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少女と戦争  作者: 長月あきの
第三部
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第八十三話 砦包囲戦

 砦を包囲する敵があらゆる手を用いて門を破ろうとする。即席の破城鎚をぶち当て、梯子をかけて防壁に取り付き、隙が無いかと外周を巡る。

 崖を利用して作られたメルベルク砦の防壁の上でホウセンは敵軍を見下ろし指示を下す。矢を射り、石を投げ向かって来る敵を防ぐ、ありきたりな攻城戦が繰り広げられていた。一つ違うとすれば、そこに魔法による火球が加わるところだろうか。

 火球と言ってもノワールの魔法兵団のような大規模魔法ではない。火種になる物を触媒に火球を創造、維持し、それを投げ込むといったささやかなものだ。松明を投擲しているのとそう変わらない。しかし、適性の高い者は触媒を必要とせず魔力のみで火球を生み出せるし、そうでない者もホウセンの訓練によって、隅に溜まった埃程度から火球を作り出せる為、弾数はほぼ無限と言えた。

 矢は材料と製造工程があり、無尽蔵には使えない。その為こういう時には投石が一般的な攻撃手段となる。勿論それだけでは心許ない為、上から油と火を落とす等も群がる敵を振り落すのによく使われる有効な手段だ。それを油という貴重な資源も無しに出来るのだから、敵にとってはこの上なく厄介だと言えた。何せどれだけ敵に攻撃させても矢弾が尽きる事は無いのだから。当然魔法使いの数は全体から見れば極少数でしかないし、体力も消耗するのでそれ程簡単な話でもないが。


「思ったより普通の作戦で安心しました」


 ホウセンの傍にいた部下が零す。


「門を開けて久寿玉でも割って招き入れて欲しかったかぁ? 戦果ってのは当たり前の事を当たり前に積み上げてくもんだ。凡人はそれを奇策なんて言うがね」


 軽口と言える部下の言葉を、この傭兵上がりの将軍は咎めるような真似はしない。軽口には冗談で返す、その気安さが部下に慕われる一因なのだろう。

 ただし性格は捻くれている、つくづくそう思わざるを得ない。


「後ろのこれもその『当たり前』とやらですか?」


「あぁ、そいつぁ敵がこの二の丸を突破した暁にと用意したサプライズパーティーってやつだ。よく第一関門を突破しました、おめでとうって時に敵さんを驚かせようと思ってな。面白そうだろぉ?」


 まったくもってこの人の考えは分からない。何だって外周の防壁から本丸に続く広場をこんな風にしちまったのか。


「おかげでこの防壁まで走るのも一苦労ですよ」


「そいつぁわりい。そこまで考えてなかったわ」


 笑い飛ばすホウセンに、部下がこの人は馬鹿なんだろうかと疑いを持つ。


「けどまあアレの出番はまだ先だ。取り敢えずはこいつらを何とかしようぜ」


 そう言ってホウセンは防壁の下を指す。梯子を上ろうとする敵、門に取り付く敵、壁を壊そうとする敵、敵で溢れかえっていた。


「確かにこっちには魔法使い部隊がいますし、そうそう破れはしないと思いますがね、それでもいつかはこっちが干上がっちまいますよ」


「なぁに、数は大分減ってるし、まだ策もある。任せとけぃ」


 ホウセンは自信ありげに嘯くと部下の頭を軽く小突く。そして遠く敵の囲いの向こう、策の一つである森を見ながら呟いた。


「さあて、奴らはチカちゃんの方に食いついてくれるかねえ」


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 包囲さえすればワーウルフ部隊は嫌がらせ程度しか出来ない、そうエーベルは言った。だがその嫌がらせは実に苛烈で、まさに厭らしいものだった。

 伏兵による強襲は後続の部隊が森を抜けるまで続き、ゼイウン公国の兵を消耗させた。そして包囲完成後もそれらは遊撃兵となり姿を現し、時に射撃し時に突撃し、追えば散々に引っ張った挙句、最終的に森に逃げ込んでしまう。

 これがまた攻め時が巧いのだ。砦を攻撃している最中に、一番意識が向いていない所を突いてくる。おかげでゼイウン側の包囲戦術は全く捗らなかった。


「余程有能な奴が指揮しているに違いない」


「ワーウルフが率いる部隊という事は人狼将軍チカ・アルパ・ザガだろう。噂の六将軍とはこれ程のものか」


 エーベルが歯噛みする。ドミニクも苦々しく吐き捨てた。そんな中今迄眉間に皺を作っていたイングベルトが思案していた事を口に出す。


「しかし奴らは妙です。あれだけ毎日仕掛けていた上で、突撃してくる奴らには疲れが見えない。しかも思ったより大部隊です」


「ああ、奴らどこかで交代してるな。ワーウルフ共も確かにいるが、最初の頃に比べて明らかに人間の兵士が多い」


「しかし森の中とはいえ最初からそのような大部隊を伏していたというのは少々無理があります。いくらなんでもこちらが気付かないわけがない」


「イングベルト殿が思っている通りだろう。あの砦には森へ続く抜け道がある。奴らはそれを利用して部隊を交代させているのだろう」


 砦というものは防衛の為の施設だ。その役目には包囲される事も含まれている。そういった場合に援軍を呼びに行く為、又は形勢不利な時に脱出する為に秘密の抜け道があっても不思議ではない。


「イングベルト殿の兵の中にはあの砦の構造に詳しい者はおらんか?」


「残念ながら抜け道を知っているような者はおりません。元メルベルク砦配属の高官は陥落の折に戦死したか自害したか、生き延びた者はおりませんでした。しかし我らには隠密に長けた者もおります故、ここはお任せ下さい」


 その諜報力で一時は三名家に並ぶ権勢を誇ったベルの生家、ヤルナッハ家が抱えていた諜報部隊の一部を、マトゥシュカ家は吸収していた。その為、イングベルトの配下には尾行や捜索を得意とする者がいるのだ。


「ならばお願いしよう。奴らが好き勝手している内は兵士も安心できんし、碌に坑道作戦も出来ん」


 坑道作戦とは固い城壁を崩す為に編み出された城攻めの手法である。文字通り穴を掘り城壁の下まで坑道を作り、秘密裏に地下で木組みの柱を組み立て壁を支えつつ穴を広げる。そして火で柱を燃やして壁を崩す、火薬が無い時代の攻城戦の常套手段とも言える作戦である。ただしこれには数ヶ月という長い時間が掛かる。遊撃部隊に気付かれぬよう進めるのは無理があった。


「はい、見事奴らの交代経路を押さえてみせましょう」


 包囲状態に入って漸く兵士達は暖を取り、交代で休む事も出来るようになった。しかし長く続いた酷寒の中の行軍、強襲に次ぐ強襲、固い敵の防衛に遊撃部隊による奇襲。体力気力を回復させるには至らず、いつまで続くとも知れぬ攻城戦に士気を持たせる事が出来るかは甚だ不安なところだった。


「敵の作戦の裏をかいてやる。この膠着状態を打破する一手を見舞ってやるぞ、六将軍っ!」


 腹の内から溢れ出る熱気に押されるように、曇っていた空から日脚が伸びていた。


   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 森に久方ぶりの木漏れ日が届いた。樹に寄り掛かり眠っていたチカが静かに目を開ける。立ち、歩く。その動作は森と一体化し、草木の動きと違いが無いように振る舞う。異質なものを受け入れぬ森もまたチカに寄り添うように動き、その姿はまるで自然と共にあるようだ。

 アルパとは彼ら人狼族が信仰する豊穣の精霊の名。彼女の祖父が、自然に愛されるようにと願い名付けた通り、チカ・アルパ・ザガは自然に愛された少女だった。


「天文師、これからの天候を占え」


 あい、と小汚い男が前に出る。人狼族の男が無言で天文師に背を向けしゃがむ。


「じゃ、頼んますよ」


 天文師が人狼族の男の背に捕まると、人狼族の男は一際高い樹を事も無げにするすると登ってゆく。樹木に遮られた視界が開け、遠くの空を見渡せる高さまで来ると、天文師があーむーと唸りながら全方位を見渡す。

 気象衛星も、天候に関して確たる理論も無いこの時代、明日の天気を「占う」のはごく一般的な事だった。

 やがて樹から降りてきた天文師が歯の抜けた口で喋りにくそうに語り始める。


「あー西に陽の気が立ち昇り、東の陰の気が押されておりますじゃ。今の晴れ間はそのせい、しかし陰の気は風を呼びますじゃ。うー東の暗い雲が流されてもうすぐこちらに来るでしょうな」


「雨が降るのか?」


「あい。じゃが気は巡るもの。半日程降り続けば数日間は晴れが続くでしょうな」


「なら今日の夕刻が仕掛け時じゃな」


 チカが再び樹に寄り掛かって座り込む。あと数時間は雨宿りしつつ待機だ。


「しかしやはりホウセンの奴は性格が悪い。『散々に締め付けられ、努力の中で漸く手に入れた幸運には縋りたくなるもんさ。自分の努力が報われたってなぁ』じゃと。かっ、敵に同情するわい」


 予めホウセンから授けられた策の出番というわけだ。川を渡らせる為に程よい所で負けてみせたのも、強襲を繰り返し暖を取らせず強行させたのも、今こうして包囲させているのも、全てはこの為の下準備とも言える。しかしそれも起死回生の一手というわけではなく、あくまで掛かる可能性が高い有効な手段というだけだ。それでも、これが彼のやりたい事だというのは、この策について饒舌に説明していた時の様子で察するに余りある。だからこそ、上げて落とすような策を嬉々として語るホウセンに対してきつい言葉も出る。

 しかしチカはホウセンを軽蔑するような事は無い。いくさは勝ってなんぼというのは、戦士として育ってきたチカはよく心得ている。なので、あらゆる手段を用いて勝つという姿勢を崩さないホウセンには敬意すら感じる。

 戦士として純粋な彼には、寧ろ好意を抱いていた。


「だが性格は悪い」


 二回言った。素直に尊敬できない男、それがホウセンであった。

 そして昼が過ぎ雨脚が少し弱まった頃、森から砦に遠吠えが響き渡る。いつもとは少し違い、残響が掻き消えない内に三回。

 それはゼイウン公国軍にとっては敵襲の合図。しかしホウセンにとってはチカからの策発動の報せだった。


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