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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三部
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第百三話 異形の軍勢

 面白い拾いもの、カゴメ含む傭兵部隊に時間稼ぎと退路確保を任せ、その間に輜重隊を襲うというホウセンの策は見事にはまった。天候が悪く火が点けられないのは残念だったが、組み立て前の攻城兵器を破壊するという第二目標は達成する事が出来そうだった。


「作戦行動開始」


 蒸気圧力式大砲が載っている馬車を集中砲火する。未知の攻撃に足が止まり混乱したところに突撃する。


「連結部を潰せ」


 蒸気圧力式大砲の主要部は鉄製である為に火には強い。だが剥き出しのねじ山部分を狙い撃って潰せば使い物にならなくなる。木製の台座や車輪が無くとも即席で代用品を作れば撃つ事は出来るが、主要部が潰されればこの戦闘で復帰させる事は敵わないだろう。それどころか新しく作らなければならない可能性が高く、財政に打撃を与える事も出来る。

 銃撃が蒸気圧力式大砲の弱点に集中する。撃音と共にねじ山が潰れる。


「作戦行動終了、撤収する」


 五台の大砲が大破したのを確認したあとホウセン率いる操術師部隊は即座に撤収を開始する。少数で奇襲、目的を達したら無理をせず作戦行動を終了する。ここで色気を出して糧秣や補給物資に手を付ければ部隊を危険に晒す事になる。ホウセンはそれを十分に理解していたし、操術師達は全員正しく命令を遵守する精鋭部隊であった。

 新入りであるダリオはその辺りを理解していなかったようだが、その教育が間に合わないまま戦場に出した事と、彼のセラムに対する執念を読み違えた落ち度を認めつつもホウセンは次の作戦へと頭を切り替えていた。

 誰の邪魔も無く退路を進む。どうやら傭兵部隊はよく働いてくれているようだ。

 金で集めた兵に重要な役割を持たせない指揮官は多いだろうが、彼らの性質と性格を見極めれば使い捨ての部隊と割り切るのは早計だ。信用出来ないとして死地に配置される事が多い彼らだからこそ、彼らの生命を軽視しない指揮をすればやる気を見せる場合もある。勿論性根が腐ってしまっている者や特別報酬が狙えなくなる事に不満を持つ者もいるが、その辺りはホウセンが直に見極めている。

 また、傭兵は組織的行動が出来ず正規の軍隊より弱いと思われがちだがそうではない。組織的に傭兵稼業を生業としている集団もおり、殆どが自由意思で闘争に参加している為に士気は高い。歴史を見てもガリア人傭兵やスイス傭兵、ランツクネヒトなどは正規軍を圧倒する戦力を持った、謂わば戦争のプロフェッショナルである。

 問題行動も多いが要は使い方次第であり、ホウセンが時間稼ぎと退路確保を彼らに任せたのも彼らが「支払った金銭の分は確実に働く」と信用したからこそである。彼らなら要請した時間が過ぎれば勝手に引き上げてくれるし、グラーフ王国軍が守る必要も無い。後腐れなく使える駒であった。


「さて、攻城兵器は壊したし思いがけず厄介な雷獣も封じた。今のところは盤石、敵が砦まで迫っても有効な手は無いと思うが」


 ホウセンはメルベルク砦に帰還すべく足を速める。攻撃方法を封じたヴァイス王国軍は怖くない。寧ろ未だに姿を見せないゼイウン公国軍の別働隊が厄介だ。敵の行動の予測と対応策は何パターンか立ててある。糧秣が無事なヴァイス王国軍はこのままメルベルク砦の包囲に掛かるというのが一番ありそうな行動だ。そのヴァイス王国軍の動きに合わせてゼイウン公国軍も動いてくれれば纏めて叩いてしまえるのだが、戦争は予想通りにはいかないもの。それにセラムが相手だからこそ尚更予想以上を求めてしまう。


「隊長、何だか嬉しそうですね」


 ホウセンは部下に言われて初めてついつい口角が上がっていた事に気付く。


「つい、な。強敵を求めるのは俺の悪癖だと分かっちゃあいるんだが」


 敵に予想以上の強さを求めるからこそホウセンに油断は無い。常に最悪の想定をし、それを撥ね退けるだけの自信を持っていた。概ね作戦通りにいっているにも関わらずチカとの合流を急ぐ理由がそこにある。

 独自の道筋で砦へ向かう。木々の間を抜け山中を走る、その途中で異変を感じた。

 動物がやけに騒いでいる。砦まで後少しという所まで来てホウセンは足を止めた。


「何だ?」


 その瞬間背後で悲鳴が上がった。地面を伝う衝撃と骨が潰れる音。


「た、隊長!」


 振り返るとオーガが拳を振り上げていた。その傍らには前衛的なオブジェと化した無残な部下の姿。


「ちっ!」


 すぐさま飛び退り水操銃を撃つ。しかしオーガは怯む事無くその拳を振り抜いた。近くの部下が勢い凄まじく吹き飛び潰れる。


「一斉放射!」


 言う間にホウセンはオーガに水操銃を連射する。二発、三発。四発目で漸くオーガが足を止める。そこに部下の十字砲火が何重にも貫いた。流石の巨躯もその弾丸に倒れる。

 ホウセンは油断無くその頭に止めの一発を撃ち込み、それ以上の動きが無いのを確認して息を吐く。


「何故こんな所に魔物が? ここは生息域ではなかった筈……」


 嫌な予感がしてホウセンは手近な高い木に登る。魔法で光を屈折させ透明な望遠鏡を作る。砦付近の様子を見てホウセンは驚愕した。


「軍勢、だが人間の軍勢に魔物が混じってやがる」


 今メルベルク砦まで辿り着けるとしたらセラム隊しかいない。だが目に映る出来事は想定したセラムの行動のどれにも当てはまらないものだった。


「これは……完全に想定外だぜ」


 ホウセンは我が身が震えるのを自覚した。


「どうしますか? 奴らを止めに行きますか?」


 同じように木に登った部下が言う。ホウセンが自嘲気味に返した。


「馬鹿言うな。あれをどうやって止めるっつーんだよ。オーガ一匹に操術師が一瞬で二人殺されたんだぜ。あれを止めるのに何発使った? 十発? 二十発? あんな化けもんがうようよいやがる集団だぜ。しかもそれより二回り以上でけえのもいやがる」


 ホウセンとは違い光を操る事が出来ない部下にはそこまで状況が分かっていなかったようだ。ホウセンの言葉を聞いて部下の顔色が青くなる。

 ホウセンは数瞬考え命令を下す。決断の速さが自身の強みだと自覚していた。


「回り込んで砦の北側から退路を確保する。チカちゃんの性格だと戦って食い止めようとする筈だ。それをすれば死ぬ。可愛い女の子を死なすわけにゃあいかねえ」


 その命令に部下は少なからず驚いた。今までは退却はすれどそれには必ず勝利の為の作戦があった。戦術的な撤退を除いて常勝のホウセンが敵から逃げると言うのだ。少なくともホウセンの口から「戦えば死ぬ」などという言葉は聞いた事が無い。


「我々は、負けるのですか」


「あんなのに勝てる奴ぁいねえよ。どちらにも勝ちはねえ。価値もねえ。戦っても両方負けるだけだ」


 ホウセンは木から飛び降り移動を開始する。この相手はセラムだが見知ったセラムではない。セラムに何があったのか、ホウセンはその変貌の理由を知らない。ただ、以前の見積もりで戦えば死ぬ事になるだろう、そう心に留めた。


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