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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三部
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第九十二話 騎馬の将

 ヴァイス王国に名将無し、そう言われても仕方ないと国内外で噂されている。今大きな戦果を挙げているのが若干十三歳のセラムのみなのだ。国内の防衛を女子供に頼りきりという現状は悪評を広げるに十分な根拠となる。

 だが知られざる名将というものはいるものだ。例えば国内の辺境でしか活躍していなく一部でしか有名ではないとか、例えば若年ながら出世しすぎて実力に風評が追い付いていないとか。

 そしてここヴィグエントにも後に声望を上げる、埋もれた名将が一人。


「やはり、攻めて来るな」


 ヴィルフレドは見張り台の壁に足を掛け、遠く陣取ったグラーフ王国の兵団を眺めて独白した。

 ここ暫く両軍の睨み合いが続いていた。しかし時折姿を現すも本格的な戦闘には至らず早一か月。そろそろ緊張を持続するのも難しくなってきた頃合いでの一言だった。


「しかし今迄その素振りを見せても攻めて来なかった連中ですよ? 単純に我々の足止めをする役割なのでは?」


「いや、今回は来ます」


 部下のレオ少佐の言葉に対し、確信を持って断言する。


「大局的にはそうかもしれません。というより隙を見せれば掠め取り、できればここ以外の戦力も引っ張り出す役目の軍なのでしょう。あそこに見える砂煙、あれは馬が興奮してできたものです。兵士の出す気に当てられたんでしょうね。よく訓練された軍馬ならそれも抑え込むものですが、左程馬の扱いに慣れていない連中のようです」


 レオは半信半疑ながらも、この若い司令に従い警戒態勢を整えた。彼がこと馬の事なら何でも知っている自他共に認める馬オタクであり、その節操の無い溺愛ぶりは一部から馬バカ大佐と揶揄される人物だからだ。


「矢と石を運べ! とろとろしてる奴は川に叩っこむぞ!」


 下士官のがなり声が辺りを包む中、ヴィルフレドは落ち着いた足取りで人の流れに逆らう。


「どこに行かれるのですか? そちらにあるのは厩舎ですが」


 それに気付いたレオが訊く。しかし返ってきた答えは平時のヴィルフレドのそれと同音のものだった。


「無論、馬の準備をしに」


「これから始まるのは防衛戦なのでは? それとも打って出るのですか?」


 明らかに兵数で劣る自軍が籠城の有利を捨てて野戦に持ち込む意味が無い。この若い大佐は未だ大戦の経験どころか、都市防衛の経験すら無い騎馬隊長上がりだ。今の状態を理解しているのかと疑いたくもなる。


「当然防衛です。ここの持ち場は少佐に任せます。私は騎馬隊を率いて出ます」


「え、ちょっ、大佐!?」


 レオが止める間もなくヴィルフレドは自分の馬と騎馬隊の元へ。

 年上の部下を多数持つヴィルフレドには潜在的な敵が多い。レオもまた新任の大佐をやっかんでいる者の一人だ。それを知ってか知らずか、ヴィルフレドは涼しい顔で都市防衛部隊の大部分をレオに任せ、自身は信頼する騎馬隊七百を指揮して街を出た。


「ふん、籠城するというのに馬で遊行とはお気楽なものだ。歩兵の居ない騎馬隊なぞ何の役に立つものか」


 この時点でレオはヴィルフレドを戦局の中で数に入れない事にした。グラーフ王国軍もまた攻城戦の中突出する騎馬隊は無視した。誰も籠城戦で騎馬の出番が有るなどとは考えていなかったのである。


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「また敵騎兵が後ろから突撃してきます!」


「こちらの騎兵は何をやっている!? 騎兵の相手は騎兵にさせろ!」


 グラーフ王国の将の命令に苛立ちが混じる。戦い始めて一週間、ヴィグエントを包囲するどころか取り付く事すらままならない。早々に出撃した敵の騎馬隊に翻弄され、前に集中する事が許されなかった為だ。


「それが、敵の馬術に付いていけず引き離されている模様」


「~~っ何をやっている!」


 ヴィグエントは前面だけ防御が厚く、左右の砦で相互支援する事を前提とした造りの都市だ。その特性故に防衛は人を選ぶ。一般的なセオリーで戦えばあっという間に各個撃破、包囲殲滅されてしまう特異な設計なのだ。

 今迄籠城戦をした事が無いヴィルフレドはその常識に捉われない戦い方で敵を自分の土俵に嵌め込んだ。


「前衛が西の砦と都市の両方から集中攻撃を浴びています! 砦側に寄ろうにも敵騎馬隊により邪魔されるとの由」


「密集して盾を掲げろ! 敵の攻撃を此方に引き付けて別働隊で東の砦を陥落させる! 右翼は密集隊形で騎馬の突撃に対応! この際動けなくても構わんから邪魔にならんよう踏ん張れ! 大体敵の騎馬隊は昨日西の砦に入っていくのを見たのではなかったか!?」


「敵の数から見て、事前に二部隊に分けていたのでしょう。残念ながら騎馬の練度が段違いです」


「くそが!」


 ヴィグエント方面の部隊は、出来うる限りの敵を誘引してヴィグエントに留める役目をホウセンから仰せつかっていた。制圧が目的ではないとはいえ、敵を苦戦させ増援を引き出さなくては侵攻した意味が無い。


「それが何だこの体たらくは! 将無し弱小国家にいいようにされるなど!」


「報告! 東の砦から敵騎馬隊が出現! 別働隊が攻撃を受けているとの事!」


「何だとお!? 敵の騎馬は全てこちらで受け持っているのではないのか!?」


「初めから伏せていたか、或いは昨日の夜にはもう西の砦から出撃していたとしか……」


「馬鹿な!」


 どこから出て来るのかすら読めず、その機動力で翻弄する熟練の騎馬隊。グラーフ王国軍は各個撃破しようとして、逆に敵の防衛部隊と騎馬隊の連携により各個撃破されてしまう。


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ヴィルフレド率いる騎馬隊が二度の突撃を掛け右翼を散々に追い散らすと、流石に敵の動きも違ったものになってきた。ぎこちないながらも密集し、槍衾で突撃を防ぎ始める。


「敵が対応してきましたね」


「指揮官の指示が届いたのでしょう。そろそろ敵の駄馬も追いついてくる頃です」


「馬に罪はありませんよ。それはさておきそろそろ引き時ですね」


 ヴィルフレドが馬上で槍を横に振り構えを正すと、敵兵は槍を構えつつも上半身が後ろに流れ顔が引き攣る。顔に似合わず苛烈な攻勢を掛けるこの若い騎士に気圧されているのだ。

 ヴィルフレドは涼し気な目のまま馬の蹄が向く先を翻す。騎馬隊はヴィルフレドに続き、怯えの残る敵兵を残して反転する。


「次はどうしますか? 大回りで東の砦を援護しますか、突撃点を探しつつ敵の目を引きますか、それとも孤立した部隊を叩きますか」


「そうですね。騎馬が残っているのは厄介です。川辺に引きつけて退路を塞ぎ我々で殲滅しましょうか」


 ヴィルフレドはこの世界において初めて機動防御の概念を理解していた将と言えた。

 グラーフ王国軍を一旦退けヴィグエントに入ったヴィルフレドは、自分を見る目が百八十度変わったレオに対して涼しい顔で宣った。


「彼らはまた攻めて来るでしょうが、取り敢えずは王都に報告の馬を出しましょうか。『攻撃を受けるもこれを退けた。増援の要無し』と」


少女と戦争外伝「メイドさんのたたかい」をシリーズに追加しました。

本編とは違いコメディ色が強いです。

目次の上部もしくは下部のシリーズリンクから飛ぶことができます。

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