「英雄の軌跡」より抜粋 その4
この時代は数々の英傑が同時に生まれた時代と言える。中でも高名な武将は二つ名で呼ばれる事が多い。〈隻眼の軍師〉ホウセン、〈雷獣〉バッカス、〈ヴァイスの守護神〉ヴィルフレド、〈ラプラスの魔〉カゴメ、〈大賢者〉マックスウェル等々。だがセラム・ジオーネ程二つ名が多い人物もいないだろう。曰く〈医の女神〉〈発明家〉〈借金の天才〉〈穴掘り屋〉〈弓将軍〉〈首巻鬼〉と枚挙に暇が無い。それだけ幅広く活躍したという表れであろうが、彼女が女性であった事や若くして台頭した事も原因の一つであろう。
中には不名誉な綽名もあるが、彼女自身はそれを面白く思い自ら吹聴して回っていた節がある。悪名を気にしないというべきか、寧ろ全ての風評を利用する豪胆さがある人物なのだろう。
だが一つだけ、歴史から抹消された二つ名がある。彼女自身が許容出来なかったのか、それとも国の重臣たる者の綽名として許されなかったのか、少なくともヴァイス王国の歴史書にはセラム・ジオーネがそう呼ばれたと記された物は無い。一時期北方で暴れた無名の騎士がそう呼ばれていたとあるだけだ。
しかし敵国からは畏怖を込めてそう呼ばれていたという記述が散見される。敵の将を貶める為に不名誉な綽名を付ける事は往々にしてあるものだが、これに関してはどこか違うものを感じる。
もし本当にそう呼ばれていたのなら、のちの教会勢力とセラム・ジオーネの確執も説明が付く。だからこそ歴史書から抹消されたのではないかと私は推測する。
その名は――
(この先は破れていて読む事が出来ない)
ルドヴィコ・サリ著「英雄の軌跡」より




