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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三部
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第百四話 魔と人と

 無秩序の集団は人も魔物も入り混じってただひたすらに前進していた。少なくとも傍からはそう見えた。前方の砦の上では弓兵が狙いをつけている。だがそんな事もお構いなしに先頭集団は速度を上げた。矢が降り注ぎ体に刺さっても止まらない。先頭集団が門に取り付き体当たりを始めた。あろう事か「開けてくれ」と懇願しながら。砦の防衛兵はその狂集団に恐怖を覚えた。

 その後方、指揮官であるセラムは敢えて速度を落とす。魔物の陰に隠れるようにその姿は集団の中に埋没した。

 閉ざされた門。迫りくる魔物の群れ。敵に開門を懇願する味方達。戦場ではあり得ない光景の中でワルターが叫んだ。


「魔物に追いつかれちまう! ダニエレ、何とかならねえか!? お前工兵だろう!」


「すぐには無理です! 土木技術は魔法じゃないんです!」


「魔法でも無理だろう。こんな状況、狂ってる」


 絶叫を返すダニエレ。普段は冷静なステファンも考えが纏まらない。全力疾走で逃げ続けた上に前門の敵軍、後門の魔物の大群。絶望的な状況に本能が考える事を否定していた。


「こうなったら敵に魔物を倒してもらうよう頼むしかねえか!」


 ワルターが半ば自棄になって叫ぶ。


「相変わらず馬鹿な事を。しかしもうそれぐらいしかないか」


 敵の目は魔物の軍勢の方にいっている。攻城能力の無い歩兵を相手にしている余裕はないようで、敵の真下にいる方が安全という皮肉な現実だった。今から逃げようとしてここを離れても敵に射られるか魔物に殺されるのがオチだ。周りの味方もそれが分かっているから道具も無いのに必死で高い壁を乗り越えようとしている。魔物に潰される前に砦を攻め落とすしか道は残されていないのだ。

 期待通りというべきか、敵の射手は迫りくる魔物に射かけている。しかしそれが余計に魔物を引き付ける要因となった。勢いを増した魔物の侵攻はセラム隊を追い抜き砦に肉薄する。


「来った、来た来た来た来やがった!」


 場の混迷は更に加速する。肩車で人梯子を作り防壁を越えようとする者達、必死で門や石壁を叩く者、武器を構え魔物を迎え撃とうとする者、様々な意志が乱れ混じり収集が付かなくなる。そこへ魔物と人の混成集団が殺到する。最早戦争の体を成してはいない。人も魔物も敵も味方も只々揉み合い、生存権を掛けた闘争を始めた。


「に、逃げろお!」


 悲鳴と怒号の中一匹のオーガが三人組に突進してくる。飛び交う矢に怯む様子は無く、とにかく祈りながら逃げるしかなかった。不運にも標的にされたのはステファンだった。


「ステファン!」


「嫌だ! こんな所で、こんな死に方したくない! セラム少将! セラム少将!」


 オーガの拳がステファンの体ごと石壁にめり込む。ワルターとダニエレは親友の死を目の当たりにしながら逃げ惑うしかなかった。

 群れは更にメルベルク砦に殺到する。その中でも一際巨体を持つ魔物が大棍棒を振り上げた。


「ヒ、丘巨人ヒルギガース!」


 防壁の上のグラーフ王国兵が狼狽する。魔物の中でも比較的大人しい性質で、本来ならば彼らや彼らと共存している動物を傷つけるか、さもなくば魔族に率いられでもしない限り敵対関係にはならない魔物だった。大きい個体で十メートルにもなるというその巨大な魔物は今や走る暴威と化していた。

 雄叫びと共に振り下ろされた大棍棒が砦の門を粉微塵に破壊する。

 固く閉ざされていた砦の防備が役目を成さなくなったのを見て、我先にと飛び込んだのは人間達であった。外よりはまし(・・)だと思ったのだろう。少なくとも魔物に殺される前に敵兵と切り結んで倒れる名誉が与えられる。

 セラムはその集団に紛れて砦の奥深くへ潜り込んだ。砦内も相当な混乱で敵将がどこにいるかは分からない。しかし防衛に必死な広場や防壁上と違って建物内は寧ろがらんとしていた。殆どが出払っているか、さもなくば逃げてしまった後だったのだろう。セラムは誰もいない廊下をずんずんと進む。やがて騒がしい声が奥から聞こえた。どうやら撤退を指示する声のようだった。

 セラムはその首巻の内側で笑みを浮かべた。その目が一人遅れて逃げる敵の背中を捕らえた瞬間身体が駈け出していた。


「あああああああ!」


 指揮刀を抜き放ちその頭に跳び斬りを落とす。敵は振り向きざまにその刀身を剣で薙ぐ。指揮刀の刀身が折れ飛んだ。

 セラムは着地と同時にその右手を離しすぐさま腰の短剣を抜いた。打ち合った衝撃で手が痺れていたのだろう、右手だけでは取り落としそうになる短剣の柄尻を左手で押さえ、眼前の敵の心臓目掛けて突き出した。


「っ!」


 鎧に守られている所を避け殺気を乗せた短剣がその肉体に吸い込まれる。服を裂き皮を突き破り、肉を押し切り骨を叩く。肋骨の間に食い込んだ刃が非力さ故に止まる。

 敵が剣を握り直しセラムの背に突き下ろさんとしている気配を感じる。セラムは明確な殺意を込めて刺さった短剣を力一杯回しながら押し込んだ。


「ぐぷっ」


 頭上から苦しそうな呼気が漏れ出た。セラムの背中で金属音がした。敵の剣はセラムの軽鎧の留め金に当たり滑るように服と背中の皮を裂くが、そこまでだった。

 セラムは短剣を引き抜こうと力を込めるが、敵の肉体ごと引き寄せられ肉深くまで突き刺さった短剣は容易には抜く事が出来ない。肩を使って短剣と敵の肉体を引き離すと敵は崩れるように後ろに倒れた。セラムはその様子を睨み続ける。


「ぐ……」


 敵の口から声が漏れた。細かく震えるように体を縮める。


(まだ生きてる!)


 セラムは敵に馬乗りになり血塗れの短剣を頭上に掲げる。


「やめ……っ」


 床ごと突き通す勢いで短剣が敵の胸に突き立った。


「~~っ~~っ!」


 声にならぬ叫びが絞り出される。短剣を引き抜くと敵の体が痙攣する。


(まだ動く)


 再び短剣を突き立てる。衝撃で敵の体が跳ねる。

 まだ動く。突き立てる。まだ動く。突き立てる。まだ動く。突き立てる。まだ動く。突き立てる。まだ動く。まだ動く。まだ動く。まだ動く。まだ動く。まだ動く。まだうごく。まだ動く。まだ動く。まダ動く。まだ動く。マダ動ク。まだうごく。マダ動ク。まだうごく。まだ動く。マダウゴク。まだうごく。マダウゴク。まだ動く。まだうゴく。まだうごく。まダ動ク。マダうゴく。マダウゴク。マだウゴク。マダウゴク。まダウゴク。マダウゴク。マダ動く。まだウゴク。未ダウゴク。マダウゴ苦。マ打ウゴく。マダウゴク。マダ動ク。マダうゴク。マダウゴく。マダウゴク。マダウゴク。マだウゴク。マダウゴク。まダウゴく。マダウゴク。マダウゴク。マダウゴク。マダウゴク。マダウゴク。マダウゴク。マダウゴク。マダウゴク。マダウゴク。マダウゴク。マダウゴク。マダウゴク。マダウゴク。マダウゴク。マダウゴク。マダウゴク。


「何をやっているんですか少将!」


 聞き慣れた声がした。振り返ればカルロが棒立ちになっている。


「ナにを?」


 視界がやけに赤い。動くのも億劫に思いながら立ち上がる。


「何をやっているだとカルロ?」


 耳の奥がぼんやりとする。自分の声がやけに遠い。


「それは貴様だ! こんな所で何をやっている、早く敵を追って殺し尽くせ!」


 カルロがしゃくり上げる子供のような顔をする。哀しいような、畏れているような、口惜しいような、そんな顔。


わたし(・・・)は先に行くぞ。貴様も早く行け」


 廊下の奥に向き直る。敵はその奥に逃げた筈だ。


「……少将っ」


 不意に後ろから伸びた腕がセラムの首に巻き付いた。血流が止まり頭が破裂しそうな感覚と共にセラムの意識は心地良い闇に沈んだ。


この物語にはグロテスクな表現、残酷な描写が含まれています。苦手な人はブラウザバックを押してください。

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