第九十五話 異能の智将
「ゼイウンの奴らがまた攻めて来るじゃと?」
戦勝ムードも冷めやらぬメルベルク砦の中ではホウセンとチカが深刻な面持ちで話し合っていた。
「何かの間違いではないのか? ついこないだ完膚なきまでに叩きのめしたばかりじゃぞ」
「俺が集めた情報を基にするとそうとしか思えねえんだ。少なくともマトゥシュカ家はやる気だぜ」
「だとしても奴らには先の恐怖が染みついているだろうに。砦に入る事もおぼつかんだろうしいくら数がいても敵ではないぞ」
「ああ、その為にあの火炎旋風をやってみせたんだ。奴らにはとんでもない大魔法に見えただろうよ。だが直に見てない奴らには効果が薄い」
「となると、敵は他のゼイウンの部隊やヴァイスの奴らかの」
「ああ、そいつらを呼ぶとみて間違いない。マトゥシュカ家以外から呼ぶとは考えにくいから、主に魔物退治や野盗討伐に転戦してるとかいうマトゥシュカ家の二男や、この間のセラムちゃんや雷獣が来るだろう」
「雷獣? 誰じゃそれは」
「チカちゃんが捕まってた間に武名を上げた敵の将さ。たった一人で俺らの陣を稲妻の如く斬り裂いて離脱した奴だ。兵達はその神速の武を恐れて雷獣と呼んでいる」
「ああ分かったぞ、あのバッカスとかいう男か。似合いの異名だの、特に獣という所が。私らよりも獣らしいむさ苦しい男じゃったからの」
敵の事だというのにチカが愉快そうに笑う。強い奴は誰であろうと好ましいというのは獣人族の性質なのかもしれない。
「しかし今度は備えも少ない。その上多方面の敵を相手取るとなると厳しいのではないかの?」
「まっ多方面というならやりようはあるさ。ゲルスベルクの奴ら単体ならもう大して怖くはない。なれば奇襲で各個撃破するだけだ」
「なら再び私の出番かの」
「いや、俺と操術師部隊でやりたい事があるんだ」
「……あの妙ちくりんな恰好でか。『迷彩服』とかいったか、あんなの着たって目立ってしょうがないような気がするんだが。森の中でも周りの風景とは似ても似つかん柄じゃろ」
「いやいやあれは建物内で着てたからでな。それに人間の目っていうのは見慣れたシルエットじゃないとそれと認識しづらいものなんだよ」
「しるえっと? すまんが古代語はあまり堪能じゃなくての。要するに輪郭がぼやけると見た物が正しく理解出来んという事か?」
「そういうこった。特に頭から肩にかけての輪郭が違うと人間だと認識しづらくなる。あの柄は周囲と同じにする保護色じゃあなくって、形をぼやけさせて周囲に溶け込ませる為の服ってわけさ」
「成る程のう。しかし奇襲は操術師部隊だけでやるのか? 流石に敵を壊滅させるのは無理じゃろ」
「無論あくまで敵の指揮官狙いだ。敵の指揮系統を潰したら新たに雇った傭兵部隊で退路を確保する。敵が混乱してる間に本隊がドカン、てな感じだ」
「傭兵か。使えるのか? いまいち信用出来んというかな……」
「疑うのも分からんではないがな。チカちゃんは傭兵って使った事無いだろ? その点俺ぁ元傭兵だったからああいう輩の扱いにゃ慣れてる」
「ほう、傭兵稼業をやっておったとな。それは初耳だの。というかよくよく考えてみればお主の過去は聞いた事が無いわい」
「ああ。昔の話、しかもここでじゃあないが」
「この世界」という意味合いでのホウセンの言葉を「この国」という解釈をしてチカが納得する。
「成る程、国外での話か。まあホウセン・クダンという名自体グラーフ王国には珍しい名だからどっかからの流れ者だとは思っておったが」
「まあそんなとこだ。ちいと面白い奴も発掘したし、最低でも攻城兵器くらいはぶっ壊してくらあ」
そういってホウセンは鉄の塊を持ち立ち上がる。
「ところで気になっておったんだが、その鉄の筒は何なのだ?」
「んんー? こいつ自体は弾倉と薬室と引鉄、それに貯水室しかねえ只の水鉄砲さ」
「?? まるで分からん。私にも分かるように言ってくれ」
「中に水を入れる事が出来るだけの筒って事さ。普通の人間が持ったところで何の殺傷力もねえ」
「ぶん殴ればそれなりに痛そうだが」
そう言いながらチカは渡されたその鉄筒の銃口を覗き込む。もしこれが本物の銃であればその取扱いにホウセンが本気で怒っただろうが、彼自身が言った通りその鉄筒には何の危険性も無い。
「チカちゃんが持っても玩具と変わんねえから好きに見ていいぜぇ。何せ火薬も射出機能もねえから暴発の危険もねえ。ただし操術師が持ったなら別だ」
「操術師専用の兵器というわけか」
「そゆこと」
そう言ってチカから受け取った鉄筒を抱えホウセンが二指で軽く敬礼し片眉を上げる。
「じゃっちぃとセラムちゃんの所に行ってくるわ」
「……女口説きに行くノリと変わらんの」
残されたチカは両手でカップを持ち上げずずっと音を立てながら茶を飲み干した。




