、温かい湯に浸かる。この国では湯が張れる浴場がある家の方が少ないので、ジオーネ家の浴場は日本人としてとてもありがたいことだった。
肩までお湯に沈ませると今まで溜まっていた疲れが体から染み出していくように感じる。次第に目蓋が重くなり意識が混濁してゆく。
「あらあらセラム様。お風呂の中で眠ってはいけませんよ。眠るならベッドに……」
何故かベルまで一緒に入っている事に微かな違和感を感じるが、最早それすら瑣末な事に思える程に疲れていた。むしろ眠ってもベッドまで運んでくれるだろう、そう安心して意識を手放す。
(そうだ、起きたら城に行かなきゃ。……会社だっけ? 会社、明日は何曜日だっけ? 仕事して……から……どっか遊びに………)
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
鳥の囀りで目が覚める。目覚まし時計の音が鳴っていない事に気付き飛び起きる。
「今何時……!」
叫びかけて、我に返る。そうだ、ここはグリムワールの世界。
全てが夢だったら良いのに。いつものようにコンビニでコーヒー買って、大して変化の無い仕事をして、そんなに面白くもないゲームでもやって。
だが左腕の傷が現実を突きつけてくる。この世界に来た時に自分で付けた傷だ。此方が紛れもない現実だと認識させてくれる。
生温い日常など鼻を噛んだちり紙のように丸めてクズ籠に投げ入れてしまえ。ここは戦乱の世界。生も死も己の手の中にある。
さあ盤上の駒を動かそう。
「セラム様、朝食のご用意が整いました」
「今行くよ」
顔を上げた時には将軍の娘のセラム・ジオーネに戻っていた。